見出し画像

#3 東大卒で経営コンサルタントへ就職。その後、有機農業の道へ。豊増洋右さんに聞いた波乱万丈の20代。「話が上手い人ではなく、"聴く"のが上手い人についていきなさい」

for 20's第3回目のインタビューのお相手は株式会社ONE DROP FARM代表取締役の豊増洋右さんです!「おいしい・気持ちいい・楽しい」という3つのコンセプトを掲げ、養蜂による里山再生、みつばちや周辺の生態系に配慮した有機栽培による野菜づくりで持続可能な農業に取り組まれております。

そんな豊増さんに、20代の羅針盤となるような経験談やマインドセットを聞いてきました。

記事の内容が役に立った!と感じていただけたら記事の最後の方に表示されている「気に入ったらサポート」というボタンからサポートいただけると励みになります!

<聞き手・ライター:桝井孝一 / 茂野そら>

【豊増洋右さん】
株式会社ONE DROP FARM(ワンドロップファーム) 代表。きさらづアグリフーズ推進協議会 事務局長、千葉県農業協会 副会長、などを兼任。 1976年佐賀県生まれ。2000年に東京大学卒業後、国内大手コンサルティングファームで主に農業・食品流通などを担当。 2008年より環境活動団体「ap bank」のメンバーとしてオーガニックファームの設立・運営に従事し、地域活性化を担う人財育成・組織づくりに奔走。 専門は環境問題、エシカルな消費・流通づくり、地域活性化。

1. 20代前半のご経歴

農業専門事業部の解散


for20's第3回目の取材のお相手は株式会社ONE DROP FARM代表取締役の豊増洋右さんです!本日はどうぞよろしくお願いします!(インタビュワー・桝井)

ありがとうございます!よろしくお願いします!(豊増洋右さん)

早速ですが豊増さんは20代前半の頃どのように過ごされていましたか?

20代前半は大きく2つで、学生時代と新入社員時代。まず、学生時代は勉学と部活動に明け暮れていました。当時、立花隆さんに憧れがあって社会にインパクトを与えるジャーナリスト、特に農業とか農村コミュニティーとか地域作りとか、コミュニティというのを一つテーマにしたジャーナリストになりたいと思い、東京大学の文学部で社会学を専攻していました。担当教授の似田貝香門先生がその分野の第一人者ということもあり、その分野については本当に勉強しました。僕の卒論のテーマが「バーチャルで人と人はコミュニティを築けるかどうか」で2000年当時はまだ、インターネット掲示板とかが出始めた頃。「ひょっとしたら人はオンラインでもコミュニティを築けるかもしれない」という希望を持たれてた時代でしたが、僕はその考え方に対して非常に懐疑的でした。

今でいうメタバースなどの流れに近いかもしれないですね。

まさにそんな感じです。共同体の成立要件とは何かを真剣に教授と議論しながらやっていく中で、結論はそこに地域などの"リアルな場所"はやっぱり外せないのではないかと。地域やリアルな場所があった上での「繋がりを補完するもの」としてそのオンラインコミュニティは機能するかもしれないけれど、全くリアルな場所を介在しない「バーチャルオンリーのコミュニティ」は存在できないのではないかと結論付けましたね。

今ではSNSでリアルな場を介在しないつながりが当たり前のように生まれていますが、本質は「繋がりを補完する手段」という気が私もしています。

この考えのベースになったのが、学生時代の県人寮での生活です。佐賀県人寮といって佐賀県人だけが住める学生寮に住んでいました。ここには東大生以外の色んな大学の学生もいるのですが、非常にバンカラな色の濃い世界でして。僕は部活動(合気道)もやっていたので、部活動での上下関係もそうですが、県人寮もとても厳しくて。いわゆる「上級生絶対」で挨拶はもちろん日々の雑用なども下級生がやるんです。でも皆、佐賀県出身ですし、4年間同じ釜の飯を食うわけですから強烈な絆が生まれるんですよ。この県人寮での経験もあって共同体には地域性が必要だと考えていたんですよね。共同体とかチームとかコミュニティというものに割と執着しがちではありました。

私も高校の部活動は上下関係が厳しかったので豊増さんのおっしゃっていることが少しわかります。いまだに謎なのですが、下級生は食堂を使えないとかがありました(笑)

20代前半でコミュニティとか地域作りを仕事にしたいと思ったときに、やはり経営の勉強をしなくてはいけないなと思い、経営コンサルタント会社をいくつか受けました。ちなみに僕が卒業した2000年っていうのは就職氷河期の一番どん底で、同級生も希望した会社に内定をもらえたのは3人に1人くらいしかいなかったんじゃないかと思います。派遣社員として会社に勤めたり、公務員試験浪人してる人も少なくはありませんでした。


東大卒で就職ができないなんて今じゃ考えられないですね・・・


僕はありがたいことに何社か内定をいただいていました。大学や学連関係の先輩方からのつながりや、県人寮の先輩たちとの繋がりが非常にありがたかったですね。大手の銀行や通信関係、広告代理店のような大手企業の内定もあった中で、日本エル・シー・エーという経営コンサルティングの会社に就職を決めました。理由は、超現場主義だったのと、その会社には農業専門のコンサルチームがあってそこの役員の方がすごく良い方でここに決めようと思いましたね。まあ親戚一同からは猛反対をうけましたが(笑)

親戚の皆様の気持ち、少しだけわかる気がします(笑)就職されてからはどのようなお仕事をされていたのですか?

2〜3年くらいは農業部門のコンサルチームで全国の農協を担当していましたね。入社して2年半でマネージャーにしていただきました。当時としては最年少だったかもしれません。そもそもそれほど人気のある部署ではありませんでしたし、ベテランのコンサルタントが主力の部署だったので、どちらかというと管理職を希望しない先輩が多かったんです。でも、僕はその部署に入りたくてこの会社に入ったので、マネージャ業務は喜んで挑戦しました。あとで知ったのですが、数年ぶりに新入社員が入ってきて、先輩方はずいぶん喜んでくださったんだそうです(笑)

どこか状況的に大学生活に繋がってくるような気がします。


まさにそうでさまざまな雑用を任されたんですよ。ベテランのコンサルタントの先輩方はそういうのあまりやりたがらないので(笑)。めんどくさそうなことも、片っ端から手を挙げてやらせてもらったので、普通の事業部にいたら勉強できないこともたくさん学べましたね。その中でも特に大変だったのが、クライアント企業さんの「後継経営者育成講座」です。月に1回、4日間、合宿所に缶詰になり、受講生の方の色んなサポートとか準備とかをするのですが、そのアシスタントを新人2名がやらなくてはいけなくて。新人の中で誰がこれを担当するかは、当時の会長や人事部の方で決めていたそうで、どういう基準で選ばれたのかはわかりませんが、とにかく、財務・戦略・人事・マーケティング、帝王学など、経営者になろうとする方々の4日間の真剣勝負の場をそばでずっと見れるというのは本当に貴重な経験だったなと思います。

入社後3年以内でそういった貴重な経験をなされていたんですね。


はい。色んな経験もして、自分よりひとまわりふたまわり年上の部下もいたのでマネジメントもやって、事業部長にもなって。ものすごくプレッシャーもかかりましたが、その分勉強になりましたね。だけど、その農業専門の事業部を僕の責任で解散にしてしまうっていうアクシデントが20代前半に起こるんです。


20代前半最後にして一番気になる内容ですね。


以前から事業部としての成長性に疑問があったのと、正直、組織運営にもいろいろと課題があって、上手くいかないなら解体という話になったそうです。それで、全社の管理職の戦略検討会の合宿で「豊増くんの事業部を存続させるか」を審議することになったんです。審議の結果、条件付き存続になり、3ヶ月業績目標を達成できたら業績見込みありで存続、1回でも未達だったら解散ということになりました。その3ヶ月は生きた心地がしなかったですね・・・。

1回でもダメなら解散。。。厳しい世界ですね。。。


結局2ヶ月目で未達成になってしまって、あえなく事業部が解散になってしまいました。当時僕と同じように農業の事業部を希望していた将来有望な新入社員が2名いたのですが、彼らの希望も奪いたくなくて、会長に「もう一度チャンスをください」とお願いしましたが、その場で20年くらい続いたその部署の解散が決まりました。普段から会長には気にかけてもらっていたこともあり、示しがつかないと思い、翌日、僕は辞表を持って、会長室に行き退職を切り出そうしたところ、会長も察してくださっていたのか、「ちょっとぐらい恩返ししてから辞めるんだろうな!」と助け舟を出してくださいました。「会長が今一番力を入れてる仕事を頑張ります」と言って、事業部長職も全部返上、平社員から自動車事業部に異動することになりました。そしてそれを機に東京に転勤にもなります。

2. 20代後半のご経歴

「経営ってこういうことなんだな」


ドラマよりもドラマのような20代前半ですね。続きが非常に気になるのですが、20代後半は自動車事業部に異動されたということで、そこではどのような経験をされたのでしょうか?


平社員に戻って一からのスタートになりましたね。そこで一番感じたのは、平社員の立場って、なんと気楽なんだ、と。年俸は減りましたけど、業績が未達成でもすぐ自分の部署がなくなるわけではないし、部下の生活がかかっているわけでもないし、分業もされているので、何から何まで全部自分でやらなくてはならない、というわけでもなかったですし。


そうなると物足りなさみたいなものは感じなかったんでしょうか?


それはなかったですね。当時、社内で僕のことを評価してくださっている先輩方もいらっしゃったみたいで、自動車事業部に来たときも歓迎していただきました。年上の方に「一度、豊増さんと仕事してみたかったんです」と言われたときは、嬉しかったですね。異動して1年目のときにセールスマン・オブ・ザ・イヤーという全社のトップセールスが受賞する賞をいただき、2年目でマネージャーに戻していただきました。小さい頃から機械や自動車は好きでしたし、仕事も面白かったので、「このまま自動車業界に骨をうずめてもいいな!」と思いかけていたんですが、そこでまたアクシンデントが起こるんです。


何が起こったのでしょうか?!


自動車修理のフランチャイズチェーンのエリアをまとめる事業があったんですが、千葉エリアを運営していた会社の経営者が運営を放棄してしまったんです。大問題になって、ひとまず当社の誰かが責任者となって、直営事業として運営するしかない、という話になりました。そのときに僕は手を挙げて「やります!」と言って千葉県の本部長をやることになりました。当時、経営コンサルタントとして、経営者の横で伴走しているだけで本当に力がつくのかな?という漠然とした不安があって。その不安もどこからきているかというと今も続いている現場主義の考えなんです。

コンサルティングのお仕事ってどうしても現場から離れてしまったり、頭でっかちになってしまったりすることが多いかもしれないですね。


悪い言い方をすると口だけじゃないですか。それでももちろん価値のある仕事だと思っていたんですけど。ちょうどその頃、農業事業部のときにお世話になっていた会社の社長さんに急に呼ばれたんです。「大事な相談がある」って。何かと思ったら「会社のNo2が辞めたいと言ってるんだけどどうしたらいい?」という相談でした。その頃まだ20代だった僕は何も役に立つことができなかったんですよ。そのときにすごく悔しい思いをしたのと同時に、一度なんらかの形で自分で経営をしてみないとダメだなと思いました。そんな矢先に、この事件があって。ちょっと怖かったですが、やりますと名乗りを上げましたね。

色んな縁やそのときの流れが重なったのですね。


最初は「各修理工場をまわって社長さんに謝る」ということをずっとやっていました。当時の鈑金塗装業界って、どちらかというと気の荒い社長さんも少なくなかったので、謝りに行ったら横に灯油缶置かれて、「返答次第ではこれに火つけるぞ」と言われたりとか、そんなことが多々ありました。スタッフの人たちも実は暴走族出身でした、みたいな方が何人もいて。でも、とても良い経験になりましたね。ある日スタッフの一人が全国の加盟店の中で業績トップになって、そのときは本当に嬉しくて「経営ってこういうことなんだな」と思いましたね。今は違いますが、当時は、勉強した経営コンサルタントの手法や知識に対してわりと懐疑的で。MBAの○○とかちっとも役に立たなかったんですよ。目の前で取っ組み合いの喧嘩をしているスタッフを前にしてそんなことを言っても意味がないし、まずこの人たちが明日辞めないようにはどうすればいいかでしかないので。

理論とか正攻法をそのまま当てはめようとしてしまって人・現場を見失ってしまうということは少なくないかもしれないですね・・・

何が厳しいかって彼らにしてみたら、社長さんに裏切られた挙句新しく来た責任者は東大卒のコンサルタントだってことなんです。でも、その環境でスタッフの信頼を勝ち得ないと、結局業績もへったくれもないですし、お客さんに迷惑もかかる。そこで初めて責任ある立ち振る舞いとかどうすれば人は人に信頼されるかっていうことを真剣に悩んだし、たくさん失敗もしました。そしてある程度軌道に乗って、そろそろNo.2の子に事業部長任せて、自分は引いてもいいんじゃないかっていうときに、僕は1本の電話を取るんです。

どんな内容の電話だったんですか?!


それがap bankのエージェントの方からの電話でした。当時、自動車業界で塗料を環境配慮型に変えたりして自動車業界の中でも「環境に配慮した取り組み」みたいなことも始めていました。農業関係のブログもしばらく続けていて、おそらく、そうした情報をエージェントの方が見つけてくれたんだと思います。その後、何度かap bankのスタッフの方や小林さんにお会いして、30代はap bankに関わることになりました。


3.大切にしている価値観や考え方

"点滴岩をも穿つ"


ここまで波乱万丈な人生を歩まれてきたと思いますが、その中で"大切にしている価値観や考え方"はありますか?

やっぱりうちの会社名(ONE DROP FARM)でもあるんですけど、"点滴岩穿(てんてきいわをもうがつ)"という言葉ですね。要するにコツコツやりましょうということです。一滴一滴の雨垂れは、長い年月かけると石にも穴を空けるように、小さなこともコツコツやれば大きな仕事もできる。実はこの言葉には「どんな岩でも穴は空いてしまうよ」という裏の意味もありまして。一つ一つをおろそかにすると、しまいには大きなものが崩れてしまうぐらいの大惨事になるよっていう戒めでもあるんです。

4.今の20代のデメリット

団塊ジュニア世代をどうするか


今の世代は便利になっているがゆえに「コツコツ取り組む」ということができなくなっている傾向があるかと思います。そんな中で豊増さんが思う「今の20代のデメリット」って何だと思いますか?

社会動態的な話でいうと2回り上に僕ら就職氷河期世代を背負っているということですかね。なぜならば、今の20代が50歳くらいになる頃には、僕らが引退していて、ほぼ1.5人で僕らの年金を支えなくてはいけない。僕らはいわゆる団塊ジュニア世代ですが、皆さんと違う点は、人数は多いんです。でも不遇の時代だったので、いろいろな事情で、結婚をしなかったり、子供を持たない選択をした家庭も多いと思います。人数が多い団塊ジュニア世代を人数が少ない今の20代世代で支えなくてはいけないという大きな課題が待っていて非常に申し訳ないなと。今のうちに謝っておきます。

僕ら世代はそれを考えなくてはいけないんですね。。。


ただ皆さんには僕らを支えないという選択肢もあるんですよ。自分たちや自分の子供のため、未来のためには、その選択をしなくてはいけない時代かもしれないですね。

5.今の20代のメリット

管理職を経験できるチャンスがある


僕らは僕らのために決断をしなくてはいけないということですね。逆にメリットはありますか?

”氷河期世代をごぼう抜きできるチャンスがいっぱいある”ことかなと。氷河期世代が不運な点は、いつまでも正規雇用されなかった人も多いということだと思います。つまり、管理職を経験することができなかった人も多い。僕は幸運なことに早い段階で管理職を経験できましたけど、人をまとめるとか、人を育てる仕事を経験しないまま30〜40代になってしまった人も少なくありません。そういう方にとって組織をまとめたり、人を育てることは非常に難しい。そうすると、若い世代にチャンスを与えて経験させた方が良い、という判断をする組織も少なくないと思いますね。

6.困難な壁にあたったときの対処法

"楽しむこと、面白がること"


20代は上記のようなチャンスがある反面、なかなかうまくいかない場面も多いのではないかと思います。20代がそういった壁に当たった時に対処するための良い方法はあったりしますか?

そうですね、20代のデメリットと合わせて話すと「突破力」が弱いというのが一つあると思っていて。壁が立ちはだかった時にそれを越えなくては先に進めないというときの突破力、これが弱いと思う時はあります。この背景は社会学的に言うと「子ども部屋や携帯電話の登場が関係している」と思います。僕らの世代は、友達と遊ぶ時はまず相手の家に行って、ドアをノックする。そうすると相手のお父さんとかが出てきて、「誰だお前は!」となるわけです。今はLINEとかで連絡すれば直接会えるからそういうややこしい人やものを避けられますよね。

「めんどうごと」と言われるようなことはだいたいテクノロジーのおかげで避けられるようになりましたよね。

その「めんどくささ」がメンタル的なレジリエンスにも繋がっているのかなと思いますね。じぶんを全否定してくる人がいても受け流す経験をしていれば、凹むことは少ないんですけど、SNSって結局価値観が同質化していくので、突然自分を否定してくる人が出てくると構えてしまうんですよ。それで論破したり、炎上したり。世の中どちらかというと自分と違う価値観の人の方が多いって言うことがわかっていれば気にしないじゃないですか。

そういうメンタルのレジリエンスを鍛えるチャンスは少ないかもしれないですね。

これに対しての対処法が「楽しむ」ことだと思っています。言葉の力って本当にあると思っていて、大変な目にあったときに、あえて"面白くなってきたな"と言ってみる。アニメとかでもよくありますよね。一見バカらしく思えるかもしれませんが、僕はこれがすごく役に立っています。どんなに困難な状況でも絶対に楽しめる、あるいは面白い側面はあるので。あとは、僕自身が農家の生まれというのも大きいのかもしれないですね。「雨が降った」「台風が来た」でいちいち悩んでいたってしょうがないじゃないですか。次にどうするかが大事であって。

"なりゆき任せ"と言ったら少し乱暴かもしれませんが・・・

母が特にそういうタイプでしたね。農家のおばちゃんとかで何かが起こった時に「あちゃー、しもうたね!」と言ってケラケラ笑ってる人いるじゃないですか。あれが究極の形だと思いますね。楽しそうにしていたら自然と人は手伝ってくれますよ。

7.もし今20代に戻れるなら

⚪️⚪️で働く経験をしてみたい


そういう人は自然と愛されますよね。20代に色々な経験をされてきたと思うのですが、もし今20代に戻れるならやりたいことはありますか?

海外で働く経験をしてみたかったですね。僕の最大の後悔は海外を経験していないことなんですよ。大学時代も勉学や部活に明け暮れていたとはいえ行こうと思えば行くチャンスはあったんですよ。海外のレストランと農場でアルバイトをしてみたかったですね。今僕の中には、すごい古いOSのままで何か新しいことをしようしてるんじゃないかっていう漠然とした不安があって。だったら新しい感覚の人に任せなきゃいけないとか委ねなきゃいけないっていう不安があります。海外が全てというわけではないと思うんですけどね。

8.20代に伝えたい人生設計における羅針盤

話を"聴く"のが上手い人についていきなさい


色々お話を伺ってきた中で、豊増さんが考える20代の人生設計(ライフデザイン)において大切なことは何だと思いますか?

あんまり僕らの言うことは気にしなくていいです(笑)いきなりアドバイスをしてくる人らの話は聞かない方がいいと思います。皆さんの話を聞いてくれる人の話を聞いていればいいと思います。生意気でもいいと思います。なぜこういうかというと話を聴くのが上手い人はやっぱり何かしらで成功しているんですよ話をするのが上手い人はたくさんいるけど、話を聴くのが上手い人は少ない。僕の経験だとものすごく教養のある方や成功している方は、話を聴くのが上手な人が多いです。なので「この人話聞くの上手いな」と思う人についていくのがいいと思います。話が上手い人は無視してもいいです(笑)

9.20代にオススメしたいモノやこと or ご自身が影響を受けた人やモノ・コト

特にないですが・・・強いて言えば


いよいよ最後の質問なのですが、20代にオススメしたいモノやこと or ご自身が影響を受けた人やモノ・コトなどあったら教えていただきたいです。


実は全然出てこなくて。僕自身のことなら結構あるのですがオススメとなると特にないかもしれないです。僕自身が影響受けたという文脈であれば、せっかくなので3つ挙げさせていただければと思います。

1つ目は、読んだ本で「ローマ史」と「ニーチェ」ですかね。僕の8割はニーチェですよ。超実存主義なので。ルサンチマンという考え方をしっかり理解したことであらゆるネガティヴな感情から解放されましたね。

2つ目は、人で「華岡青洲」ですね。有吉佐和子さんの「華岡青洲の妻」という小説があって江戸時代に世界で初めて麻酔を開発した人の話なんです。内容は割愛しますが、自分の境遇と重なる部分があって影響を受けましたね。

3つ目はコトで「1991年の台風19号」ですね。これが僕の人生の転機だったと思います。当時僕は中学3年生で、その台風は九州を横断する風速30メートルの台風で屋根やら何やらが全部飛んでしまって。家もめちゃくちゃになりました。当時、僕は久留米大学附設高校という進学校に通っていて、なかなか立派な家庭の子が集まっていました。そんな中で僕だけが台風の被害が理由で学校を休んでいました。そのときに同じ学校というところにいても差異みたいなものを感じて、そのときに「自分の子供にはこういう仕事はさせたくない」って思ったのと、「やっぱこういう思いをしてる人が楽になるような仕事をしたいな」と思いましたね。

それは今もこの仕事をするモチベーションでもあります。

学生時代の勉学の話から部活動の厳しい上下関係から育まれた価値観、そして20代での新入社員経験から壮絶なエピソードまでたくさんのアドバイスやマインドセットなど、20代にとって勉強になる情報をいくつも教えてくれた豊増さん。

個人的に、「話が上手い人ではなく"聴く"のが上手い人について行きなさい」というのは今までで一番しっくりきたアドバイスでした。以前から豊増さんとは面識がありましたが、なんとなく感じていた覇気みたいなものの正体がわかったのと、密かに憧れていた豊増さんの過去のお話を聞いて、改めてこういう人になりたいなと思えました。


〈取材・文・編集・写真=桝井孝一 / 茂野そら〉

豊増洋右さんのSNS一覧
X(旧Twitter):https://x.com/toyomax09?s=20
Facebook:https://www.facebook.com/yosuke.toyomasu
Instagram:https://www.instagram.com/yosuke_toyomasu/

株式会社ONE DROP FARMのSNS一覧
HP:https://onedropfarm.jp/
X(旧Twitter):https://twitter.com/onedropfarm
Facebook:https://www.facebook.com/1dropfarm
Instagram:https://www.instagram.com/onedropfarm/


この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?