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ハムストリングス肉離れ ①疫学

はじめまして。

ESOライターの⚽フットファンク⚽と申します。

現在は、理学療法士としてJクラブの育成部のトレーナーを非常勤で行いながら、ATの専門学校に通っております。

これまで高校サッカー、国体少年男子サッカー現場にてトレーナー活動をさせて頂きました。

皆さんの臨床現場に役に立つハムストリングスの肉離れについて今後発信していきます。

スポーツの現場で遭遇することの多いハムストリングの肉離れについて、月に1回の記事で理解を深めています。

まず今回は①疫学についてです。

ハムストリング肉離れは、肉離れの中でもどのような競技に多いのか、発生頻度について理解を深めていきます。


【肉離れの概念】 

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 肉離れの概念について、一度確認していきます。

「肉離れ」とはスポーツ現場での呼び名(通称)であり、「捻挫」や「打撲」と同様に受傷状態を表した言葉になります。

現場で使われている、あるいは選手が使っている言葉を診断名として使っている形です。

少なくとも10年くらい前には「肉離れ」という言葉は、整形外科の用語集に出ていなかったようです。strainという言葉は「筋挫傷」と訳されていて、contusionというのも「筋挫傷」と訳されていました。

最近になって、「肉離れ」→ muscle strainという言葉が使われるようになってきたようです。

肉離れとはつまり「筋肉が離れた」感じであり、実際に選手がそういう表現をします。経験がある方はわかるかもしれませんが、経験的・主観的な言葉です。

もう少し具体的にいえば、「ダッシュやジャンプなどのスポーツ動作中に、瞬時に筋肉の一部が離れたように感じ、急激な痛み(あるいは脱力など)を生じる状態」と言えます。

明らかな直達外力である「打撲」からくる「筋挫傷」とは異なり、陸上競技などでは、通常肉離れとは明らかな外力が加わらない、自家筋力による筋の損傷を示します。

しかし、競技によって、例えばレスリングなどの格闘技系種目では、介達外力によって抵抗下に過伸展されて損傷を受ける場合も、肉離れと呼ばれていることが多いです。

欧米でmuscle strainと呼ばれているものも、文献上でみる限り、自家筋力によるいわゆる肉離れと介達外力による筋の過伸展損傷を一緒にしているようです。

そのため本マガジンでも同様に、自家筋力によるいわゆる肉離れと介達外力による筋の過伸展損傷を肉離れと定義していきます。



【肉離れの鑑別】

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 まず、肉離れとそうでないものを区別する必要があると思います。

スポーツをしているときに急に筋肉が痛くなるもの(急性筋痛)には何があるかについて述べていきます。


 比較的多くみられるものに「筋痙攣」があります。例えば試合中に足がつったというもので、これも痛みが顕著です。「筋痙攣」は、MRIでは何も所見が出ません。

 また、運動後数日に筋肉に痛みがあるものを「遅発性筋痛」と呼びます。「遅発性筋痛」はMRIでは全体的に高信号になり、明らかに異なります。

 他に肉ばなれと区別するべきものとして、「打撲症」が挙げれます。これは明らかな打撲があったか問診することで、ハッキリとするケースが多いです。 


【肉離れの発生頻度(全体)】

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 まずは肉離れの発生頻度について触れていきます。

 必ずしもハムストリングスに絞った統計ではなく、誰がどのように診断したかを含めて、まだまだ不十分な調査内容になります。

 国内と国外の比較では、サッカーにおいて欧州のチャンピオンリーグとJリーグのJ1での受傷頻度は、ほぼ同様でありました。
 国内での比較では、なでしこ(女性)やユース選手では、J1に比べ発生頻度は少なかったです。

 また、他のスポーツ競技との比較では、女子バスケットボールでは、女子サッカーの1/3程度、逆にラグビーではJ1の倍以上でした。しかし、ラグビーでは筋痙攣を含めています。

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※1:1000時間あたりの発生頻度

【国内の発生頻度(JISS)】

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JISS(国立スポーツ科学センター)におけるトップアスリ−トの診療データによると、肉離れと診断されたのは1,170例になります。

期間は、2001年から2018年9月までの17年間になります。

男性の受傷時の平均年齢は、25.0歳、女性では22.6歳と受傷時年齢は女性の方がやや若かったです。

受傷側を比較してみると、右574例左596例と左右差はありませんでした。

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【スポーツ別の発生頻度(JISS)】

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 肉離れを受傷したスポーツでみると全部で49競技ありました。このことからも肉離れはあらゆるスポーツで実際に生じていることがわかります。


 スポーツ別に肉離れの発生数でみると、陸上競技が333例と最も多かったです。(短距離124例、ハードル68例、中・長距離55例、跳躍53例等)

次にサッカーで138例フェンシング118例、レスリング91例になります。

JISSにはオリンピック競技の専用練習施設が併設されており、それらのフェンシングやレスリングが上位を占めているのが特徴になります。やはり陸上競技が多く、スプリント中に肉離れが多いことが理解できます。

【競技別の発生部位(JISS)】

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 陸上競技では、大腿二頭筋長頭が155例(47%)と最も好発しており、それに半膜様筋(16%)、下腿三頭筋(17%:このうちヒラメ筋が86%)と続いていました。

 前2者は短距離走で多く、下腿三頭筋では長距離走でのヒラメ筋に多く発生していました。
 サッカーラグビーといった広いフィールドを駆け巡る競技でも、大腿二頭筋長頭(それぞれ33%、32%)に多く発生していました。

 サッカーでは大腿二頭筋長頭に次いで大腿四頭筋(18%、特に大腿直筋)や骨盤筋群(15%、特に内・外閉鎖筋)に多く見られました。

 ラグビーではむしろ下腿三頭筋(37%、腓腹筋内側頭とヒラメ筋で半数ずつ)が最も多く、次いで大腿二頭筋長頭の順であった。


 一方、対戦競技であるフェンシングでは、大腿部内転筋群が最も多く(42%:このうち大内転筋が71%)、次いで半膜様筋(19%)に多く発生していました。


 さらにレスリング柔道では、半膜様筋(それぞれ23%、37%)に最も多く生じていました。これらの受傷機転は、陸上競技の疾走中ではなく、相手につぶされたり、踏ん張った足が滑ったりした際に、開脚を強制されて半膜様筋の付着部を損傷した症例が多かったです。

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【損傷筋の分布】

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競技に関係なく、肉離れを受傷した筋全体でみてみると、全部で66部位の筋に生じていました。

このことは、肉離れがあらゆる筋に起こりうることを示しています。

ハムストリング、下腿三頭筋、内転筋群など、機能別に大まかに分類してみた場合の割合であり、肉離れを最も多く発生していたのが「ハムストリング」でした。

肉離れ全体の40%(472例/1,170件)を占めており、これまでの多くの文献でも、ハムストリングが人体の筋の中で最も肉離れが起こりやすい部位であることが報告されています。

次いで下腿三頭筋15%(177例)、大腿四頭筋12%(138例)および内転筋10%(121例)などの順に多かったです。

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 また、ハムストリングス内での損傷筋をみてみると、大腿二頭筋長頭が55%(261例)と過半数を占め、次いで半膜様筋33%(145例)で、両者を合わせて90%近い割合になります。

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【NCAAにおける発生頻度】

5)※NCAA=全米大学スポーツ協会


2009~10学年度から2013~14学年度の5学年度にかけて、発生したハムストリングス肉離れについて解析しました。

選手1名が1回の練習または試合に参加する単位をathlete-exposure (A-Es)と定義すると、毎年、全25競技において練習にて2,886万299 A-Es、試合にて647万2,952 A-Esの暴露機会があったと推計されました。

この期間に1,053,370件の傷害が発生したことから、年平均にして210,674件、そのうち134,498件(63.8%)は練習中に発生しました。

ハムストリングスの肉離れは、ほとんどが非接触によるものでした(72.3%、n=826)。

ハムストリングスのうち、12.6%(n=144)が再発し、37.7%(n=430)が24時間以内、6.3%(n=72)が3週間以上のタイムロスを経験しました。


【スポーツ別の発生頻度(NCAA)】

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ハムストリングスの発生件数は、男子アメフト男子サッカー女子サッカーの順に多かったです(それぞれ35.3%、n=403、9.9%、n=113、8.3%、n=95)。

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【プロサッカーにおける筋損傷の発生頻度】

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UEFAのCL、スウェーデン1部リーグ(SWE),人工芝(ART)計51チーム(選手2,299名)を対象に、1~9シーズンの追跡調査を行いました。

この報告における筋損傷は、筋の全断裂や部分断裂などの構造的・機械的損傷で、打撲傷、血腫は除外されています。

合計で2,908件の筋損傷が登録され、そのうち53%が試合中47%がトレーニング中に筋損傷が発生しました。

1シーズンの平均で、選手は0.6個の筋損傷を負っていました。

負傷者の92%が下肢を負傷していました。ハムストリングス(37%)、内転筋(23%)、大腿四頭筋(19%)、ふくらはぎ(13%)が最も多い負傷部位でした。

大腿四頭筋の筋損傷の大部分(60%)は利き足(優先的に蹴る足)に生じ、33%は非利き足に生じ、7%は両足に生じたか、または利き足が不明でした。

蹴り足への筋損傷の優位性は、他の筋群ではあまり明らかにはなりませんでした(ハムストリングス50%、内転筋54%、ふくらはぎの筋肉51%)。

【サッカーの時間帯での発生頻度】

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筋損傷は、ハーフタイム終了時に近づくにつれて、頻繁に発生する傾向があります。

これはまた他の報告でも同様な結果が報告されています。

ハムストリングスの強度が時間の経過に伴い、低下することが報告されており疲労の影響もあると考えられます。

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いかがでしたでしょうか?

疫学でしたが皆さんの臨床現場に役に立つと幸いです。


【参考文献】


1)奥脇透:肉離れの病態に対する臨床的研究:MRI臨床スポーツ医学 21(10): 1131-1138, 2004.
2)奥脇透:肉離れの発生要因と治癒予測:スポーツメディスン 19(2): 6-14, 2007.
3)奥脇透:肉離れとMRI:臨床画像 24(7): 897-907, 2008.
4)古賀英之ら:予防に導くスポーツ整形外科:234-240
5) SL Dalton:Epidemiology of Hamstring Strains in 25 NCAA Sports in the 2009-2010 to 2013-2014 Academic Years:The American Journal of Sports Medicine
6)J Ekstrand:Epidemiology of Muscle Injuries in Professional Football (Soccer) :American Journal of Sports Medicine
7) J Ekstrand:Injury incidence and injury patterns in professional football - the UEFA injury study:British journal of sports medicine
8)M Greig:Soccer-Specific Fatigue and Eccentric Hamstrings Muscle Strength:Journal of athletic training
9) J Petersen:Acute hamstring injuries in Danish elite football: A 12-month prospective registration study among 374 players:Scand J Med Sci Sports


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