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フードスコーレ不定期連載『食の未来仮説』#010 千葉県浦安市はディズニーリゾートだけじゃない(書き手:矢野加奈子)

千葉県浦安市といえば

青い空とキラキラと光る海、街には南国のヤシが植えられ、リゾート地の景観がある一方で、歴史的な街並みも残り、美しく整備された海沿いの公園には多くの人がジョギングや散歩を楽しむ姿を見ることができる。ここは千葉県浦安市、私の地元だ。

私の生まれは大阪府高槻市なのだが、父の転勤で幼い頃こちらに来てから長く、すっかりここが私のふるさとになっている。浦安市と言うと皆さんは何を思い浮かべるだろうか。よく埼玉の浦和とも間違えられるが、多くの人は東京ディズニーリゾートが頭に浮かぶらしい。なんなら、そのイメージしかないだろう。

東京ディズニーリゾートは1983年に開園し、夢と魔法の王国として現在でも日本で一番のテーマパークとして、ファンを増やし続けている。浦安市民である私も、ディズニーリゾートで成人式だったし、誇りに思っている。浦安市内の学生は安全なバイト場所として、まずはディズニーでバイトデビューすることも多く、私も大学生の時に2年間ほどはじめてのアルバイトをしていた。8時半頃にパーク内で打ち上がる花火は、浦安市民にとっては時報がわりで、花火の音を聞くと「もうこんな時間か」と思ったものだ。

これはもしかしたら、私だけのディズニーあるあるで、他の浦安市民はそんなことこれっぽっちも思ってないかもしれないが、少なからずみんなディズニーリゾートに対して何かしらの想いは持っていると思う。誰かに自己紹介するとき「地元は千葉県の浦安市です、ディズニーランドのあるところです」と言うと、大体羨ましがられるから。

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コロナでみんなが暮らしを見直した

このコロナ禍において、みんなが自分の住んでいる地域に閉じ込められることになった。県をまたいだ移動が制限され、今までは「どうぞ首都圏から来てください」と言っていた地方の人たちも、苦渋の決断で「今は来ないでくれ」と言わなくてはいけなくなってしまった。

特に街が狭く、人口の多い首都圏の人々は、外に出ることもなんとなくはばかられ、家にいる時間が増えたと思う。私も職場には通わず、すぐにリモートワークに切り替えた。いつもなら全国各地の農村に行っている時期もどこにもいかず、出かけると言っても周辺を30分ほど散歩する毎日が続いている。遊びに行くこともできずフラストレーションがアフリカゾウほどの大きさで溜まった。

SNSを見ると地方に住む友人たちが、コロナに気をつけつつも、豊かな自然の中のびのびと生活し、自然に触れ、おいしいものを食べている。羨ましい、いいところに住んでいるな、そう思った方も多かったのではないだろうか。
実際私のSNSでも、「もう都会に住む必要ないから地方に移住したい」「美味しいものがある地域に住みたい」など、移住に関するつぶやきが、ぽつり、ぽつりと増えていった。

もちろん私はこのような意見に反対することはないし、みんなが様々な場所に住むことを選択することができるのはとても良いことだと思っている。自分の好きな地域を「良い地域」「住みたい」と言ってもらえて嬉しかったし、誇らしかった。

しかし、同時に違和感も感じていた。

この違和感について個人的な感情なのでうまく説明できないし、言葉にするとなにか特別な意味が生まれてしまいそうで書くかどうするか迷ったが、このような機会をいただいたので、思い切って書いてみることにする。何を言っているかよくわからないかもしれないし、あくまでも今、2020年夏の正直な気持ちで、今後ゆるやかに変わって、来年になったら全く正反対なことを思っているかもしれないので、その点はご容赦いただきたい。

私が感じている違和感、それは「なぜそれを住んでいる自分の地域で実現しようと考えないのか」ということだ。たしかにどの地域も魅力的で、持っている資源も、文化も違う。それに憧れ、羨ましく思う気持ちはとってもわかる。仕事や家庭や様々な事情で、現在の場所に住んでいるのかもしれないことも想像できる。そうだとしても、それは本当に自分が今いる場所では実現できないことなのだろうか。自分の街をよくすることで生活の質を上げることを考えず、すぐに良いと思うところに移動してしまっていいのか。目を閉じて10秒だけ考えてみて欲しい。寝ないで。私は少し寝たけれど。

隣の芝生は青いということかもしれない、移住したいその地域にも抱えている課題はたくさんあるだろうし、なんともできない日常があるかもしれない。それが地域に暮らすということだと思う。

一度自分の住む地域を見回してみて欲しい。本当にないものばかりだろうか。見えていないだけで、もしかしたら憧れの地と同じように豊かな生活は自分のすぐ近く、ほんの100m先にあるかもしれない。

もちろん手に入らないものもあるだろう。例えば浦安市民が自然と触れ合いたいと富士山みたいな山が欲しいと思っても、絶対に手に入ることはない。これはコノハナサクヤヒメでも「無理ですわ」って、すぐに諦める案件だろう。でも例えば、公園や緑地に木を植えて、森のようにすることはできるかもしれない。ないものを改善しようとせず、すぐに他に求めてしまっていいのだろうか、私にあったのはそんな違和感だ。

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消費するだけの消費者

なんとなくその考えは、「消費するだけの消費者」という今私が持っている危機感にも通じるところがある。生産地が作ったものを消費地は消費するだけ、循環することもなく、養分が吸い取られていく、そんなイメージだ。地域が守り育んできた資源や文化の恩恵を受ける、このこと自体は悪いこととは思わない。むしろ支え合うという考えは必要なことだ。

しかし、消費するだけ、いいとこどりの消費者優先の思考はなんとなく違うような気がする。生産者の顔は見せろと言うのに、消費者の顔は見えにくい。自分はずかずか家に行ってご馳走食べるのに、こっちが訪ねて行ったら玄関で追い返されたみたいな、そりゃないぜと思う。

もちろん先ほども言ったが、消費することで生産は支えられていると思うし、様々なレベルの生産者や消費者がいるだろう。でも、これがブームのような動きにはなって欲しくないなと思う。そんなこと言ったって、目立たないとひっそり消滅していくだけだよと言われてしまうかもしれない。うん、それもそうだと思う。でもだ、本当に大切なことって本当はひっそりと目立たなくて、小さな個人の活動だったり、想いだったり生活だったりするんだと思う。もしかしたら失っても私たちは気づかないかもしれない、いや、気づかないことの方が多いだろう。それでも、誰かが仕掛けた大きなムーブメントだけが社会を変えるわけではないと、私はそう信じている。

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大好きな街に住む

今住んでいるこの浦安には生産地がない。農地がない唯一の自治体とも言われていて、畑も漁場もない。そもそも浦安市は埋め立てで大きくなった市だ。明治22年(1889年)町村制の施行に伴い堀江、猫実、当代島の3つの村が合併し「浦安村」が誕生し、その後、浦安町を経て、昭和56年(1981年)浦安市となった。昔は豊かな漁場がある漁師町だったが、海面埋め立てなど環境悪化により昭和46年(1971年)に漁業権を全面放棄した歴史がある。生産者が生産地を失う辛さというのは、私たちが想像するよりも壮絶な葛藤があったと思うが、その想いの上に今私たちの発展があるのだと思うと、本当に感謝の思いしかない。

しかし、同時に私はこの大好きな街に住み続けるためには今のままではいけないと、それは恐怖にも近い、危機感を感じている。確かにこの街にはなんでもある。最初に述べた美しい都市景観も、大型スーパーも、世界一のテーマパークも。交通網は発展し、少し待てばすぐにバスが来てどこにでも行ける、東京までだって20分くらいだ。少し歩けば欲しいものがすぐ買える。しかし、農山村地域に行き自然の中で暮らす人たちの生活をみると、本来人間が持っているべき生きる力のようなものを何も持っていないことに気づく。

今回のような流行病や、大きな災害が起きて、地域の移動が制限され、物流が止まってしまった時、私たちはこの街で生き抜くことができるだろうか。大袈裟かもしれないし、そんなことおきっこないと思っている方もいるかもしれない。しかし、現に私たちは2011年の東日本大震災や2020年のこの新型コロナウイルスなど幾度と襲う災害などで、世界は突然変わってしまうことを知った。前回も書いたように、私たちの普通の日常が、非日常に変わることだってあるのだ。

だけじゃない浦安

だからって、急に浦安に農地を増やすことも、漁場を復活させることも難しい。一度失ってしまったものを取り戻すのは本当に時間がかかることだ。じゃあどうすればいいのか、それはまずは地元を愛し、受け継いできたものをしっかりと守ること。そして、理解し、よりよくする努力を行うことだと思う。そして、肝心なのは、これは決して自分が住む地域だけで完結する話ではないということを理解することだ。浦安にいながら実は遠くのアフリカゾウのことを考えなくてはいけないなんてことがあるかもしれない。

様々な方法や活動があるし、関わり方は人それぞれだと思う。今回私がお勧めするのは、生産地や生産者としっかりつながっているお店を応援し、関心を持つといういちばん簡単な方法だ。ここで重要なのは先で述べたように関係が一方的になったり、ただ消費するだけになったりしてはいけないということだ。誰がどこで、どのように作っていて、その人が困っていたら、すぐに自分が動けるかどうか。それは日常的に情報を取り入れていないと、そうしていたって、なかなかできることではない。

浦安にも、地域の文化や生産者の思いを伝えるお店がある。もちろん最近ではスーパーなどでも近隣生産地の応援をするところも多いし、私もそれには大賛成でありがたいなと思う。しかし、個人の商店にいけば、より直接その食材の特徴や生産地のこと、地元浦安のこと、歴史などを聞くことができる。

これらのお店を私は「街中の小さな郷土資料館」と勝手に思っている。魚屋さん、八百屋さん、肉屋さん、天ぷら屋さん、お寿司屋さん、お蕎麦屋さんなど、それぞれのプロフェッショナルたちが食材のこと、生産地のこと、自分たちの店に関わる文化など教えてくれる。時には専門家より詳しい人もいるし、プロがプロを呼び、なんだか物凄く専門的な話がその店で語られている夜もある。そこには、ただ買う、ただ消費するだけではなく、コミュニティが生まれ、つながりができている。

そして、このようなお店の先には、必ず生産地がある。このお店を応援することは、その先の生産地を知ることにもなる。そしてぜひ興味を持ってほしい。素晴らしい面だけではなく、課題も含めて。いいところだけ見るなんて、その人の外面だけで惚れているようなものでもったいない、内面にはもっと素敵なところがあるかもしれないじゃない、弱いところも背景も、全部丸ごと好きになったほうがきっと楽しいと思うから。

浦安はディズニーリゾートだけじゃない。もっと良くするための課題と、たくさんの魅力に溢れた街だ。だから私はこの街が好きだ、この街をよくするために、他の地域には元気でいてもらわなくちゃいけない。私が行う、まちづくりや地域振興は最高のエゴだと思う。生産地がなくなれば浦安には住めないかもしれない、私たちが失ってしまった文化を持っているところにはそれを守っていて欲しい、どうかすべての地域よ、浦安のために元気であってくれ、本気でそう思っている。

そんな私が地域で活動する時に大切にしている3つのことがある。

「考え続けること、行動し続けること、関わり続けること」

これが意外と難しい、こんな言い方をすると怒られるかもしれないが、誰かのためと思うとより難しくなる、やっぱり自分のためと思ったほうがやるしかないな、という気持ちになる。でもいつか、消費するだけの自分ではなく、地域に恩返しでき、役に立てる自分でありたいと思う。まあ、これも私の盛大なエゴなのかもしれないが。

おまけ 矢野おすすめの浦安の個人商店

浦安にもたくさんの個人商店があり、どのお店もとても魅力的だ。その中から私が実際に買い物や食事に行き、生産地とのつながりや食材への理解、食文化普及に力を入れている、浦安の文化がわかると思ういくつかのお店を紹介したいと思う。今回の自宅待機中に浦安散歩を行う中で、これ以外にもまだまだこういったお店がありそうなので、もっと浦安を好きになれた。

*現在コロナウイルス感染拡大防止のため、各店舗の営業時間や対応などが通常と異なる場合があります。詳しくは、ウェブサイトや電話でお問い合わせいただければと思います。

佃煮 西敏商店
浦安の漁場が賑わっていたであろう昭和9年から、今にその文化を伝える佃煮屋さんがある。浦安市猫実にある佃煮西敏商店さんだ。生産地に赴き、自らが吟味した素材をこだわりの製法で煮上げているお店だ。とても美味しい佃煮はもちろんだが、浦安の文化をきちんと伝えていこうと、店内に浦安に関連する書籍や街案内のマップなどがある。青柳貝ひもの佃煮など、食卓にのぼると一瞬でなくなる。

千葉県浦安市猫実5-6-26
047-351-2238
サイト http://www.nishitoshi.com

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焼き蛤 さつまや
浦安はかつて貝の街とも呼ばれており、浦安市の名産として「焼蛤」「焼きあさり」などがある。さつまやはその伝統的な味を今に伝える名店の一つ。店に入ると店員さんが串に刺したり、焼いたりする様子を見ることもでき、店内に醤油の焼ける甘いいい匂いがただよう。大切な誰かへのご挨拶にはいつもこの店の焼き蛤を買いに走る。

千葉県浦安市猫実4-16-24
047-351-2806


海苔田中屋海苔店
貝と並ぶ、浦安の名産海苔。浦安市内には、田中屋海苔店さん以外にもいくつか海苔屋があり、どこも美味しいです。私はいつもこの田中屋海苔店さんの「青混ぜのり」を買います。海苔の香りがどこまでも続き、口の中で心地よく海苔が解けるので料理に合わせても、そのまま食べても美味しい逸品です。

千葉県浦安市猫実4-13-1
047-351-2722
サイト https://www.tanakayanoriten.com


魚屋 泉銀(いずぎん)
浦安には昭和28年(1953年)から創業する浦安魚市場があり、市民の台所として長年浦安の食を支えてくれていた。しかし、老朽化や後継者不足などにより2019年3月に惜しまれつつ閉場となってしまった。そんな浦安魚市場にもあり、現在も街中の魚屋の風景を残してくれている魚屋が泉銀さんだ。店主の森田さんが全国各地から取り寄せた新鮮な魚介類の食べ方や保存方法などの魚食文化や生産地の想いも伝えてくれる。私はまだ新店舗に行けていないので、ぜひ行ってみたいです。

千葉県浦安市堀江3-25-1
047-713-8274
サイト https://gyoko.thebase.in


天ぷら天悟
本格的で、食材の良さを最大限に活かした天ぷらを楽しみたい時に行くお店。店主の宇田川さんは「天ぷらは究極の蒸し料理」といい、食材のうまさを5ランクくらいあげてくれる。天ぷらといえばキスやアナゴ、車海老だと思うが、それだけではなく全国各地から集めた珍しい野菜も絶品。地域の生産者を守りたいという思いや多くの人に食の現場の現状を知って欲しいと、小学校への出張授業なども行っている。いつもお世話になっています。

千葉県浦安市北栄1-2-37 1階
047-314-5190
*要予約(必ず電話でお問い合わせください)

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泰平鮨
自家製のカラスミや、冬にはフグ料理も味わえる浦安のお寿司屋さん。カウンターで食べるお寿司は敷居が高そうに感じるかもしれないが、予算に合わせて握ってくれるので予約の際などにきちんと相談しよう。長年魚屋を営んできたお父さんの浦安や魚に関するお話を聞くだけでも行く価値ありのお店。もちのろん味は最高です。

千葉県浦安市当代島1-7-20
047-352-2423

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『食の未来仮説』は、さまざまなシーンで活躍されている方たちが、いま食について思うことを寄稿していく、不定期連載のマガジンです。次回もおたのしみに!

今回の著者_
矢野 加奈子/Kanako Yano
合同会社流域共創研究所だんどり役員。東京農業大学大学院農学研究科造園学専攻博士前期課程修了。東京農業大学多摩川源流大学プロジェクト学術研究員。住民を巻き込んだワークショップの手法について研究しており、自身も様々な現場でファシリテーターやコーディネーターを勤める。Webサイトへの記事提供等も行う。


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