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人類史に影響を与えた食の発明

研究とは新しい何かを生み出すお仕事なわけですが、どんなアイディアマンでも無から何かひねり出すのは至難の業。

であれば、過去のとんでもない発明から何か学べるんじゃないのかな??

そんな降ってわいた質問に、Twitterの智が結集し、数多くのコメントをいただきました。

そのコメントに出てきた皆様の意見を、時代背景やその目的別に構造化して図解してみて、私なりの一つの結論に辿り着きました。

それが、

必要不可欠な存在である食に対して、偉大な発明は人はそれを必死に追究しなくても済む存在に変容させ、産業に発展することで人々に余暇を与えた

ということ。

今回はそんな話をしていきます。

食の発明ツリー

みなさんからいただいた種々の発明を関連付けて整理すると、
☑︎生産性の向上
☑︎保存性の向上
☑︎栄養効率の向上

の三つのいずれかにあてはまりそうです。

人は食べないと生きていけません。

ということは、食への安全で簡便なアクセスというのが偉大な発明としての必須要件とも言えそうです。

では、一つずつ見ていきましょう。

・・・とその前に。食に限らず、技術というのは不可逆的に進歩するもので、昔の不便な技術に戻ることはそう多くありません(暗黒時代とかは置いといて)。

ということで、ある程度時系列に沿って進めてみます。

生産性の向上

産業革命以前

産業革命以降人口が爆発的に増え続けている地球ですが、それに勝るとも劣らない発明が農耕でしょう。Wikipedia先生によると新石器革命と呼ばれるそうです。

農耕と同時期に発明された牧畜も同様に食糧の安定供給につながり、これらと関連して人々が定住するようになり、文明が始まっていくことになります。

ここから時代は下り、鉄器の発明など含めいろいろな農具が発明されたり、水車による動力の確保など、さまざまな創意工夫がなされていきます。

産業革命以降

産業革命=動力確保のイメージもありますが、食分野もご多聞にもれず、農業機械の発展はめざましい限りです。

さらに、今回皆さんからのコメントで大人気だったのがハーバー・ボッシュ法。つまり、肥料です。

パンの原料である小麦を始めとして、農作物を育てるには、窒素・リン・カリウムの肥料の三要素が不可欠だが、ハーバー・ボッシュ法は、窒素を供給する化学肥料の大量生産を可能とし、結果として農作物の収穫量は飛躍的に増加した。このためハーバー・ボッシュ法は、水と石炭と空気からパンを作る方法とも称された。
化学肥料の誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困と飢餓に悩まされていた(マルサスの人口論)。しかし、ハーバー・ボッシュ法による窒素の化学肥料の誕生や、過リン酸石灰によるリンの化学肥料の誕生により、ヨーロッパやアメリカ大陸では、人口爆発にも耐えうる生産量を確保することが可能となった。

wiki

ハーバー・ボッシュ法自体は高校の化学でも確か習いますが、こういった歴史に与えたインパクトまで知ると感慨深いものです。ハーバーさんの人生は波瀾万丈で凄まじいので、詳しく知りたい方はこちらの動画をぜひ。

さらには、農薬、育種、遺伝子組換え、ゲノム編集など、食の安定供給のための技術開発は今なお盛ん。

農耕牧畜も含め、このパートの発明は本来人類にとって制御不可能であった自然への挑戦であり、疑問視したり自然への回帰を唱える人が出てくるのは当然の流れだと思います。

農耕に異を唱える人がほとんどいないように、近年の科学技術のうち時の試練を耐えるものは果たしてどれでしょう?

保存性の向上

続いて、保存に関する発明。

最初期には土器による貯蔵などもあったでしょうが、基本的には腐敗や変質との闘い。

食中毒予防の3原則 食中毒菌を「付けない、増やさない、やっつける」
 食中毒は、その原因となる細菌やウイルスが食べ物に付着し、体内へ侵入することによって発生します。食中毒を防ぐためには、細菌の場合は、細菌を食べ物に「付けない」、食べ物に付着した細菌を「増やさない」、食べ物や調理器具に付着した細菌を「やっつける」という3つのことが原則となります。

厚労省サイト

この「つけない」「増やさない」「やっつける」ためにさまざまな発明が生まれたとも言えそうです。

やっつける

なんといっても加熱調理・・・つまりです。火を発明と呼ぶのかわかりませんが、加熱調理によって数多くのリスクが低減されているのは間違いない。

さらにこれが発達したものがレトルト技術といえます。高温高圧殺菌を行い、かつ気密性の高い容器(パウチや缶)に詰めることで「微生物をつけない」役割も果たして、常温での長期保管を可能にしています。理系民にとっては、オートクレーブというのが一番伝わりやすいかもしれませんね。

つけない

これはやっつけるともセットかもしれません。

器ができたり、蓋ができたり、いろんな発明は昔からあったでしょうが、密封して外からの微生物の混入を防ぐ(その上で殺菌する)という考えは1800年代からあったそうです

瓶に詰めたり、缶に詰めたり、パウチになったり、そして今ではプラスチックなどなど。外気との遮断は重要です。

増やさない

微生物を培養したことのある人ならわかるかもしれませんが、微生物を増やすために考える要素として「水分」「pH」「温度」「栄養分」などがあります。逆に言えばこの辺りを制御すれば増やさずに済むわけ。

中でに水分の制御が古くからなされており、これは水分活性という考え方に基づいています。これは微生物が自由に使える水のことで、これが少なくなると微生物は繁殖しづらくなります。

この水分活性を下げるために、乾物や燻製にして水分を飛ばしたり、塩や砂糖で漬けて自由水を減らしたり・・・こうした保存技術自体は世界的にも大きく変わらないようですが、何を保存するかで各地の食文化が形成されていったようです。

でもこれじゃあ味が変わるよね、、フレッシュな状態で食べたい・・・そんな夢の技術がフリーズドライ(凍結乾燥)。乾物にしろフリーズドライにしろ、保存性を高めるだけでなく、水分が減るだけ軽量になるので、流通にも有利だったと言えます。

似たような考え方で即席麺に用いられる瞬間油熱乾燥法なんかもそうですね。戦後日本のイノベーション100選のTOP10にも載ってました。

つづいて、危害菌が増殖しづらい環境を作ることも有効で、その一つが発酵技術かもしれません。まさに毒をもって毒を制すとでも言いましょうか。

お酒はまさにアルコールのお陰で危害菌をやっつけたり増やさないようにしれくれてるんでしょうし、他にも乳酸発酵なんかもpHを低下させることで菌の増殖を防ぐ働きがあります。

他にも、スパイスやハーブもこれに近いでしょうか。ビール中のホップ、肉の保存に使われる香辛料など、( 正直嗜好性とどちらが優勢なのかわかりませんが)一定の効果はあったと思われます。

さらに「温度管理」も重要。今では当たり前にある(冷凍)冷蔵庫ですが、食品の長期保管を可能にしたことを考えると、この技術の恩恵は計り知れません。

空気からの遮断という意味では酸素を必要とする微生物なら、真空保管することで繁殖を防いだり酸化による変質を防ぐことができます。

ただ、嫌気性菌(つまり酸素が邪魔)の場合はむしろそれで繁殖してしまい、食中毒を起こすことがある(ボツリヌス菌など)ので、真空パックでも注意が必要です。

栄養効率の向上

最後のパートでは栄養と発明について。

調理の観点

ここでも出て来るのが火。加熱調理によって物を食べやすくしたり、消化効率を上げたり・・・火は偉大。

中でも煮るという調理の発明は偉大で、煮ることを可能にした器の存在は大きいでしょう。

土器の発明は、生で食べるか、焼いて食べるかしかなかった食物の摂取方法に、煮て食べるというレパートリーを加えることに、大きく貢献した。獣肉や魚貝類の多くは、新鮮でありさえすれば、生でも食され、かつ美味なものも多いが、植物性の食料の多くは生食に適さず、火熱を通して初めて食べられるようになるものが多い(注:でんぷんのアルファ化など)。生では人間の消化器官が受け付けないようなものであっても、火熱によって化学変化を誘発させ、消化の可能な物質、甘みを増して美味でやわらかく食べやすい食料になることが多いのである。

wiki

ただし、土器自体はどうも水を通しやすかったりするようなので、その後の釉薬の発明など時代と共に器は変遷し、保存容器と同様に金属、陶器、プラスチックと様々ですね。

ここから一気に時代が進んでしまいますが、ガスや電気の発展により、加熱調理がどんどん容易になっていきました。「始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣くともふた取るな」なんて知らなくても、今では美味しいご飯が炊けるわけです。

電子レンジなんかも魔法の箱ですし、あれ。

栄養素の観点

続いて、人が生きていくために必要な栄養素の抽出精製技術。ある意味保存と同義かもしれません。

海水からの塩の精製、動物や植物からの油脂の抽出精製(食用とは限りませんが)、そして砂糖の精製です。
調べて初めて知りましたが、砂糖の歴史ってこんなに古かったんですね。

砂糖の歴史には、6つの大きな転換点が存在する。

1.サトウキビという植物からサトウキビジュースを抽出。そしてその後紀元前8000年くらいに東南アジアでサトウキビを栽培。
2.2000年あまり前、インドでサトウキビジュースから砂糖の生産の考案。続いて、紀元後インドで砂糖の粒の精製を改良。
3.中世イスラム世界での生産方法の改良でサトウキビの栽培と生産が広がる。
4.16世紀の初め、西インド諸島とアメリカの熱帯地域でのサトウキビの栽培と生産が広がる。続いて、17-19世紀の世界の西インド諸島やアメリカの熱帯地域の一部でより徹底的な生産改良。
5. 1738年、イタリアで結晶化した精製糖が生産され始める。
6.19-20世紀にテンサイ糖や高果糖コーンシロップやその他の甘味料の開発。

砂糖の歴史wiki

また保存性のところでも出てきましたが、発酵技術も栄養に関連しているでしょう。微生物の働きで、糖質やタンパク質を分解することで人が消化吸収しやすくしたり、人にとって有用な成分を分泌したり、その働きはさまざま。

さらに時代が降り・・・成分レベルの力が色々とわかってきて、これまで必要だとわかっていた区分(糖質、脂質、タンパク質、ミネラル)以外にも必要なものがわかってました。このビタミンの概念もある意味発明(発見?)かもしれません。

脚気の原因を疫学的に突き止めた高木兼寛先生、その有効成分としてオリザニン(ビタミンB1)の抽出に成功した鈴木梅太郎先生、このお二方を日本の栄養学における偉大な発見でしょう。

さらに、核酸やアミノ酸分野ではなんといってもうま味の発見ですね。ここに語るまでもないので、気になる方は某社の歴史をどうぞ。

他にも、第7の栄養素(フィトケミカル)という考え方を適応するなら、お茶、コーヒー、チョコレートなどの加工技術も今につながる大発明と呼べるでしょう。

これら抽出精製にしろ加工にしろ、これらはかなりの手間を要するものですが、これだけ発展しているというのはそれだけ生きていくために必須であるということですし、その手間がむしろ産業(商売)に繋がっているとも言えるでしょう。

人類史に影響する発明とは何ものか

まとめに入って行きたいのですが、ここまで出てきた発明を考えてみるとさまざまな共通点が見えてきました。

つまり
①食とは生きていくために必要不可欠で、これに時間を使わざるを得ない
②発明によって産業が生まれ便利になり、食に使う時間や人を減らすことができる
③他のことをする(社会的活動、知的活動、移動、戦争など)時間と人の余裕が生まれる
④文明が発展する
ってことなんじゃないかなと。

美味しいということ

あともう一つまとめていて面白かったのが、これらの発明は全て美味しく食べることと関係していることです。調理、発酵、燻製、スパイス、フリーズドライ、抽出精製・・・全て美味しくなるものばかりです。

ここからたてられる仮説は二つあります。

一つは、食にまつわる発明は美味しくないと生き残ることができないということ。どんなに便利になったり合理的にでも、美味しさという主観にはかなわないというわけ。
そしてもう一つは、そもそも人間のつくり事態が合理的で、人が食に対して安全に容易にアクセスできるということに対して「うまい!!」と感じられるような脳の構造をしているということ。

鶏と卵の話が如く、どっちが正しいのか別に決める必要もないでしょうが、こう考えていくと「うまい!」という感情がいかに不思議なことかと思い知らされます。

発明の弊害

最後に、発明によって逆に起きた弊害も考えておきます。

発明により大量に安価に容易に手に入ることによって失われるものがある、つまりトレードオフが少なからず発生していそうです。


例えばこんな事例があります。
☑︎かまどで炊いたご飯の方がやっぱり美味しい
☑︎農薬や遺伝子組換え技術は安全でも安心できない
☑︎過度な加工技術はエネルギー過多につながる

こういったトレードオフがどちらに転ぶかは、最終的に時間が解決していくものであって、時の試練に耐えたものが勝っていくということではないでしょうか。事実、食品の安全性には「食経験の有無」といって昔から食べられているかという事も判断基準の一つなので、時の試練というのはあながち間違ってもいないのです。

冒頭に「技術の進歩は不可逆的である」と言いましたが、これらの弊害を考えると実は部分的には可逆的になることもあるのでは?と思うこともあります。

昔に戻って自然を取り戻すのか、新しい技術で自然を取り戻すのか。

サステナブルが叫ばれる昨今、どちらに進んでいくのか、見ものです。

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