【デザイン秘話3】The Rolling Stones – Sticky Fingers, 1971
本日、7月26日はミック・ジャガーの誕生日ということで、ローリング・ストーンズ11枚目のアルバム『スティッキー・フィンガーズ』(1971年)のデザイン秘話を。
◆ 写真について
アンディ・ウォーホルが手掛けたことで有名なアルバムで、ウォーホルに支払われたギャラは1万5千ポンド(現在の金額で約15万ポンド~20万ドル相当/約2,200万円)。 このアルバムではじめてジョン・パシュ (John Pasche, 1945–) による舌のロゴが使われた(“red lips"や"lips & tongue"と呼ばれている) 。
カバーのモデルはジェド・ジョンソン(Jed Johnson, 1948–1996)で、ウォーホルがポラロイドで撮影した。 インナースリーブのモデルは、ウォーホルのアシスタントだったグレン・オブライエン(Glenn O'Brien, 1947–2017)である。
◆ ウォーホルがデザインしたのか?
1969年、ウォーホルがミック・ジャガーとパーティーで同席した際、本物のジッパーを使うアイデアを提案したという。 アルバムは、ジッパーがビニールを傷つけるということで初回盤は回収されたものの、全米と全英で1位を記録した。
実際にデザインしたのは、グラフィックデザイナーのクレイグ・ブラウン(Craig Braun, 1939–)である。
本人へ確認のメッセージを送ったところ、すぐに「私がデザインしたよ!」という返信があった。
つまりコンセプトはウォーホル、デザインはクレイグである。 クレイグはハーブ・ルバーリンやトム・カーネーズとも仕事をしたそうで、やはり当時からこの二人は別格だったようだ。
※ルバーリンは、ピカソやマリリン・モンロー、ジョン・レノン、エーロ・サーリネンなど欧米の著名人・企業と仕事をし、カーネーズはスティーブ・ジョブズの依頼でアップルのロゴタイプをデザインした。
ちなみに Quincy Jones – Smackwater Jack, 1971 もクレイグによるデザイン。 マグリットを彷彿させるロマンティックなカバーアートで、12年ほど前、このアルバムで使用されたフォントが分からず、血眼になって探したものである。
※Bowfin Printworks のオーナー Michael Yanega からフィル・マーティンの Design というフォントであることを教えていただいた。
ほかにもクレイグはジミ・ヘンドリクスやカーペンターズなどのカバーアートを手掛けた。
◆ フォントについて
クレイグのメッセージでは、Cheltenham Medium か Regular をスタンプにして使ったという(こちらで確認したところ Medium であった)。
アルバムを確認すると、Kabel Heavy (デジタルフォントは Black に該当)が使われたものと、Cheltenham が使われたものが存在する。 事情により写真が差し替えられたスペイン版では Kabel Haevy (Black) が使われた。
ちなみに Kabel は、ルドルフ・コッホ(Rudolf Koch, 1876–1934)というタイポグラフィー史において極めて重要な人物によるデザインであるが、日本では人気がないようである。
同じころにデザインされたジオメトリック・ゴシックでも、Futura は優等生のような端正な佇まいであるのに対し、Kabel はどこか不良っぽさがあり、個人的に最もロックを感じさせるフォントだ。
また、コッホの遺作展に感銘を受けたヘルマン・ツァップは、コッホの息子パウルのところで働いた。
第一次世界大戦に従軍したコッホは、ケーブルを敷設する作業をしていたという。「カベル」はドイツ語で「電線」(ケーブル/英: cable)のことなので、この体験がフォント名に由来しているかも知れない。
Cheltenham は、印刷会社 Cheltenham Press の為に建築家バートラム・グッドヒューと天才モリス・フラー・ベントンがデザインした書体である。 古今、Helvetica や Futura より使われているのは、ベントンのフォントではないだろうか。 また、トム・カーネーズのフォントを精査すると、ベントン系譜の王道のタイポグラファーだということがよくわかる。
現在、クレイグは俳優としてロバート・デ・ニーロやヒュー・ジャックマンと共演し活躍している。
Font: Cheltenham Medium
Font: Kabel Black
Cheltenham Medium で文字組したもの。
残念ながら Medium ウエイトはデジタル化されていないので、写植版から一部キャラクターをデジタル化してみた。
Kabel Black で文字組したもの。
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