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読まずにわかる!「パンデミック予言」の書

読まずにわかる! 生物学・医学の一般書から医師がセレクトした3冊をテーマごとにレビュー「3冊でわかる」シリーズと銘打っていましたが、レビューだけでもそこそこわかる!という声が多いので読まずにわかる!シリーズに改名しました・・もちろん興味を覚えたら実際の本を読んでくださいね!

今回は読まずにわかる!「パンデミック予言」の書。新型コロナがこんなパンデミックになって、あらためて手元にあるウイルス本を開いてみると、驚くべきことに、そこにはパンデミックへの警告が繰り返し書かれていたのです。


インフルエンザ一筋50年の研究者の予言とは

COVID-19以前はパンデミックが予想されているウイルスといえば、インフルエンザでした。インフルエンザの大流行といってまず思い浮かぶのが、1918年に始まって世界中で4000万人が死亡した、スペイン風邪インフルエンザ。この大流行から、およそ100年がたちました。その後も、1957年にアジアかぜ(150万人死亡)、1968年に香港かぜ(100万人死亡)と大流行(パンデミック)が起こります。

私の記憶に残るところでは、2009年に関西で起こった新型インフルエンザ騒ぎの時には、関西への出張取りやめになるなど大変な事態になりました。

今回最初に取り上げるのは「インフルエンザ・ハンター: ウイルスの秘密解明への100年」です。インフルエンザひとすじ50年、という研究者が書いた一代記がおもしろくないはずがありません。著者のウェブスター博士はニュージーランドの人。

50年にわたりインフルエンザウイルスを追ってオーストラリアからアメリカ・中国・ロシア・南極と世界中を旅してまわり、鳥の糞や血液を調べてきました。そしてその研究から、「ヒトを含むすべてのインフルエンザウイルスは鴨などの水鳥に由来しており、渡り鳥がウイルスを地球全体に拡散させている」ことを明らかにしました。

インフルエンザウイルスは、コロナウイルスと同じくRNAウイルスであり、DNAウイルスとは異なり遺伝子変異の修復機能を持っていません。そのため、その遺伝子は常に激しく変化しており、さまざまな変異を持つ新しいウイルスが次々と生み出されます。

特に鳥の集積地(中国や香港の生鳥マーケットや、渡り鳥の集合地)は要注意。さらにヒトやブタの生活圏と鳥の集積地が近接しているようなところでは、鳥のウイルスがヒトやブタにも感染します。この異種間での感染伝播は、同種内の場合よりもより激しい変異を起こしやすく、感染性・病原性・致死性が高まればパンデミック(大流行)となり、世界中に大きな健康被害をもたらすというメカニズムもわかってきました。

本書のハイライトといえる場面では、アラスカの永久凍土に埋葬されていたスペイン風邪の犠牲者の遺体から採取した組織を用いて、スペイン風邪インフルエンザの全遺伝子構造を解明し、ウイルスを再現していきます(ちょっと怖いです)。まさに冒険推理小説のようであり、博士がインフルエンザ界のインディ・ジョーンズと呼ばれているのもうなずけます。

また博士の研究の成果から、タミフルのような抗インフルエンザ薬の発見がもたらされています。旅の途中の爆笑エピソードも満載で、おもしろくて勉強になる一冊。装丁が地味に感じる反面、中身は波乱万丈の研究者一代記です。国内のウイルス研究者が分担した訳出にしては読みやすく、一般人でも十分楽しめます。

この本を最初に読んだのは2019年ですが、最後は次のように結ばれています。

今後、スペイン風邪インフルエンザを超える感染力・致死力をもつウイルスが出現するのは時間の問題であり、その予測・リスク評価方法や予防・治療手段の確立と、社会機能の維持などのために充分な準備対策が必要なことを強調してきた・・・

まさか、その予言が現実化した世界に身を置くことになろうとは・・・それもまた驚きです。

必読・山本太郎の感染症3部作

今回のCOVID-19の流行で、様々な医師が「専門家」という立場でメディアに登場しました。事態が長期化してく中で淘汰されたのか、最近のメディアで発言する医師は「感染症治療が専門の臨床医」と「感染症疫学のプロ」に二分されてきました。

山本太郎氏(れいわ新選組の山本太郎代表と同姓同名ですが、別人です)は、長崎大学出身の感染症疫学のプロ。私はこの山本太郎氏の文章が好きで、その著書・訳書をずっとフォローしています。

一般向けの書籍として、「山本太郎の感染症3部作」と私が勝手に名付けている岩波新書の「新型インフルエンザ 世界がふるえる日 (岩波新書)」(2006)、「感染症と文明――共生への道 (岩波新書)」(2011)、「抗生物質と人間――マイクロバイオームの危機 (岩波新書)」(2017)の3冊は、ぜひとも読んでおきたい本です。今回はこの3部作の中から、ウイルスを扱った2冊をレビューします。

新型インフルエンザ 世界がふるえる日

「新型インフルエンザ 世界がふるえる日」は2006年発刊の本。タイトルからはインフルエンザがメインのように見えますが、感染症すべてに共通する疫学用語がよくわかり、COVID-19のニュースなどを読み解くのにかなり役に立ちます。

専門家会議の報告に出てくる「基本再生産数」「サイトカイン・ストーム」などの用語も理解することができます。「パンデミック」という言葉にも情緒的ではない意味があり、「危機段階フェーズ6」を表すのだと知らされます。

スペイン風邪のときは、比較的軽症で中高年主体の第1波と、重症で若壮年主体の第2波がありました。感染拡大の中、ウイルスも変容する。COVID-19でも同じことが起こっています。

スペイン風邪の拡大には「戦争」と「鉄道」が大きな役割をはたしましたが、COVID-19ではさしずめ「グローバル経済」と「飛行機」と「クルーズ船」がそれに当たるのでしょう。

山本先生は2005~2006年の新型インフルエンザの対策で活躍をされたのですが、その時にリーダー的存在だったWHO事務局長・李鍾郁(韓国)は2006年に硬膜下出血で急死しました。

そして後継の事務局長選挙では、中国が押した香港の陳馮富珍(マーガレット・チャン)が選ばれ、現在専門家会議副座長でありテレビでもおなじみの尾身先生は、この時惜しくも敗れました。陳馮富珍のあとが現在のテドロスということを考えると、感染症もまた政治と無縁ではないことを痛感します。

感染症と文明―共生への道

WHOがCOVID-19のパンデミック宣言をした日、私は「感染症と文明―共生への道」を再読していました。この本自体の刊行は2011年ですから、東日本大震災の頃に出たことになります。10年近く前の本ですが、その内容は今回のCOVID-19にも通じるところが多く、実際に感染症パニックの現場に身を置いて読むと、胸に迫るものがあります。

この本に書かれている、麻疹(はしか)が免疫のない島に侵入したときの流行モデルをCOVID-19にあてはめてみましょう。流行の盛衰は、基本再生産数(一人の感染者が何人に感染させうるか)でかなり予測ができます。

COVID-19の基本再生産数が2だとして、人口の50%が免疫を獲得すれば、実際の再生産数は2×0.5=1になり、流行の平衡状態になります。さらに免疫獲得者が50%を越えれば、流行は終息に向かうことになります。

つまり、
 ・国民の過半数が感染して免疫を獲得し
 ・集団免疫が完成するまでの間に重症者をできるだけ出さず
 ・もし重症化しても適切な治療で死亡をできるだけ避けながら
 ・感染率=免疫獲得率を上げていく
というのが、市中感染期の正しい戦略ということになります。

このようなウイルスとの共生を、著者は川の治水に例えています。例えば私の近所にある、神戸の住吉川に置き換えてみます。人々はちょっとした雨で起こる小洪水からの被害を避けようと、堤防を築きます。すると次第に川底に土砂が溜まって水位が上昇するので、さらに堤防を高くします。

これを繰り返していると、いつの間にか川底が家々の天井よりも高くなります(天井川)。天井川は全国いたるところに見られますが、これが決壊すると大洪水になってしまいます。そこであえて、小規模の洪水は起こっても天井川を作らないという考え方が、川との共生と言えます。

ウイルスの場合も、完全に締め出しつづけると時間とともに集団免疫が次第に低下して、少し変異したウイルスに対してまったく無力となるため、感染爆発が起きてしまいます。「共生」とは、わずかばかりの感染と犠牲者を出し続けることで感染爆発が起きないようにするということなんですね。誰もが自分はそのわずかばかりの犠牲者の一人にはなりたくない・・・という心情的矛盾はあるわけですが。

ウイルスを国内に持ち込まないのが検疫などの水際対策ですが、グローバル化した世界では防ぎきれないことがCOVID-19で証明されました。HIVやエボラはアフリカで、COVID-19は武漢で、動物の感染症が人間へ感染することで始まりました。

どちらも人の往来が少ない時代であれば一過性の風土病で終わっていた可能性が高いのですが、世界的な人の移動や都市への人口集中のために、あっという間にパンデミックになりました。そういう時代ですから、アフリカや中国の衛生環境や食習慣の改善が世界中の健康に直接リンクしているわけです。

文明の興亡と感染症はリンクしています。ペストがヨーロッパ中世を終わらせ、その後に結核の時代、感染症による新大陸征服と続き、近代ではアフリカ分割が熱帯感染症との闘いであったこと、さらにスペイン風邪などのインフルエンザ、SARS・・・個々の感染症の歴史をたどりながら、感染症との共生という俯瞰的な視点にも気づかせてくれる、そんな一冊です。

まとめ

こうしたウイルス本を読んでみると、必ず「グローバル化による人の移動と人口密集によって、近い将来の感染症パンデミックは避けられない」と警告しています。それが現実化した世界に身を置いてみると、警告があったのになぜ避けられなかったのかという思いもあります。

しかし、大地震と同じで人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物なのですね。COVID-19が作り出したこの世界の狂騒は、未来から振り返ればどう見えるのでしょうか。

結果的に大したことではなかったと歴史に記されるのか、それとも振り返れないほど酷いことになるのか。まさに「目の前で進行している歴史は最も鮮明であるはずなのに、実は最も解釈がわかれる」(J・バーンズ)ということでしょうか。

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