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ふれたのかふれられたのか (短歌)



眠られぬ夜にむかしの友だちが
神に歌ってゐる声がする

ふれたのかふれられたのか
わが魂を砂金のやうな霊が過ぎゆく



 
 日曜日もさ夜更けて、くたくたに疲れているのに眠ることができず、わたしはしずかな寝室で、ひとりアラバマの礼拝を聞いていた。

 暗やみのなかに、神から逃げるようにして人生をこんがらからせた、年上の友達の歌声がした。感じやすく、寂しそうなひとなのは、少女の頃から知っていたけれど、まさかそんなことをしでかすとは、とわたしは遠くから目を見張っていた。

 そのひとがうつくしい声で『ほんの少しでいい、彼の裾にふれることさえできれば』と歌っていた。あら、彼女は帰ってきたのだわ、とぼんやりした意識のなか、わたしは思った。

 『群衆を掻き分けて、彼の衣の裾にふれられさえすれば』と、揚げ雲雀のような透きとおるソプラノが、天へ立ちあがっていった。『衣の裾にふれることさえできれば、わたしは癒されるのに』

 『すると突然、彼がふりむいた。誰がわたしにふれたのかと。わなわなと震えながら、わたしはひれ伏した』

 『汚れたわたしにふれてくれるひとなど誰もいなかったのに、彼はひざまづいてわたしにふれてくれた。ひとびとから避けられているわたしに』

 天上のアリアを聞くかのように、わたしはその歌声を聞いていた。彼女の人生が詰まっているかのようなうたを。

 ただの歌ではなくて、それは生きた証しだった。力のある証し。人生の過ちを持ってあがなった証し。ふるえるようにして、彼女はその歌を終えた。

 『そして彼にふれられたとき、わたしは癒された』 

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