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静寂だとか、芯だとか




女はその生活をなしている
いろいろな活動の中心にあって、
車の軸のように静かでなければならない……

「回転している車の軸が
不動であるのと同様に、
精神と肉体の活動のうちにある
不動である魂の静寂」

自分を内部にむかわせて、
今日の世界に働きかけている各種の
遠心的な力に抵抗するものを
求めなければならない。


「海の贈り物」
アン・モロウ・リンドバーグより
 



 目を閉じたとき、キリストとわたしが、たましいの芯にいる。そこがわたしのうごかない車軸。 

 その芯を犯されることに、いつも嫌悪をいだいていたのでした……

 わたしは、空気を吸いたい。だから逃げたし、かくれた。芯をゆらがせることなく、なんであれ、その芯から、よろこんで行えるようにならなくちゃ、意味がないようなきがしたから……

 時間がかかってもいい。植物みたいに自然に、わたしのなかから、生えてきたことだけを生きて、書きたいと。

 空気がうすく、よどんでいる空間で、まっすぐ息を吸うために。たましいの芯にいる、キリストとわたし。

 なんびとたりとも、それを犯すことなぞ出来なかったのに。そこはわたしの城砦。いつかあのかたが、仰った。ひとびとから目をそらし、わたしだけを見つめなさい……

 この芯を、たしかに出来るなら。じぶんのまわりを、空き地にしてでも……

 たましいに、静寂をみいだすことができたら。忙しい暮らしのなかで、ゆらぐことなく、キリストとわたしが、ひとつであれたなら。

 誰も入れてはならない場所。わたしとキリスト、キリストとわたし。貝のように閉じてでも、守るべき場所。

 蝋燭の火が、ゆらめきながらも、まっすぐ立っているみたいに。じゅうぶんな空気と、空間をたもって、わたしの灯火を、守らないといけない。たましいの静寂を、キリストとわたしを……




 

 

 

 


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