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特許事務所の仕事内容

はじめに

特許事務所ではどのような仕事をやっているのか、業界未経験者にとっては謎だらけのようです。
また、何も知らずにいきなり特許事務所に飛び込んできて、ミスマッチからすぐに他の業界に転職するというのも不幸な話です。

そこで、特許事務所の仕事内容について簡単にまとめてみることにしました。

しかし、特許事務所の業務といっても千差万別です。
あくまでも弊所ではどのような業務をやっているのかを列挙したいと思います。

なお、弊所は零細事務所であり、知財部が無い中小企業をクライアントとしていますので、雑多な業務で溢れ返っている自覚はあります。
弊所のような中小零細事務所ではオールラウンダーの弁理士が求められることが多いです。

一方、中規模以上の特許事務所では役割分担が行われていて、1人の弁理士が担当する業務範囲が絞られていることが多く、スペシャリストの弁理士が求められると聞きます。
なぜ「聞きます」なのかと言うと、私自身が中規模以上の大きさの特許事務所に勤務した経験が無いからです。

ここで挙げた業務を広く一人でやりたい場合には、中小零細特許事務所に就職するとやれる可能性があります。
一方で、中小零細特許事務所でも、1~2社のクライアントだけを担当している場合もあるので、その場合はスペシャリストとなるはずです。

特許

弁理士の専権業務である特許の権利化業務であり、特許事務所の二大業務の一つです。

打ち合わせ

弊所の場合、発明提案書はクライアントから用意されていません。
打ち合わせにも手ぶらで来てもらうことが多いので、ゼロからのヒアリングです。

  • 従来はどうだったか

  • そのときどういうことに困っていたか(課題)

  • 今回はどのようにして解決したか

  • その効果は(課題の裏返し)

こんな感じで聞いていきます。
自分が「これで明細書を書ける」と思えるまでヒアリングします。といっても1時間、長くて1時間半かな。

Twitterを見ていると「ボイスレコーダーで打ち合わせを録音している」と時々見るのでボイスレコーダーを買ってみたけど、1回録音して聞き返すこともなかったので、それっきり使っていません。

打ち合わせの中で請求項の骨子を作ったり、作らなかったり。調子が良ければ作ります。

一方、依頼者側の理由でいくら打ち合わせをしても明細書を書ける状態まで持っていけないとわかったときは、依頼者に宿題を持って帰ってもらいます。
そのとき、どのようなデータがあれば明細書を書けるのか明確に伝えます。

先行技術調査

弊所では先行技術調査を無料で行っていますので、無料の範囲でざっと見ます。
ざっとと言ってもキーワードによる予備調査からFIやFタームを見つけて、本調査でFIやFタームで絞った調査くらいはしています。

なお、全く同じような先行技術が見つかってしまい出願を取り止める場合には、調査の分だけタダ働きになってしまいますのでそのときは調査費用をいただいています。

明細書作成

打ち合わせの時点で課題や、それを解決する構成がわかっているので、後は書いていくだけ。
もちろん、調査結果を踏まえないといけません。
ここでは特許請求の範囲、明細書、図面等を書いて(描いて)いきます。

簡単そうに言いましたが、ここで書いていく特許請求の範囲は将来の権利範囲ですから、競合他社から粗探しされるつもりで書かなければいけません。
書いては自分で揚げ足取りして「あ、権利に穴ができそう」と思えばそれを塞いでいく作業となります。

明細書って何?という人はJ-PlatPatで適当な出願人(会社)や代理人(弁理士)の名前で検索して具体的に見てみましょう。
明細書を書くことがつらいと特許事務所での業務がつらくなります。

なお、転職のときもJ-PlatPatでその特許事務所のことを調べると思いますが、「この特許事務所は大企業の案件をやってないな」と思うだけでなく顧客ポートフォリオについても気にしてみてください。

特許事務所に入って特許業務をやりたい場合には、自分がこれから明細書を書くことに耐えられるかを想像してみてください。

クライアントが設計図面を持っている場合にはそれをCADで加工します。
図面が無い場合には自分で描きます。
場合によっては3D CAD(Fusion360)で加工することもあります。

図面を描くために絵心は必要ありませんが、図面を描くことが苦手な人もいるようです。

拒絶理由通知に対する検討(中間対応1)

出願し審査請求をした後、拒絶理由通知書を受け取ったらクライアントに連絡します。
しかし、拒絶理由通知書をクライアントにそのまま送るだけでは、弊所のクライアントは拒絶理由の内容を理解できません。

拒絶理由通知書をクライアントに送ってから少し時間が掛かることもありますが、拒絶理由通知書を噛み砕いて審査官はどういうことを言って来ているのか、補正して特許査定になる見込みとか方針等を検討してクライアントに提示します。

このとき、

  • ビジネス的に狭くても特許査定が欲しいのか

  • どの範囲で権利を取れないと嫌なのか

等もクライアントに確認します。

補正書・意見書の作成(中間対応2)

拒絶理由通知はたいてい進歩性欠如なので、進歩性検討のフローチャートに乗せてどのパターンなのか把握できたら、あとは機械的に書いていきます。
詳しくはこのしろさんのnoteに書かれている通りやるだけです。

36条違反も最近は多いけど、クライアントに伝えている時点で方針は決まっているので、その方針通りに淡々と書きます。
方針通りといってもこちらが提案しているんだけど。

審判

拒絶査定不服審判や無効審判など。
拒絶査定不服審判はたまにあるけど、無効審判はほぼ無いです。
でも係争を多くやっている事務所はバンバン無効審判やっているはず。

特許の専門について

余談になりますが、よく技術の専門分野について気にする人がいますが、自分が大学でやっていた分野の依頼なんて、そう簡単にあるわけがありません。
色んな技術分野の相談が来るので、それらに対応しなければいけません。

よくある分け方ですが「化学・バイオ以外」か「化学・バイオ」くらいの粒度の専門性でいいんでないでしょうか。

商標

特許事務所の二大業務の一つ、商標の権利化業務です。

打ち合わせ

基本的に先願主義とか識別力の話から始めます。
最近では打ち合わせ前にこの動画を見てから事務所に来ていただくので、打ち合わせではいきなり本題から入れるようになりました。
はっきり言ってかなり楽です。

そして、指定商品・指定役務を決定するために、どのようなビジネスを行っているのか、収益ポイントはどこなのかをヒアリングします。

また、この項目の以下の話は特許と共通なのですが、用意している資料に沿って商標権取得までの流れも説明します。

ヒアリングに漏れが生じないように議事録のテンプレートを作っており、それに沿って聞いていきます。

それに加え、重要事項確認書及び同意書という書類を作っており、「商標制度について弊所の弁理士から説明を受けました」みたいな項目のチェックボックス1つ1つにチェックを入れてもらい、サインもしてもらいます。
この書類のベースは弁理士業務標準に載っています。

指定商品・指定役務の決定

これを決めないことには調査もできないし、印紙代も決定しませんから見積もりもできません。
ヒアリング内容に沿って指定商品・指定役務を決めます。

調査

指定商品・指定役務が決まったら調査です。
登録できるかどうか微妙な場合にはその旨をクライアントに伝えておくことが重要です。

調査結果とクライアントの方針によっては、商標登録出願と不使用取消審判の請求がセットになることもあります。

見積書発行

ようやくここで見積書を作れます。
見積書を作れるということは仕事の98%が終わっています。
料金表はあるので、1区分はいくらというのはすぐに言えるんですけどね。
商標は「この案件について1区分なのか2区分なのか」を判断することが難しいです。

よく「見積もりください」と簡単に依頼されるのですが(これ自体は仕方ない)、仕事が終わらないと見積もりできない仕事なので、それを依頼者にどう説明してわかってもらうのかが弁理士の腕の見せどころです。

海外

内外と外内があります。
いずれにしても現地代理人とのコミュニケーションは必須になります。
日本語でのやり取り可の現地代理人もいるけど、日本語でやり取りしてたのに面倒になってきたのか、途中から英語に切り替わることがあるので要注意w

内外

日本出願は必須ではないけど、多くの場合、日本出願に基づき外国へ出すパターン。

外国出願の費用はなかなか読めないし、結構かかることの説明を日本のクライアントに行うことが重要です。初めて外国出願するクライアントは費用にビックリします。

明細書を英語へ翻訳することも業務に入ってきます。
翻訳会社に外注したとしても、特にクレームに関しては弁理士自身がチェックを行わないと大変なことになることも。

内外でももちろん中間対応は発生します。その都度、現地代理人とやり取り。

外内

外国の出願を日本特許庁に出願するパターンです。

現地代理人から何の事前連絡も無く、優先期限の1週間前に出願依頼が来たりします。
弊所で外内を扱い始めてあまり時間が経ってないのですが、これくらいの期間の指定はよくあることみたいですね。
優先期限の前日に依頼がある場合もあります。

意匠

やることは特許と同じです。

「簡単なものなので特許は無理だろうから実用新案で」と相談者に言われたとき、実用新案というのは無しだとして、特許出願に持っていくのが常套手段だと思いますけど、最近は意匠で権利化できないかを考えるようになりました(私が)。

特許出願にするか、意匠登録出願にするか、案件を見て判断しなければいけないので、特許弁理士が意匠も担当するほうが相性がいいのでは、と思っています。

依頼者が3Dデータを作っている場合があるので、意匠をやる人は3D CADを扱えると有利です。

(広義の)係争

「内容証明をもらったんだけど、どうすればいいの?」とか「うちの権利が侵害されてる!」とか。
適宜弁護士とともに対応します。

実際に訴訟までいくことは弊所では少ないです。

法律論ではなく政治決着することもあり、そんなときは法律家の端くれとしてはモヤモヤします。
でも裁判所で殴り合ったら消耗しますからね。クライアントが受けるダメージが少ないなら代理人としては喜ぶべきでしょう。

顧問業務

知財に関するありとあらゆる相談に乗ってます。
以下の内容は顧問先にも提供していますし、顧問契約が無くても個別で対応することもあります。

また、これらの業務は適宜弁護士と共同で対応しています。

共同開発契約

共同開発契約を締結するにあたり、例えば以下のような事項をヒアリングをしてクライアントにアドバイスを行います。

  • 相手との関係性

  • お互いがどんな情報を出すか

  • 相手からどんな情報を引き出したいか

  • 相手と今後どのようになりたいのか

  • 相手をどこで儲けさせるのか

  • 自社がどこで儲けるのか

  • 自社が相手の競合にどうアプローチするのか

また、これらを共同開発契約書に落とし込みます。
敢えて相手方に美味しい想いをさせる必要があるみたいな事情が無ければ、なるべく単独出願できるように共同開発契約書を組み立てておきます。

ビジネスの実情に沿ってないとダメですが、契約書の書き方次第で相手方が不満に思うことなく単独出願に持っていくことは無理ではありません。

もちろん、契約の相手方から出された契約書をチェックすることもあります。
例えば、弁護士から「この契約書の知財に関する条項を確認してもらえますか?」という依頼もあります。

発明発掘

出願したいとクライアントから希望が出てくる前にヒアリングを行うこともあります。

ヒアリングしてみると、発明者が気付いていないだけで既に発明が完成していることもあります。
まだ発明が完成してない案件については、開発における試行錯誤の方向性がおかしくないか知財の観点からアドバイスを行います。

ライセンス交渉

クライアントが他社と交渉する会議に顧問弁理士として同席することもあります。
中小企業は何も知らないと思って大企業からナメられることがありますが、弁理士が同席するだけで相手は「これは下手なことはできないな」となります。

会議中にノートPCで議事録を取っているフリをして、同席している顧客社長へ相手方に言ってもらいたいことをSlackで伝える、とかもやったことがあります。
弁護士や弁理士から言うのではなく、社長の口から直接言ってもらったほうが効果があるという場合もありますから。

職務発明規程の作成

特許庁から職務発明規程のひな形が出ていますが、その会社の都合とか色々あるのでクライアントにヒアリングしながら作っていく必要があります。

職務発明規程が整備されている会社のほうが発明が出てきやすい傾向があるので、クライアントのためにも特許事務所のためにも職務発明規程の整備は大切です。

開発支援

相談者が持っている技術的課題に関し、自社で試行錯誤しても解決出来ない場合に、公開されている他社の特許出願を用いて解決の糸口を探ります。

詳しくはYouTube動画で解説しています。

購入している商品を持って来られ「これと同等の機能がある、この会社の特許を侵害しない商品を考えて」という依頼を受けたこともあります。

鑑定

製品を輸入/販売したいんだけど侵害してないか鑑定してほしいという依頼があります。
要するに、安心して商売するためにお墨付きが欲しいというわけです。

調査を含む場合と、特定の特許権や意匠権をピックアップ済みでその権利に対してのみ評価すればいい場合の2パターンがあります。

著作権

意外と質問があります。
一般の方にとって最も身近な知財が著作権なのかもしれません。

特許や商標の相談があると思ってた顧問先から、結果的に著作権の質問ばかりが来ているパターンもあります。

自社でコンペするとき、応募してもらった作品の著作権の扱いの確認とか、ホームページの©ってどのように書けばいいのか、とか。

営業秘密

ノウハウ管理ってことは営業秘密の3要件を満たさないといけないので、営業秘密は特許と密接に結びついています。

3要件のうち、特に秘密管理性を満たすどうかがキモになってくるので、クライアント社内の体制を整えます。
実際には、なかなかここまでやれませんが。

セミナー

知財セミナーをやる機会が色々とあります。
コロナ前は大小合わせて年間10本くらいセミナーをやっていました。

その他

事務所で預かっている特許や商標の管理業務も重要ですね。

最後に

こう見てみると、特許事務所には様々な業務がありますね。
どれも重要で面白い業務ばかりです。
是非とも特許事務所の世界へ!!

項目が多くなったので記載が薄い箇所がありますが、たぶん抜けている項目もあると思うので気が向いたら加筆・修正していきます。

松本特許事務所
代表弁理士 松本文彦


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