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人生、すべては繋がっていると感じた愛猫との思い出

この春に長年連れ添った愛猫が旅立った。生後4カ月でわが家にやってきた。あと少しで11歳になれそうだった。彼女は6歳で片方の腎臓の萎縮が見つかり、それから何年も慢性腎不全で闘病していた。ステージ初期のときには療法食と投薬だけで安定していたが、3年前に血液検査の結果が急激に悪化。そこからは自宅での点滴治療が始まっていた。

在りし日の愛猫

仕事を諦めて打ち込んだ不妊治療

私は30代前半、何年も不妊治療をしていた。なかなか結果が出ずに治療は最終段階(顕微授精)にまで進み、そのときは毎朝半泣きでお腹に自己注射していた。その針がまた太くて長くって怖いのなんの。当時勤めていた会社は、産休や育休のための制度は充実していたが、不妊治療との両立は極めて難しかった。顕微授精まで行くと、治療中は毎日のように病院に通わないといけない。何時間も待たされたうえ、「卵胞が思ったほど育ってないので、明日また来てください」なんてことを平気で言われる。子どもが欲しかった私は10年続けた仕事を辞めた。

数年格闘したが努力の甲斐なく、私たち夫婦は結局子どもを授かることはできなかった。なんのために毎朝痛みをこらえて自分で注射し続けたのかなとも思い、徒労感を禁じ得なかった。

愛猫の腎臓病発覚

しかしそれから数年後、愛猫の病気のことでかかりつけの獣医師から、自宅点滴の提案をされた。動物にはとことん優しく、その分飼い主にはめちゃくちゃ厳しい強面の先生。スパルタだが、このときばかりは「無理はしないでね」と私の顔を覗き込んだ。

相手は人間よりもずっと小さな猫。しかし、点滴に使う針はかなり長い。猫の皮下点滴は首の後ろから背中にかけてのよく伸びる部分(母猫が子猫を咥えるところ)に刺す。痛みに鈍感な場所とされているが、点滴中に抜けてしまわないためには、針を最後まで刺しきらないといけない。

自宅点滴にあたっては、病院で何度か実地訓練をさせてもらうのだが、多くの飼い主さんが頓挫してしまうらしい。当然だろう。愛する小さな家族の体に針を突き刺すのだから。「この子を助けたい、飼い主としてできることはなんでもやりたい」その気持ちは同じはずだ。しかし、それ以上に針を刺す行為は怖いし、愛するがゆえに飼い主を躊躇させる。その場面を何度も見てきたらからこそ、先生も私に逃げ道を作ってくれたのだろう。しかし私は二つ返事で「やる」と答えた。そして、一発目から愛猫の背中に針を刺すことができた。

不妊治療でお腹に針を刺し続ける経験がなければ、臆病で不器用な私は愛する猫の体に点滴の針を刺すことはできなかっただろう。このとき、人生のすべては繋がっている、そのときにつらいことはあっても、振り返れば無駄なことなんて一つもないんだなと思った。人生、本当によくできてる。

かけがえのない3年間

積極的治療ともいえる自宅点滴の効果は絶大だった。すぐに血液検査の数値も正常値に改善。その甲斐あって、非常に悪い数値からのスタートとは思えないほど、昨年末までは動き回ったりはしゃいで遊んだりと、長く元気に過ごせていた。そしてこの子は、同じように腎臓病で早くに亡くなった姉妹・兄弟猫と比べて3年間も長生きできた。

自宅であれば点滴の後にすぐにお気に入りのベッドで寛げるし、移動や待ち時間のストレスもない。聡明な子だったので、「なんとなくこれは自分に必要な治療なんだ」と分かっていた感じがする。実際に、点滴をすれば随分と体も楽になるようだった。人間よりはるかに小さな猫とはいえども、本気で暴れられれば点滴などできやしない。本当に素直に協力してくれた。

不妊治療のことを知らない周囲から、「猫だけでいいの?」と言われて傷付いたこともあったけれど、猫たちがいたからこそ不妊治療にも耐えられたし、今の在宅のライティングの仕事にも出会えた。私のライターとしてのデビュー作は猫の記事。不妊治療の病院での待ち時間は本当に長く、そこで検索して偶然に見つけて応募した仕事だった。

半年後の愛猫からの思いがけない贈り物

愛猫が旅立って半年。先日私はリビングの床に思いがけないものを見つけた。黒く立派な長いヒゲ。これは春に亡くなったあの子のもので間違いない。(もうひとりの猫は巻き毛なのでヒゲの形状はまったく異なる)

先日リビングのカーペットを秋冬ものに交換した際に出てきたようだ。その後にしっかり掃除機もかけたのに。どういうわけか頑張って残っていた。「私のことを忘れないでね。ここにいたんだよ。思い出してね」という、お姫様気質だったあの子らしいメッセージと受け止めた。

思いがけない贈り物

あのつらいお別れの朝からそろそろ半年経つが、あの子を抱っこしたときのやわらかな感覚はこの手や腕にまだはっきりと残っている。






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