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【教育・子育て】子どもの友人関係、口を挟む?挟まない?

こんばんは、飛び亀です。
今日はゲームじゃなくて、マジメな教育論の話です。

というか今回は、皆さんの意見をお聞きしたいな、と思っています。

というのも先日、たまたま参加した勉強会で「教育の目的は、自律する人間を育てることだ」とおっしゃっていた先生がいまして。僕は、そりゃその通りだな、と思って聞いていました。

※飛び亀個人の感想※
学力とか体力を伸ばす、道徳で正しい答えが言える、話し合いや発表の場でハッキリ自分の意見が言える……。そんなのは教育の最終目的ではありません。それらは「成長」の1つの通過点。しかも全員が通る必要のないものです。
できないことがあったとき、できるようにするか・別ルートを取るか・助けを請うか。とにかく自分で選択していく。なるほど確かにそちらの方が総合的で、目指す人間の姿だと思います。
必要なのは自ら選択する経験と、選択肢を増やすための学習なのでしょう。


その「自律を促す教育」の例として、「子どものケンカがあったとき、仲直りを目的にしない」といったことが挙げられていたのです。
「謝りましょう」「仲良くしましょう」という第一声から始まる、大人によるケンカ仲裁。確かに以前はよく聞いたかもしれません。近年、僕の身の回りの大人は言わないのですが、勉強会で話題になるということは、そのようなケンカ仲裁が今も当たり前なのでしょう。


実は、この話を聞いて思い出したことがありました。
昔、僕がかかわっていた子どもたちの、あるエピソードです。

僕のかかわりは、正しかったのでしょうか。
皆さんなら、どうしたでしょうか。

※僕が見聞きした情報をもとにしていますが、脚色・再構成して匿名化したエピソードになります。つまり、事実とは異なります。ご了承下さい。

友達のできない子

あるとき、小学校高学年くらいの女の子Aさんに出会いました。
Aさんは、初対面から大人である僕に笑顔で声をかけてきました。その後も時折ばったり会うたびに、よく話しかけてきました。

その後、縁あって僕は学校現場でAさんの勉強を見るようになりました。しかし、このAさん、休み時間になっても友達と遊びに行く様子がほとんど見られなかったのです。どうやら僕を含め、周りの先生たちにばかり話しかけに行っているようでした。

たまたま、Aさんのお母さんとお話しする機会がありました。
どうもご両親とも忙しいようで、十分な愛情を注げていないのを反省も込めた様子でお話ししてくれました。しかし友達ができないのは幼い頃からで、両親の関わりのせいなのか生まれ持ったものなのかは分からない、とのことでした。

Aさんは大人にはニコニコ話しかけるので、元来だれかと関わることを嫌がるようなタイプには見えませんでした。それでも、なかなか友達と遊ぶような様子は見られませんでした。

女子グループ

ところが、ある頃からAさんは同じクラスの女子、BさんとCさんに話しかけられることが増えていました。気がつくと、という感じで、きっかけは分かりません。BさんとCさんも外遊びするようなタイプではなかったので、あるいは休み時間の教室居残り仲間だったのかもしれません。

そのうちに、休み時間はAさんBさんCさんの3人でいる姿が見られるようになりました。と言っても、基本的に喋っているのはBさんCさんでしたが、それでもAさんが抜けたがったり嫌がったりすることはなかったようです。

しかし、BさんCさんもハッキリ言って「大人しい子を助けてくれる優等生女子」ではありませんでした。むしろ言葉も素行も悪い方で、先生方に目をつけられているようなタイプでした。(片方は成績は優秀なのですが)

そういうわけで、この3人グループの関係性も決して対等ではなく、会話を聞いている限り「明らかにAさんを下に見てるよなぁ」と思えるものでした。ほどなくして、BさんCさんが二人だけでどこかに行ってしまうことが増えてきました。再び、Aさんが一人になる場面ができたのです。

とはいえ全く縁が切れたわけでもなく、三人でいることも日に何度かはあったようです。そんな不安定な関係性の中、最初の出来事が起こりました。

ケンカを「させた」

ある放課後、僕がAさんを見に行くと、教室に一人でいました。(いや、他にも居残り組はいるのですが、彼女は一人でいました)

BさんCさんはというと帰るでもなく、教室前の廊下にいました。

そして僕が教室に入った際、聞こえてしまったのです。
いや、教室にも聞こえるくらいの声量で、Bさんが話していたのです。

Aさんの陰口を。

これは、Aさんにも聞こえている。
僕はそう思いました。
(あえて聞かせているのか、ただ声が大きいだけなのかは分かりませんけど)

どうしようか。

僕は逡巡しました。
大人として、ただBさんを注意するのか。
そしてAさんをフォローするのか。


……僕はそれが何となく嫌でした。

そして、BさんをAさんの元に呼びました。

「陰でこそこそ言うのはやめろ、どうしても不満があるなら直接本人に言いなさい」

そう伝えました。


言い訳……、というか僕の意図を言わせてください。

  • はっきり内容は覚えていませんが、陰口は容姿攻撃などではなく、三人でいるときのAさんの行動への文句でした。一方的な悪口そのものではなかったので、対等な口論にすることが可能だと思いました。

  • こんな陰口を叩く相手であっても、Aさんにとっては同世代で唯一の喋り相手でした。Bさんが「Aさんにかかわると注意される」と感じてしまえば、余計に距離は離れてしまいます。

そういう理由があって、僕は「ケンカをさせる」ように仕向けました。
ケンカで仲良くなる男子っぽい理論を、女子にも当てはめたのです。

結果。
実際にケンカになりました。

これ、本当に素直な子たちで良かったなぁ、と今でも思っています。(駄目な大人)

BさんはほんとにAさんのもとへずかずかと歩いてきて、陰口で言ったことを3倍くらいにして並べ立てました。一方のAさん、なんと負けずに言い返したのです。「いいじゃん、何が悪いの!そっちだって!」と。Bさん、「なんだとコノヤロー!」と掴みかかろうとしますが、別の子(本物の「優等生女子」)が止めます。僕は、この子に「ちょっと、ケンカ止めてよ」と怒られました。ちなみにCさんは一歩離れて傍観者を決め込んでいました。半笑いで「やべーなこいつら」って言ってました。僕も普段はこういう卑怯な立場にいる人間です。すごいわかる。


そして、あんまりその日はどうなったか覚えていないのですが……
まあ少なくとも、完璧な仲直りはしなかったような気がします。

学校ってクレーム対策として「その日のトラブルはその日のうちに解決して、子どもが家で文句言わないようにしよう」って基本方針があったりするんです。でも、そんな切り替え早い人間いねーよ、と僕は思っているので、その達成はだいたい諦めていました。
※個人の感想です。本当は「家でも暗い気持ちにならないように学校で解決してあげよう」という真っ当な方針です。それも過保護かもしれませんが。


後日の様子を先生方に聞くと、また三人で一緒にいることが増えたようでした。実際に見に行くと……ハッキリ言ってものすごくぎこちないんですが、Aさんから二人に何か話していることもありました。少しは対等になったのでしょうか。ついでにいうと、優等生女子さんもAさんをちょっと気にかけてくれるようになったみたいでした。

ここまでのかかわり方、正直僕としては「うまいことやってやったぜ」と調子に乗っていました。

そのツケはすぐ回ってきたのですが。

万引き事件

それからだいぶ経って学年も変わり、僕はAさんの担当からは外れていました。Aさんの、いやABCグループの様子を見る機会もあまりなくなっていました。

まだ三人でいるのか、もう解散したのか。

そう思っていた矢先でした。


Aさんが、万引き事件を起こしたというニュースが入ってきたのです。

そして、Aさんの万引きを教唆した人間がいることもすぐ分かりました。
そう、BさんとCさんです。

聞き取りによると、BさんとCさんは「お菓子3つまでもらっていいって、駄菓子屋のおばちゃんが言ってたよ」とAさんを騙し、Aさんにお菓子を万引きさせたのでした。

Aさん自身が二人に追い詰められたのか、純粋に友人を信じ切っていたのかは分かりません。どちらにしろ犯罪行為であり、かつAさんに対する「いじめ」であることは明らかでした。
(いじめというと前者を思い浮かべる人が多いでしょうが、本当に純粋でただただ騙されるタイプの子どもも少なからずいます。また、いじめる側もいじめる側で、そんな程度の言葉で騙せると思っていたりするのです。)

その後、僕は本当に三人の関係がどうなったか分かりません。それぞれの親も出てくる問題になったので、どうあっても子どもたちだけの関係ではいられなくなりました。ああ、確かAさんの親御さんが「BやCと付き合わせるのはやめてくれ」って学校に話していたような気がします。そりゃまあ、そうなりますよね。

子ども同士の関係に、大人はどこまで介入すべきなのか

思い上がりも甚だしいとは思いますが、この万引きといじめの原因は僕にもあると、今でも考えています。

友達ができなかった、でも人とかかわるのが好きな子に、話し相手ができた。その話し相手は、その子のことを下に見ていた。大人の介入でケンカをさせた。いったんは対等になったように見えた。しかし、しばらく経って関係性はより悪い方へ崩れ、いじめや犯罪に繋がった。

思えば、ケンカ「させた」ことも介入でした。
もちろん放っておいたらひたすら陰口を言われ続ける「いじめ」関係が早くから完成したでしょう。それすら本人たちの自己解決(自律)に任せる、という考えもあるでしょうが……。当時の僕としては「切る」か「繋ぐ」かどちらか二択の介入を考え、ケンカさせて繋ぐことを選びました。

結果論で言えば、あのときに三人の関係性を切っておけば、あるいは万引き事件は起きなかったかもしれません。ただ、Aさんは少なくともしばらくは「一人」に戻っていたでしょう。

何が正しかったのか、今でも分かりません。
もちろん、事件を起こした、いじめになったからといってバッドエンド・ゲームオーバーではありません。Aさんはその後、もっと良いように変化したかもしれません。もちろん、逆かもしれません。考えたくはないですが。

強いて言うなら、ケンカで対等になった後も、三人の関係性が危ういものであることは明らかでした。(三人とも人が変わったように仲良く親切になったわけではないですから)
それを他の周りの大人(先生たち)にもっとちゃんと引き継いで、関係性を注視するように学校で、地域で、家庭で連携するのがベストだったのかもしれません。今その場にいないから思いつくことですが。


改めて、皆さんだったらどうしたでしょうか。
どうするでしょうか。

何か考えるきっかけにしていただけたら幸いです。


※こちらも改めて書きますが、今回のエピソードはだいぶ脚色を重ねた結果、だいぶフィクションになりましたことをご承知おきください。

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