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自己モニタリング

こんばんは、こんにちは。
飛び亀です。

今日は心理学的と言うか、メンタル的な話。
と言っても、あんまり自分もちゃんと勉強してない内容なので、何が分かってて分かってないか、疑問点などの整理目当てです。

心理学ではこうなんだ!
鵜呑みにはしないでくださいませませ。

自分を見つめる、もう一人の自分

自己モニタリングというのは、詩的に言えば?そういうことだと思っています。もっと分かりづらい用語では、メタ認知というのもあります。これ同じだよね、違う?
ちょっと違うか。後述します。

自己モニタリングとは、何か行動しているとき、あるいは怒りや悲しみなど何か感情が湧いているときに、冷静に意識的に自分を見ている視点のこと、だと捉えています。まあ冷静なつもりでも冷静とは限らないか。

少なくとも1つは、「自分が何をしているか」を捉えている意識のことだと思っています。
そしてもう1つが、「自分がどう感じているか」を捉えている意識です。

よく「自己モニタリング能力」と、能力扱いされています。あんまり高い低いでモノを語りたくはない。

100m走で……

※書き終わってから読み返すと大変ごちゃごちゃして分かりづらいので、この章は読み飛ばしてもいいです。次章の方が言いたいことまとまってます。

子どもの頃のことを思い出しましょう。
運動会とかの100m走。
(今も現役小・中・高校生の方は去年のを思い出しましょう)

スタートが鳴って旗が上がり、走っている最中。
半ば無酸素運動の中で、何がしかの意識があったはずです。

「カーブ、コース外れないようにしなきゃ」
「追いつけるかな」
「無理だわこれ」
「後ろ、誰か来てる?」
「しんどいなぁ」

走ることに神経を割く中でも頭を巡っている意識は、とても自己モニタリングに近いと思います。メインで何かをしている中で、もう一段上から考えている意識、ってやつです。

ただ細かいことを言うと、上のセリフが本当に自己モニタリング、あるいはメタ認知かというと微妙なところ。1つずつ考えてみます。

1つ目の「コース外れないように」は、個人的には自己モニタリングだと思います。自分の失敗可能性を考えているあたり。
失敗だけでなく成功可能性もそうですが、「自分はこの行動でこうなるかも」と頭の片隅でリアルタイムに考えられるのは、立派な自己モニターです。

2つ目「追いつけるかな」。
これだけでなく、「あ、自分は自信がないんだ」とか、もう一歩進んで「いやいや、自信持て私!」とか、そこまでいけば立派なメタ認知人間だと思います。
「メタ認知」っていうと、こういう感情に絡んだ自己への気付きって印象がありますね。

ちなみに個人的には、別にみんながみんな自分を鼓舞する必要はないと思いますけどね(ひねくれ者)。
「追いつけるかな」→「と思う自分は自信がないのかも」まで行けば、自己モニタリング成功です。

「無理だわこれ」。メタ認知っぽくはある。
少なくとも自分の能力を鑑みて思ったことなら、これだけで自己モニタリングだと思います。「(僕の足の速さじゃ)無理だ」と。
「(やる気が出ないから)無理だ」でもいいです。
なぜ無理だと思ったのか、その理由まで頭にあれば自己モニターだと思います。

「後ろ、誰か来てる?」
まあ自分が先頭だと分かっている、ただそれだけでも自己モニタリングだとは思います。
「後ろに来ているかどうか不安だ、はらはらする」などの気持ちに気付くなら、より高度なメタ認知です。

「しんどいなぁ」。
自分の「しんどい」という感情に意識的に気付いているなら、それは自己モニタリング成功であり、メタ認知です。

感情と願望と希望に飲まれない意識

というわけで、いろいろ疑問点の残る解説だと思います。
矛盾がありそうですが、まあ。思いつきでごめんなさい。

自己モニタリングというのは、とにかく例に挙げたように……
・自分が何をしているのか
・なぜこうしているのか
・このあとどうなるだろうか
・今の自分はどんな状況にいるか
・周りにどう思われるだろうか
・今、どんな気持ちか
・どうしてこんな気持ちなのか

といったことを考えている自己意識のことだと思います。
(例からさらに増えてるけど)

みなさん「そんなん、いつも考えてるよ」と言うかなと思います。
わかんないけど。

逆を考えると分かりやすいかな。
自己モニタリングが弱まるのは……
・怒り、悲しみ、あるいは喜び、興奮などの感情にあふれているとき
 ex.ブチギレ状態、嬉しくて小躍りしているとき、感動映画を見た後
・こうしたい、ああしたい(したくない)と思っているとき
 ex.もっと勝ちたい、負けたくない、早くトイレに行きたい、帰って遊びたい、仕事したくない
・こうしなければいけない、ああしなければいけないと考えているとき
 ex.丁寧に仕事しなければいけない、クラスや職場の人に嫌われてはいけない
・こうすれば、こうなるはずだ!と信じているとき
 ex.俺が教えれば、こいつの成績は上がるはずだ
・夢中になったり集中したりしているとき、無心

上記の状態が日々多いな、という人は、
もしかしたら自己モニタリングが少ないかもしれません。
もしかしたら、ですよ、あくまで。

だいたい、自己モニタリング能力が高い方がいいとか言いますが、正直良いことばかりではないと思いますね。

自己モニタリングの良し悪し

僕は、個人的にですが、僕自身は自己モニタリング能力が高いというか、かなり多くの場面で自己モニタリングしている男だと思っています。

自慢です。

が、自己モニタリングばかりしていると弊害がございます。間違いなく。たぶん。

自己モニタリングやりすぎの欠点
表面上は感情が乏しくなる、有り体に言えば「リアクションが薄い
・つい自分を抑えてしまいがち
・元気や覇気がなく見える可能性あり
・反応が遅い、判断が遅い

つまり、
「ああ、自分はこう思っているんだぁ」などと自己モニターを一度通すため、場に合わせて感情を抑えがちになります。
同様に、自己モニターを一度通すぶん、反射的に直感的に行動できなくなります。

もちろんこれは、自己モニタリングやりすぎの欠点、あるいはやり方のミスです。
正しい用法用量、バランスをとって自己モニタリングすることは、精神衛生上は大変よろしいことのハズです。

・マイナス感情に飲まれたとき、それに気付いて対処できる
・対処できなくても、理由がわかる
・自分が見えていると他者に迷惑をかけることが減り、叩かれることも減る

 (減るだけでなくなりはしませんが、もちろん)
・冷静(なつもり)になれる、落ち着ける

最高だぜ。

自己モニタリングの練習

正味、これが一番分からないので、今後の勉強課題ですね。
自己モニタリング少なめな人が、どうやったらより自己モニタリングできるようになるのか。
まあその、一応自分も含め。

先に挙げた自己モニタリング要素
・自分が何をしているのか
・なぜこうしているのか
・このあとどうなるだろうか
・今の自分はどんな状況にいるか
・周りにどう思われるだろうか
・今、どんな気持ちか
・どうしてこんな気持ちなのか

いきなり全部は難しいので、どれか1つ2つずつ日頃意識していくとか?
「今私はお茶を飲んでいる」
「今私はお茶を飲んでいる」
「お茶を飲むと、ちょっと落ち着く」
「いや、緑茶より麦茶のほうが落ち着くかもしれない」
「そうか、私は麦茶が好きだったのか」

後半は変な発展を遂げてしまいましたが、行動(今お茶を飲んでいる)・感情(ちょっと落ち着く)の意識化、脳内言語化(別に独り言にしてもいいけど)をやることが、すなわち自己モニタリングかなぁと、そう思います。


以上、一切の出典なし
どこかで習った知識を、飛び亀の自己流解釈でだだっ広げた「自己モニタリング」講座でした。

信じるか信じないかはあなた次第。

そういうレベルよ、この記事は。

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