哲学対話「学ぶ」の開催レポート
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哲学対話「学ぶ」の開催レポート

哲学対話の概要

哲学対話は、近年いろいろな所で行われている。当日集まった参加者から出してもらう「問い」について対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もある。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して「問い」を出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っている。過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」など。

8回目となる今回のテーマは「学ぶ」で、参加者は5名。8名予定だったが、3名は欠席となった。


問いだし

冒頭に哲学対話の進め方とルールをお伝えし、各自テーマに関連した問いを出してもらった。当日出された問いは以下のようなもの。同じテーマでも様々な切り口で考えられるということが、この問いだしから見えてくる。

1.「生き方、人の姿勢を学ぶ」とは?(知識を学ぶとは違うはず)

2. 何のために学ぶのか?

3. 学んでいるかどうかをどうやって気付くのか?

4. だれからでも学びは得られるのか?

5. 学ぼうとするきっかけは何か?

6. 学びは喜びか?痛みか?

7. 本当に学べているのか?

8. 学ぶことはよいことか?学ぶことのわるい面があるとしたらそれは何か?

9. 学ぶ、学ばせるとはお互いに影響しあうこととどこが違うか? ただ居るだけと学ぶとはどう違うか?

これらの問いの中から、投票で3の「学んでいるかどうかをどうやって気付くのか?」が選ばれ、その問いで対話をスタートした。


当日の対話の流れ(発言の一部)

まず選ばれた問いを出してくれた方から、その問いを出した背景を話してもらった。

その後、お互いに問いかけ合いながら対話が進んでいく。具体的な体験をおりまぜながら、どんどん新たな問いかけがなされ学ぶについての考えが発展し、深まっていく。

・学びたいときと、学ぶ機会は一致しているのか? 強制的に学ばされている学校のような状態はどうとらえたらいいのか?

・「学び」とは何かという「学び観」によって、学びの意味が変わってくるだろう。さらにその「学び観」は、経験とともに変化するのではないか。

・点数で測れるような学びもあるが、定性的な学びというのはどうやって気づくのか?主体的に判断するしかないのではないか。

・そもそも、前向きな姿勢じゃないと学べないのか?主体的な学びだけじゃなく、受動的な学びもあるんじゃないか。

・必要にせまられて取り組んだことから多くを学んでいたり、意識せずとも気づいたら学んでいるということもある。

・どういう状態になると「学んだ」と思うかというと、何かしらのアウトプットが意識せずともできるようになったとき、そこまで含めて学びじゃないか。

・学ぼうという意識や姿勢があれば、どんなことからも学べるんじゃないか。だとしたら、モチベーションによって、学びの成果が影響を受けるのではないか。

・新しいことに気づく、得るという学びと、自分の持っているパターンを更新するという学びがあるんじゃないか。

・自分の思い込みに気づいたときに、自分の考え方の小ささに「は~」とため息が出るような、自分の未熟さに思いがいたるような痛みを伴う学びがある。

・自然に新たなことを言ったりやったりしているときに、学んだと思う。

・だいぶ時間がたってから「わかった」と思う学びもある。

・自分の反応を客観的に見たとき、自分の変化に気づいて、学んだと思う。

・学ぶ上で、こうなりたいというイメージがあることも大事じゃないか。

・学ぶときに、なりたいとか、ありたいという姿に向かっていく場合もあれば、欠けているものを補うような場合もある。

・学びの機会を得て、学んでいるとして、それがよりよく生きていることになっているのか? なんのために学ぶかといったら、よりよく生きるためではないか。

・学びの目的や学びの成果として、何がよくて何が悪いのかとは言えない。人それぞれでもあるし、スタート地点や向かっていく方向によっても違うんじゃないか。

2時間の対話を終えて

私は毎回、進行役というか、世話人という形で参加をしているものの、たんに機会を準備するだけで、当日はいつも一参加者として、うーん、うーんと考えながら参加をしている。今回も、話を聴くことや考えることに熱中するあまり、そんなにメモをとれなかったが、全体の論点として、大きくは2つあったように思う。

まず、前半では「学びの成果は、アウトプットの質(発言や行動の変化)によって気づく」ということ、さらに後半ではその「アウトプット」に焦点があたり、「発言や行動のパターンは何によって規定されるのか?意志なのか、無意識なのか、人間が持っているアルゴリズムなのか?」ということについて興味深いやり取りがされていた。

哲学対話では、1つのテーマであっても、おそろしく広く深く、多面的に考えることができるのだなあと、毎回、海を泳いでいるような感覚になる。PCの前で頭を使って考えているだけだが、泳ぐくらいのカロリーを消費しているのではないかという気がしてくるくらいだ。

次回開催のお知らせ

次回のテーマは「遊び」です。10月24日(土)10:00~12:00に開催で、参加費は無料。他の人の脳を借りて考える楽しさを、ぜひ味わいにいらしてみてください。



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大前みどり

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対話ファシリテーター、ワークショップデザイナー。考えたこと、体験したこと、学んだこと、記憶の断片の記録。