5分恋愛小説 『愛あらば』
いつの間にか彼女がフリップ芸人になっていた、なんて言ったら大袈裟かもしれないけど……
待ち合わせ場所のポチ公前で、“利一、こんにち🐶!”と書かれた小型のホワイトボードを持って佇んでいるのは間違いなく俺の彼女の優愛なわけで。
「……何それ」
会って早々、率直な疑問を口にしてしまうのも仕方ないわけで。それに対し優愛は慣れた手つきで書かれた文字を消し
“今ノドが明石家さんなの”
と答える。なんだよ、ノドが明石家さんて。
そんな優愛の口許にはバツマークが描かれたマスクがつけられており、それがまたなんとも腹立たしい。
「……風邪?」
“そう!今なら地声で明石家さんの物真似できるよ“
「口で喋れや」
「こ゛え゛が゛ら゛が゛ら゛で゛す゛ね゛ん゛」
「……わかったからもう喋るな」
“ごめんね”
俺に制され、優愛はしゅんとする。心なしか書いた文字もさっきより小さくなっている。
「はあ、風邪なら前もってそう言ってくれたらよかったのに」
別に家でゴロゴロするのでも全然良かったのに……風邪悪化したらどうすんだよ。
だけど
“だって利一とお出かけするの楽しみにしてたんだもん!”
なんてこと言われたら、俺だって悪い気はしない。というか素直にうれしい。
“今日だけ、文字で会話していーい?”
「ん」
たまにはこんなデートもいいかもな。
なんて思った数分前の俺が浅はかだった。
ボードで会話するというのはつまり、端から見れば俺が独り言を呟いているようなもんで……すれ違う人たちの視線が痛い。
そのうえ、優愛は字を書くのに必死で、時々向かいから歩いてくる人とぶつかりそうになるため、その度に俺が腕を引いて避けてやらないといけない。
「やっぱ今日は俺んちでのんびりしよう」
“やだ! 利一のオススメのご飯屋さんに行く約束してたじゃん”
「そうだけどさー」
話してる最中にも優愛がゴホゴホ咳き込むから俺は背中を擦ってやる。
「しんどい時に食べるより元気な時に食べた方が絶対美味いって」
“食べて元気になる!”
こういうとこ優愛って意固地だよなあ…
「俺が心配なんだよ。こじらせて寝込まれたら余計会えなくなるだろ。チューもできねぇぞ?」
“……(´・ε・`)”
何だよ、その顔文字……もはや会話も成り立ってねぇじゃん。
俺の方がその顔文字の表情になりかけたその時、優愛は何かを思いついたようにボードにペンを走らせた。
“わかった!利一がおかゆ作ってくれるっていうならおうちでいいよ!”
「えええ……」
“おかゆ! おかゆ!”
「ったくしゃーないなあ……」
渋々了承し、一緒に俺の家に向かった。
俺は腕を組んで考え込む。
そもそもおかゆってどうやって作んの?
自分んちのキッチンだというのに、普段は自分で料理をせず、たまに来る優愛に任せっきりでどこになんの道具があるのかさえ定かじゃない。
「おい! おかゆってどうやって……」
直接優愛に作り方を聞こうとするも
“利一のおかゆ楽しみだなー”
と書かれたボードを抱いたまま、リビングのソファーで眠りこけている。起こさないようにそっとブランケットをかけると、俺はすごすごとキッチンに戻った。
適当に水入れてごはん煮詰めたら何とかなるはずだ。たぶんだけど。
なんでだよ……なんで俺はおかゆのひとつも作れねぇんだよ……水が少なかったんだろうか? それとも火が強すぎたんだろうか?
妙に茶色くて、おかゆというには固すぎる土鍋の中の物体を前に俺は呆然と立ち尽くす。
おかゆってもっとこう白くてとろとろしてたはずだよな……?
“どーしたの?”
肩をつつかれ、後ろを見やれば優愛がボードを持って首を傾げていた。
「ごめん、おかゆ焦げたっぽい」
“おかゆできたの?”
「だから、焦げて……」
“早く食べよ!”
優愛は俺が止めるのもお構い無く、ボードを片手で抱き、引き出しから蓮華を取り出す。
「いやこんなの食べられねえって!」
“大丈夫! 私、鼻つまってるから”
そう言うと、作った俺自身でも食べるのを憚られるようなおかゆを、優愛はなんの躊躇もなく蓮華で掬って口に入れる。
「……めっちゃまずいだろ?」
恐る恐る優愛の表情を窺う。
しかし予想に反して優愛はにこにこと笑って蓮華を俺に渡し、ペンを握るとサラサラと書き記す。
“利一が初めて作ってくれたおかゆ、美味しいよ!”
半信半疑ながら、俺も自分の作ったおかゆを口に含んでみる。
……なんだこれ!かったいし、にっっが!
思わず吐き出しそうになったが、我慢してごくりと飲み込む。よくこんなの食えるなあ、と優愛を見やれば
“でも、ちゃんと愛情の味がするでしょ?”
と笑顔でフォローされ、不覚にも泣きそうになった。
ああもう! 今すぐ恋人らしきことをしたい! 早く風邪治して!
そして、おかゆのお礼! と優愛は明石家さんのモノマネを披露してくれたのだが……
それただ声しゃがれてるだけじゃん!
と思いながらも、そんな彼女が俺はいとおしくてたまらないのだ。
(20151019 改編)
昨日に引き続き、過去作品となります。
(※実在の人物とは一切関係ありません🙇)
他のお題ものが今日中にまとめきれなさそうなのと、謎の微熱に振り回されてます😢
私としては甘い作品を書くのは小恥ずかしいのですが、苦味もあるからまあよかろう、的な? ちなみに私は風邪をひくとだいたい喉に来るタイプで、今も突発的に喋れなくなるとフリップ芸人になります。(目が開かなくて手探りで会話したこともあんで😂😂)
ちなみに脳内イメージソングはこちら🙋
(若い! かわいい! 多幸感!)
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