3分小説 『雨降り仲直り』
くだらないことで彼女と喧嘩した。
俺がただあげたいから指輪を買おうとしただけなのに、そんな高価なものもらえないよ、なんて言うから。
なんだかものすごくムカついて、言わなくてもいいことまで言ってしまって。
そしたら引くに引けなくなってしまった。
無言に包まれた車は行く先を見失い、彼女は不機嫌そうに頬を窓にくっつけ、流れ行く景色に見入っている。
カーラジオから流れるのは場違いなほど陽気なDJの声。リスナーからの悩み相談なんかより、今この空間の居心地の悪さをなんとかしてほしい。
「……飯何食う?」
「……いらない、お腹すいてない」
なんとかその場を取りなそうとするも、向こうは全く折れる気がないらしい。こうなったときのこいつはたぶんテコでも動かない。
「……じゃ、もう帰る?」
仕方なくそう提案すると、ようやくこくんと頷いた。
「……ばいばい」
車から降りるときになってやっと自ら口を開いたけれど、またね、と次の約束をすることも、別れのキスを交わすこともなくて。
俺が走り去る間際までずっとふてくされたままだったあいつの頑固さに、自分から謝る気などなくなってしまった。
あれから一週間。
ちょうど仕事を終えた頃、昼すぎからぐずついていた空が本格的に泣き出した。
振りしきる雨粒を腕で遮るようにして、急いで車に乗り込み、エンジンをかける。
運転しているうちに車内の窓が結露でどんどん曇っていく。ただでさえ雨で鬱陶しいのに、さらに視界が悪くなったこの状態に俺はイライラしていた。
赤信号になったのを見計らってダッシュボードの中からタオルを取り出そうと左手を伸ばしかけて止まる。
「……しずく?」
結局俺の左手が掴んだのはタオルではなく、スマホで。通話相手はあれ以来連絡を取っていなかった彼女だった。
「この間はひどいこと言ってごめん」
その言葉は、思いの外するりと口をついて出た。
『……私の方こそ意地になってごめん』
「……ん」
あの日、彼女が座っていた助手席の窓には、うっすらと“ごめんね”の文字が浮かんでいた。
いつ気づくかもわからないようなところにメッセージを残す、しずくの不器用さにいとおしさが込み上げる。
「……今から会える?」
話しながら運転席側の窓に落書きをする。
す、の隣に、横線を二本、縦線を一本、最後の横棒を書き足そうとして、恥ずかしくなって手のひらで消した。
こんなところに書くよりも、口で言った方がいい。
『うん、私も会いたい』
「今どこ? 迎えに行く」
しずくからの返事を聞くより早く、俺はアクセルを思い切り踏み込む。
きっと実際にしずくを目の前にしたら言葉で思いを伝える勇気なんかなくって、何も言わずに抱き締めるのが精一杯なんだろうな、と考えてちょっと笑った。
(20160503)
【あとがき】
※小説の世界観がぶち壊れるのを覚悟してお読みください。
たまには大人っぽい恋愛小説をどうぞ!
と言いたいところだけれど、家族(兄か母)が運転する後部座席の窓ガラスが曇ってた時に「アイーン!(ちゃんと鏡文字で)」とか「💩」とか落書きしてたら、ある時そのまま浮かび上がったらしく「信号待ちでジロジロ見られて恥ずかしかったんやけど!!」ってめっちゃキレられた思い出が着想となってます。(まさか後日、浮かび上がるとは思わなかった……)(時代遅れなテヘペロ😛)
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