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5分小説 『お待ちかねハロウィン』

「ただいま」

 返事はないだろうとわかっていながらも、暗い家の奥へ声をかける。

もしかしたらまだ起きて待ってくれているんじゃないかという淡い期待を抱きながら。

しかし、いくら待っても反応はない。

スマホが『ご馳走作って待ってるね!』とのメッセージを知らせてくれたのはもう何時間も前のことだ。

そらそうだよな、と重い息を吐き出して俺は玄関の灯りを点けた。


 革靴をしまおうと、シュークローゼットを開けたその時、何かがものすごい勢いで廊下を駆け抜けた。

「うわあっ!!」

突然のことに驚いて腰を抜かす。

あの身の毛もよだつ茶色い虫か?
いやそれよりもっとデカかった気がする……

正体を知りたいような知りたくないような複雑な思いで、這いつくばるようにしてその何かの行方を追う。

すると、廊下の突き当たりにゴム紐で繋がれたやたらリアルな白いネズミのぬいぐるみが横たわっていた。

な、なんだよ、ただのぬいぐるみじゃん……

真夜中に一人で大騒ぎした自分に恥ずかしさが襲ってきて、冷静になろうと目の前の脱衣所の扉を開けた。


「ふぅ……」

 手洗いうがいをして少し落ち着くと、シャワーでも浴びるかという気になってきた。

着ていたスーツやワイシャツを雑に脱ぎ捨て浴室に入る。

「ぎゃあっ!!」

その瞬間、目に飛び込んできたのは湯船に浮かぶ大量の虫たち。

よく見ればゴム製のおもちゃなのだが、それをひとつひとつ手で掬い上げる勇気もなく。

脱衣所に引き返してパンツだけ穿くと、逃げるようにしてリビングに向かった。


 リビングのドアを開け、中に入ろうとしたら今度は何やらぬらりとしたものがぺとっと額に張り付く。

顔をしかめながら手探りで電気をつけると、天井からこんにゃくがぶら下がっていた。

……もうイヤ。ほんまにもうイヤ。

こんな古典的な罠にはまるなんて。
絶対どっかに隠れて、こんな俺見て腹抱えて笑ってるんだろ。


イライラしながら周囲を見回せば、毛布にくるまった何かがソファーで丸まっていた。

「……おい」

低い声でいたずらの犯人に脅しをかける。
いくらあいつでも許さんぞ。


「そこにいんだろ。わかってん、だよ?!」

剥ぎ取るようにばさりと毛布をめくると、そこには体中の至るところから血を垂れ流して横たわる愛しい人。

「ひぃっ! 秋凪あきな?!」

一瞬にして全身の血の気が引く。

まさか。まさか。
死んでるんじゃねぇよな……?

恐る恐る手を伸ばし、 秋凪あきなの身体を揺さぶると赤く濡れた目蓋がゆっくりと開いた。

「んっ、もうなぁにぃ? うるさいなあ」

……うるさいなあ、じゃねぇよ!
どんだけ俺の心臓止めかけたら気が済むんだよ!

「…… 秋凪あきな

俺の苛立ちが伝わるように不機嫌な態度を示す。

「……桔平きっぺいくん?」

のはずが、寝起きで甘ったるい声で名前を呼ばれたら、それだけですべてを許してしまいそうになった。

「……んだよもう、びっくりさせんなよ」

本当はめちゃくちゃほっとしたのだ。 秋凪あきなが目覚めてくれたことに。

「あれぇ、私、いつの間にか寝てたんだ」

当の本人は人の気も知らないで、目をごしごしとこすっているけれど。

「おかえり、桔平きっぺいくん」
「ただいま……って何だよその格好は……」
桔平きっぺいくんこそ、何でパンイチなの?」
「俺のことはもういいんだよ……!」
「ふーん。私はね血まみれナース! 」
「…………」

ぴょこっと床に降り立つと、くるくる回って渾身の仮装を自慢する 秋凪あきな

「ちゃんと定刻通りに帰ってこなきゃ全身の血液抜き取るぞ!」
「いや、うん……」

おもちゃの注射器片手にいたずらっぽく笑う 秋凪あきなにほんの少し抱く罪悪感。


「怒ってる……?」
「なにを?」
「俺が帰り遅くなったの」
「別に怒ってないよ」
「本当に?」
「うん。仕事だもん仕方ないよ。でも、いつまで経っても帰ってこなくて暇だったから、いたずら仕掛けてみたの!」

真夜中のドドンキに駆け込んで、色々と仕入れた結果がこれらしい。

「めっちゃびっくりしたわ」
「ふふん、でしょ?」
「でも、夜遅くにあんま出かけんなよ?」
「それを言うなら夜遅くまで仕事しないでよ?」
「そっか。そうだよな。ごめんな?」
「いーよいーよ。とりあえずごはん食べよ」

 血まみれナースに手を引かれ、食卓に連れていかれる。


「……秋凪あきなやっぱり怒ってるだろ?」

テーブルに並んだご馳走を眺めてこぼす。

「なにがぁ?」
「だって食卓が真っ赤……」

もはや原型をとどめてない真っ赤なピザやグラタン、スープにサラダ……

「違うよ。これはただの血まみれ料理だよ」

と笑顔で告げる 秋凪あきなの背後で、ハバネロをくわえたジャック・オー・ランタンが笑っている気がした。


(20171105)


 昔、書いた作品を引っ張り出して修正してみたのだけれど羽目を外すのもほどほどに😇

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