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5分小説 『どうしようもないふたり』


「結局ふつーの恋愛ができるのは、ふつーの家庭で育った人だけなんだろうな」

 部活終わりに忘れ物していたことを思い出して教室に戻ったら、薄暗い中でスマホのブルーライトを浴びているクラスメイトがぽつりと溢した。

それが一人言なのか、同意を求めて放ったものなのか判然としなかったから、俺は佐々木の脇をすり抜けるようにして自分の席へ向かう。

「津山もそう思わない?」

机の中に置き忘れていたパスケースを掴み、立ち去ろうとする俺に再度言葉を投げかけてきた。

ああ、やっぱり同意を求められていたのか。

そう思うも佐々木のいう“ふつーの恋愛”も“ふつーの家庭”も上手く想像できない俺は、曖昧に首を傾げる他なかった。

「なら、津山はこれ見てどう思う?」

そう言うと、佐々木は俺にさっきまで見入っていたスマホを差し出してきた。

 その画面には引退した芸能人がかつて所属していた事務所の社長と未だに懇意の仲であることをスクープしたネットニュースが浮かんでいた。

佐々木に促されるまま指を滑らせると

“金のためなら誰とでも寝られるんだな”
“自分の親ほどの年齢の男と付き合うとか気持ち悪い”

といった誹謗中傷が飛び交うコメント欄が目に止まった。

「どう思うって言われても………」

本当に金のために付き合っていたのかは本人に聞いてみないことにはわからないし、たまたま好きになった相手がかなり年上の人だったとしても、世間の非難を浴びるほど不健全なことだとも思わない。

そんな俺の反応につまらないとでも告げるようなため息をひとつこぼしてから

「親と同年齢の異性と関係を持つのが気持ち悪いって思えるのはさ」

佐々木は俺に教え諭す。

「自分にちゃんとした親がいるからだよね」

なんとなく佐々木の言わんとしていることがわかった気がした。

「比べる親がいないんだから、気持ち悪いとも思えないってこと?」
「まあそれもあるけど……」

俺の手からスマホを奪い返し、制服のポケットに突っ込む。

「ないものを求めるのってそんなに悪いこと?」

 そのあまりにも真剣な眼差しに何度も耳にした佐々木の良からぬ噂がふと過る。

中学のときには生徒指導の男性教師と隠れて付き合っていただの、高校生になってからも夜の繁華街をうろついてパパ活まがいのことをしているだの。

「……わかってるよ。自分でも。これが歪んだ恋愛感情だってことくらい」
「……うん」

だけど、実際の佐々木はみんなが思うような金銭目的で年の離れた男と関係を持っているわけじゃなくて

「でもわかんないんだもん。父親ってものがどんなものなのか。知らないし、見たことないし、会ったこともない」

ただひたすら純粋に貪欲に、父性を求めているだけなのだ。

「できるなら私だってふつーの恋愛がしてみたいよ……」

そう寂しげに伏せられた佐々木の瞳に俺はもう映っていない。

「それでも無理なんだもん……どうしたって親ほど年の離れた人じゃないと私は好きになれない」

小さく震える声に目尻に滲む涙。その身体を抱き締めてやることなんて俺にはできないから、頭に触れようとそっと手を伸ばした。

 そのとき。

教室後方のドアがガラリと音を立てた。

「……まったく! この教室だけいつまで経っても鍵を持ってこないと思ったら、あなたたちまだ残ってたの?」

 四十歳を過ぎてもなお独身であるにも関わらず、どこか肝っ玉なおかんのような風情を漂わせた国語教師が贅肉を揺らしながら吠える。

通称、厚化粧のアッコちゃん。

「さっさと帰りなさい!」

それだけ言うと、ピシャリとドアを閉めて立ち去った。

「だってさ津山」

と佐々木はなぜか愉快そうに笑う。

「おまえもだろ」
「早く行きなよ」

ああ、やっぱり気づいていたのか。

きっと俺と佐々木は
二人だけで密室に閉じ込められても
この世界に二人きりになったとしても
恋愛関係になることはないのだろう。

「待ってるよ」

だって俺たちはこれからも一生

「アッコちゃん、津山のこと」

擬似的な父親や母親の愛を求め続けるのだから。


(20170429)

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