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13分小説 『れいわらしべ長者』

 お昼休み、親友のふーちゃんとお弁当を食べていたら、小学生の時の話になった。

「ねーねー、むぎのとこの小学校では給食の時間に変な音楽流れてなかった?」
「んーうちの学校は、やたら昔話が流れてたなあ……」
「え、どんなの?」
「わらしべ長者とか? それも毎日毎日。今思うと、ある種の刷り込みだったんじゃないかってくらい聞かされたわ……」
「なにそれ! 君たちもがんばって、わらしべ長者になれよ! ってか?」
「そのわりにどんなストーリーだったのか、ほっとんど覚えてないんだけどねぇ……」

と一昨日駅前でもらったポケットティッシュで口許を拭いながら、私はふと思い出す。


確かあの物語の主人公は藁から物々交換を始めて、最終的にお金持ちになるんじゃなかったっけ??

ってことは私だって地道にがんばれば、欲しいものを手に入れられるかもしれない!

「ふーちゃん、私決めた! 私もわらしべ長者になる!」
「はあ??」

 突然立ち上がって、拳を突き上げた私をふーちゃんは、ぽかんとした顔で見つめる。

「とりあえずこのティッシュでがんばってくるよ!」
「はいはい、気を付けていってらっしゃい」

 最初は戸惑いながらも、私の突飛な発言に慣れっこになってるふーちゃんは、快く送り出してくれたのだった。

 まず向かうは三年生の教室。

下級生の私だけど、堂々と歩いていれば案外気づかれない。

お目当ての人は、窓際の一番後ろの席で、机に顎を乗せ、腕を伸ばして、だるそうにゲームをしていた。

「るーいせーんぱーいっ!」

 同じ団地に住む、琉生るいくんとは高校に入ってからも、なんだかんだと付き合いが続いている。というか、私が今でも一方的に押しかけている、に近いかもしれないけど。

「……あん? むぎか。どうした急に」
ちらりと視線を寄越し私を認識すると、ズズッと鼻をすすりながら、すぐさまゲームに目を戻す。

「先輩、よーく聞いてください。ここにポケットティッシュがあります!」
「……は?」
ゲーム機のボタンを押す手が止まり、先輩は訝しげに私を見上げた。

「だーかーら! ここにティッシュがあるんです!」
「いや、それが何?」
「これと何かを交換してくれませんか?」
「……はあ?」
「あれ、琉生先輩なら絶対食い付くと思ったのに……」

 おっかしいなあ、万年アレルギー性鼻炎の琉生くんなら、喜んでこのティッシュもらってくれると思ったのになあ……今にも鼻水垂れそうなのに……なんて残念そうに呟けば。


「しゃーないな、もらうわ」
「やった! はいどうぞ!」
「ってこれ、もう残り一枚しかねぇじゃん」
「あ、ごめん、さっきのランチタイムに使っちゃって」
「残りもんかい」
「それよりティッシュの代わりに何か下さい!」
「何かって?」
「何でもいいから!」

私の押しに負けた、琉生くんが
「急に何かって言われてもなあ……」
ぶつぶつぼやきながら、手近にあったペンケースを漁る。

「ほらよ、このシャー芯やるわ。ティッシュ一枚分」
「あざーす!」

ティッシュと引き換えに、一本だけシャー芯を手渡される。

その間に琉生くんは「ブジュューーンッ!」と盛大な音を立てて鼻をかみ、そのティッシュをぐしゃりと握りつぶして、近くのゴミ箱に投げ捨てた。

「ナイッシュー!」

と一声かけると琉生くんが、さっさと散れ! と言わんばかりに手を払うので、仕方なく私は隣のクラスを覗きに行くことにした。

 隣の教室では廊下側の一番前の席で、ミナちゃん先輩が

「あーもう! なんで! なんでなの!」

と一人で喚いていた。

「ミナちゃんせんぱーい! 何されてるんで、」
すか? と声をかけようとして、ミナちゃん先輩の手元を見て、つい言い淀む。

そこには、
“石油王を掴まえるためには……”
と書かれた紙があった。

ミナちゃん先輩も団地仲間だから、何か思うところがあるのかもしれない、なんてことは口にせず……

「これまた大層な夢ですね……」
「でしょ? 夢はでっかく! ハートをがっちり! 金はたっぷり! よ!」
「で、何を悩んでたんですか?」
「あぁ、今いい案思い付いたのに、シャー芯がことごとく折れちゃって……」
「それはちょうど良かった!」

私はさっき琉生くんからもらったシャー芯をミナちゃん先輩の目の前にちらつかせる。

「わっ! むぎっちょ、それくれるの?」
「タダでは無理ですよ? 何かと交換してくれたらあげます!」
「んもぉ、むぎっちょも腹黒くなっちゃって」

と言いつつもミナちゃん先輩は財布から10円玉を取り出して渡してくれたのだった。


 初のお金ゲットだぜ!!


 次はどこに行こっかなーと、もらった10円玉を弄んでいたら無意識のうちに学食の方に足が赴いていた。

そして学食近くの自販機で見知った顔が項垂れていたので、これ幸いと声をかける。

「ゆうたん先輩! どうしたんですか?」
「最っ悪! お金が足りん!」

どうやらジュースを買おうとお金を投入したのに、10円足りず絶望しているらしい。

これはまたまた、なんという偶然!

「10円、私が払いましょうか?」
「え、いいのか?!」
「その代わりに何かください!」
「何かって?」
「なんでもいいんです! 先輩が交換したいなって思うもので」
「じゃ、とりあえず先にジュース買わせて」

と言うので、ミナちゃん先輩にもらった10円玉を入れると、ゆうたん先輩はうれしそうにバナナオレのボタンを押す。

 出てきた紙パックのジュースにストローを差し、ごきゅごきゅとものすごい勢いで飲んでいるかと思えば

「ほい、これ。やる」

まさかの飲みかけバナナオレを渡される。

「……え?」
「10円分残してるから、これでいいだろ?」

 なるほど、そういうことか。
まあいいや。私が飲まなくても、誰かに渡せばいいんだから。

「ゆうたん先輩ありがとうございました!」
「おーこっちこそ、ありがとうな!」

ほぼ空に近いバナナオレを片手に、私は笑顔でゆうたん先輩に別れを告げた。

「お、むぎ、いいもん持ってんじゃん!」

 外廊下を歩いていると、腐れ縁のきょういちろーと遭遇した。

「ちょうど喉渇いてたんだよ。もーらい!」

きょういちろーは私の手からバナナオレを奪い、なんの躊躇いもなく口に含む。

「ほっとんど残ってねぇじゃん、これ!」

あっという間に飲みきると、きょういちろーは腹立たしげに紙パックを手で握りつぶす。

「……それ、ゆうたん先輩の飲みかけ」
「うっわ! 最悪や!」
「でも今飲んだよね?」
「え、」
「バナナオレと引き換えに何かちょーだい!」
「は? 何かって言われてもなあ……」

困ったように髪をかきむしり、制服のポケットをまさぐる。

「あ、これ……さっき調理実習んときに女子がくれたやつ」

と綺麗にラッピングされた型抜きクッキーを私の手に握らせる。

「え、これ、もらっていいの?」
「いいって。どうせ食べないし」

 さすがモテる男はちがうなあ、と妙に感心しながら私はありがたく頂いた。

「あら、むぎむぎじゃない!」

 中庭を通り抜けようとしたら、今度はマユちゃん先輩に声をかけられた。毎回、呼び方のクセが強い二年生の先輩だ。

「マユちゃん先輩こんにちは!」
「こんにちは! むぎむぎーぬ」

マユちゃん先輩は欅の木の下のベンチに腰かけていたので、隣に座らせてもらう。

「何されてたんですか?」
「んー? 今後の自分の方向性を考えてたの」
「何か見つかりました?」
「そうねえ……ピン芸人になるか、コンビ芸人になるか、トリオ芸人になるかで悩んでるのよね……」
「そもそもマユちゃん先輩は芸人に向いてなくないですか?」
「むっぎー、結構はっきり言うわねえ……」

しゅんと肩を落とす先輩を見ているとなんだか申し訳ない気持ちになって、私はさっき、きょういちろーからもらったクッキーを取り出した。

「あ、それより良かったらこのクッキー食べませんか?」
「うわあ! 美味しそう! むぎりんが作ったの?」
「いや、どこの誰が作ったかはわからないんですけど……」
「え、なんで?!」
「そこはまあお気になさらずに……はい、先輩、あーん!」
「あ、あーん」

有無を言わさず口を開けさせ、クッキーを放り込む。毒味も兼ねて、ね。

「ん! おいひぃよこれ! むぎたんもほら、あーん!」
「あーん……あ、ほんとですね、なかなか美味!」
「いいわねえ、こうやってのんびり過ごすのも」
「ですねえ……」

 先輩と一緒にまったりモードに浸っていたものの、私は本来の目的をはたと思い出す。

「そんなことよりマユちゃん先輩! クッキーのお礼に何かくださいな!」
「へ? お礼って?」
「なんでもいいんです!」
「え、じゃあ、これ……」

とマユちゃん先輩がポケットから出したのは、四つ折にされた紙だった。

「なんですかこれ?」
「さっき空から落ちてきたのよ」
「へえ……」

何の気なしに開いてみると、

“眠れない夜はお星さま数えて 
お腹いっぱいお米を食べるの”

とかなんとか、可愛らしいフレーズが並んでいた。

「……ポエム、ですかね?」
「なのかなあ……? 捨てるのも悪いし、どうしたもんかなあって思ってたんだけど」
「わかりました! わたくし、むぎがありがたくちょうだい致します!」
「うむ! 任せたぞ!」

お互いに敬礼をし、マユちゃん先輩に見送られながら私は次の場所へ向かった。

 マユちゃん先輩にもらった紙を持って、渡り廊下を歩いていると、やたらキョロキョロしている人に出くわした。

「あ、しゅうと!」

よくよく見れば、仲良くしてる別のクラスの友達だった。廊下の隅にギターケースも立て掛けてある。

「あ、むぎ!」
「何してんの?」
「大事な紙をなくしちゃってさ……」
「へえ……あ、そういえば私も変な紙もらったんだった!」

私が紙を開こうとしたら
「あ! それ! 俺が探してたやつ!!」
驚いた顔をしたしゅうとが指差してきた。


「あ、これしゅうとのだったの?」
「どこ?! どこにあったん?!」
「さっき中庭にいたマユちゃん先輩にもらったんだよ。空から落ちてきたって」
「なんだ……そうだったんか……」

 よっぽどほっとしたのか、しゅうとは渡り廊下にぺたんと座り込む。

「じゃあ、このポエムを作ったのも、しゅうと?」
「ポエムっていうか、歌詞だね」
「ほほお……」

 それは確かに大事なものかも。なにせ、しゅうとの作る歌は天才的魅力に溢れているのだ。といっても凡人の私にはその良さがわからないこともあるけれど。

「なんかお礼させてや」
「お礼? じゃあ、この紙と引き換えに何かちょーだい!」
「そうだなあ……あ、これは?」

としゅうとがくれたのは今話題の恋愛映画のペアチケット。

「え、いいの?」
「気にすんなって。俺ももらいもので、あんま興味ないから」
「わーい! ありがとう!」

 まさかポケットティッシュが、映画のペアチケットに化ける時が来るとは!

しゅうとと話し込んでいたら、ちょうど予鈴が鳴ったので、私たちは自分のクラスに戻ることにした。

「ふーちゃん聞いて聞いて! ティッシュが映画のチケットになったの!」

 教室に入るなり自分の席でスマホをいじっているふーちゃんの元に駆け寄る。

「……あんた、すごいね」

ふーちゃんは呆れ半分、驚き半分といった感じで私を迎えてくれた。

「なんの話してんのー?」

私の騒ぎ声を聞きつけて、クラスメイトの男子が話しかけてきた。

「あ、多田ただ! 見て見て! ティッシュがチケットに!」
「は? なに? マジックの話?」
「ちがう! わらしべ長者の話!」
「へえ……で、むぎはどうすんの? そのチケット」
「うーん……どうしよっかなー」

金券ショップで換金する?

それとも誰かに高値で売り付ける?

もしくは……

「……多田、一緒に行く?」

最近、気になるあいつを誘ってみる?

「えーどうしよっかなー」
「……もういいもん! ふーちゃんと行くから!」
「あっは! うそうそ! 俺もその映画気になってたし! それに……」
「なによ?」


 背の高い多田が私に視線を合わせるように腰を屈めて、こっちを見てくるからつい恥ずかしくなって語気が強くなる。

「むぎのことも気になってるし?」

そう言って勝ち誇ったように笑う多田は悔しいけど、かっこよかった。

「ふん! 仕方ないから、多田と行ってあげる!」
「ふは! 素直じゃないなあ、このわらしべ長者は」

 ニヤニヤしながら私の頭を撫で回す多田がムカつく。そんな多田にキュンとしてしまう自分にも。

「私の前でいちゃこらしないでくれる?」
「ご、ごめん…!」

 眉間にシワを寄せたふーちゃんに向かって声をそろえて謝った私と多田は、顔を見合わせてまた笑った。



(20151026)【再掲載】


 むぎちゃんは、無料タダ多田ただくんを、デートに誘ったんだってよ。

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