note_h_2-その2

妖精王の憂鬱 −その2

 「へぇ、それじゃあ、ファフたちはそのハイドランドって所を目指してんだ」フリセラは未だにうっとりとした声で言う。もう何度も「可愛い」を繰り返している。

 「で、ハイドランドってどこ?」彼女は団長に訊く。団長は肩をすくめ首をかしげる。

 「でも、わたしたちはタミナに行くんだよ?知ってる?自由都市タミナ」

 「知らなぁい」ファフニンは感心なさげにのんびりと返事をする。

 「じゃあ、その小っちゃいカバンの中身は何入ってんの?」フリセラは話題を変える。

 すると妖精は嬉しそうに一回りして、「へへ、可愛いでしょ」そう言いキメの姿勢をとる。「可愛い可愛い」同調するフリセラに妖精は得意になる。「これは麦粒、これはユスリバエの燻製、で、これがドングリ。」

 「食べ物?」

 「そう、みんな食べ物。美味しいよぉ」フリセラは何を話してもニコニコと聞いてくれる。この人は好きだ。ファフニンはそう感じる。どこかの王さまとは大違い!

 「妖精がドングリ食うのかよ」団長が割って入る。本当に妖精かぁ。疑いの目を向ける。彼にはやはり人形にしか見えないのだ。

 「妖精つったら、魔法の蜜だろう?ほら、吟遊詩人が七色の声を使えるようになる、なんつったっけな、あの物語」

 「『大いなる潮の歌』、あんなの子どもが読む作り話じゃない。」フリセラがつまらそうに言う。

 「ごめんね、ファフ、団長のことは気にしないで。ところでさ、その、えと、妖精王様だっけ?…それって、人形だよね?…あ、怒ったらごめんなさい」

 「いや、かまわぬ。哀しいかな、それは事実だからな」

 「ふーん。深い事情があるんだ」フリセラにとって、その件はあまり興味がないようだ。

 不意に馬車が止まる。団長は前面の幌を開き、御者台のほうに顔を出すと、そのまま手綱を握るドンムゴの隣に座る。フリセラも後ろから幌を捲ってみると、そこは一面に麦畑が広がっている。

 「もうすぐ着くね。ねえ、ファフたちはこれからどうするの?」

 ファフニンは王人形の口元に耳をあてると、なにやら小声で相談し合う。それから、ごほん、と大げさな咳払いをしてから、ファフニンが胸を反り返して語り出す。

 「あー。出来れば我らを、ハイドランドへと連れて行ってもらえぬか?」王の声色を真似て低い声で言う。

 「それは無理。わたしたちも仕事があるしね」フリセラがけろりと答える。

 すると再び妖精たちはごにょごにょと始める。

 「では、せめて、近くまでも」

 「うーん、どうかな。しばらくはタミナで暮らすけど、その後は…、次に行くところ次第かなぁ」

 「いや、そこをなんとか…」ファフニンは揉み手をしてみてから気がつく。

 「…って、王さま、なんで自分で話さないのよぉ!」

 「ばかもの!高貴なる者はそうべらべらと下賤の者とは語り合わぬものだ」「えーフリセラはげせんなんかじゃないよぉ!」憤慨する妖精。「あ、いや、我はフリセラ殿がなにもそうだと申している訳じゃ…」

 そんな様子をみて、仲良しだねぇ、とフリセラはクスクス笑う。

 「じゃあさ、タミナの街でそのハイドランドに行く人を探せばいいんじゃない?あたしも協力するよ。だからそれまではあたしたちと居なよ」

 「いるいるぅ!」ファフニンが両手を挙げる。

 どうしてこうも我の回りには行き当たりばったりの奴らしかいないのか、王はため息を漏らす。

 「それじゃ、妖精様ご一行、大ウンナーナ団にようこそ!」フリセラは明るく笑い、つられてフェフニンもケラケラと笑う。



 馬車が駐まると幌が開き、団長が顔を出す。 

 「じゃ、さっそく金熊亭に行って、話をつけてくるからな。お前らはどうする?」

 「ここにいる。婆もまだ起きないみたいだし」フリセラがそう言うと団長は何も言わず、幌を開け放したままに去って行く。荷台に光が差し込む。麦畑に囲まれた橙色の屋根と、白壁が眩しい街の様相が目の前に広がる。

 団長が去ると、「あたしゃもう起きてるわい」荷物の山から不機嫌そうなしわがれ声がする。よく肥えた老婆がむくりと起きだすが、フリセラはそんな婆には構わずに、ナイフの手入れを始める。

 それからしばらくして思い出した、「あ、婆、紹介するね、」そうして妖精を呼ぶ。

 ファフニンは飛び上がり、金色の鱗粉を光らせながら老婆の目の前で空中浮揚し、両手を肩に添え、小首をかしげる。それが妖精の正式な挨拶だからだ。

 老婆は白内ぎみの両目をしばたかせると、「なんじゃ、妖精か。」それだけを言い、荷物の整理をはじめる。それから王人形を見つけると、何気なく掴んで別の所に放り投げる。

 しかし、放り投げてからギョッとした顔つきで、弛んだ瞼に隠れた目玉を剥き出す。

 「おや!今のは!?」と軽く飛び上がらんばかりに、慌てて荷物をまさぐり、人形を探し出す。

 フリセラがその様子に疑念を抱き、不思議そうに婆の挙動を観察する。

 人形を見つけ出した老婆は大袈裟な素振りで人形を立たせ、しゃがみ込むと、その鼻先の疣をくっつけるほどに顔を近づける。

 「ありゃりゃぁ!?これは、この霊気は…もしや」もしやもしやもしや。と、わなわな震えている。

 王人形はいささか眼を回しながら、「我は厳粛なる妖精王、残り神…、」なんとかいつもの口上をはじめるが、「おお!やはり!」叫び声をあげる婆に遮られる。

 「やはり、その声、その霊気は王!妖精王ルーアン様!」

 「え、分かるのか?」王人形は多少面食らう。

 「分かりますとも!王さまは、そりゃ、あたしなんぞのことは憶えておらんでしょうが、随分前に一度お目通りいたしました、蜘蛛眼のオイノスが弟子、マイナリシアでございます。」

 王人形はしばらく考えているが、記憶の片隅に、目の前の老婆の魂の面影を見つける。「おお!あの時の少女か!」すっかり老け込んだものだな。率直な感想を言う。老婆はにこにこと笑い、深く何度も頷く。

 「…して、オイノスは達者か?」

 「いやいや、オイノス様はもうとっくに死者の国ですがな。あれからもう六十年は経っております。」そうか、時が経つのは早いものだな。王人形は感慨にふける。

 「それで、王さまは何故にそんな格好に?このまえは大木ほど大きな琥珀のお姿でしたがね」

 「うむ、あの琥珀はちと大きすぎてな、従者の者が運べぬのでな。身体を替えることに至り、どうせなら手足がある物なら少しは威厳が保てるかと、こいつを選んだのだが…、まあ結局は、手足があっても動かせないのでは意味は無い。他に何か調度よい器があればいいのだがな…。」

 王人形は少々話しすぎたかなと感じる。自分を知っている人間がいたことに、つい嬉しくなってしまったのだ。

 婆はそうですかそうですかと人形の話を嬉しそうに聞き、やはり何度も頷く。それから何か思い立ったように鞄を漁りはじめる。

 「王さまって、けっこう有名?」フリセラは肩に乗った妖精に訊ねる。

 「ねー、意外ぃ」ファフニンは他人事のように言う。

 婆は使い込んだなめし革の肩掛け鞄から異国柄の小袋を取り出し、さらに中から小さな小銭入れを取り出す。そうしてその中身を掌に広げ、小さな宝石をより分けると、小声で何かを呟き、二度ほど息を吹きかける。

 「黄玉の耳飾りです。よろしければ…」婆は恭しく人形の前に差し出す。「咒を掛けておきました。野ねずみやカラスにいたずらされることも、まずないかと」

 「おっ!でかしたぞ!マイナリシア!」人形王は喜んで叫ぶと、一瞬だけ光に包まれる。すると今度は目の前の石から声がする。

 「おい!ファフ、こっちに来てみろ。」王は妖精を呼び寄せる。

 「これならば、お前の鞄に入るだろう?」「えー入んないよぉ」「ドングリを捨てればいいだろうが」「えー」妖精は不服そうにしつつもドングリを鞄から取り出し、代わりに王の依り代となった黄玉を入れる。

 「良い良い、調度良いぞ」王がほくほくとした声を出す。

 少し鞄から飛び出してはいるが、むしろそこは具合が良い。視界も良好じゃ。嬉々として言う。初めは仏頂面をしていた妖精も、新たな王の黄みがかった輝きが気に入ったようで、嬉しそうに飛び上がる。

 「おお、久方ぶりの浮遊じゃ」喜ぶ王に合わせて、調子に乗った妖精はくるくると踊る。

 「ああ、ファフ。長らく飛んでいないので、気分が悪くなってきたぞ」

 王が弱々しくそう言うと、一同から笑いが起きる。



 しばらくするとフリセラが着替えをはじめる。ぴたりとしたタイツを履き、袖口にフリルの付いた衣装を纏う。どれも左右で青と赤に別れていて滑稽な印象がある。彼女はナイフを丁寧に並べると、それを順序よくベルトに差しはじめる。

 予告なくゆっくりと幌馬車が動き出す。すると弦楽器の音色が小麦畑に響く。団長が御者台に戻り、でシパーリを弾いているのだ。

 「さ、仕事だよ」フリセラはそう言い、肩に乗ったファフニンに目配せを送る。

 馬車が市街に入ると団長がシパーリの音色に合わせて歌うように叫び出す。

 さあさ お立ち寄り 大ウンナーナ団のお通りだ 今宵は金熊亭 金熊亭で楽しいひとときを うまいエールにハチミツ酒 塩漬けニシンにレムグレイド産の生ハムもあるよ 金熊亭 金熊亭で楽しい夜を!

 馬車が金熊亭に到着すると、フリセラが荷台から飛び出す。幌の入り口で構えているドンムゴの大きな背中を踏み台にして、更に飛び上がり、宙返りで着地する。金熊亭の前にはすでに人混みができている。

 「うわぁ、あの人、大っきい」脇で眺めているフェフニンがドンムゴを指さす。「大鬼かな?」オーガではない。鞄の中の王様が否定する。

 着地したフリセラが両手をかざすと、瞬く間に八本のナイフが指の股に挟まれている。団長が小太鼓に持ち替える。彼女は拍子にあわせて滑稽に踊りながら、ナイフを空中で弄ぶ。

 「さあ、大ウンナーナ団が紅一点、ナイフ使いのフリセラの妙技、とくとご堪能!」

 拍子が早くなる。ドンムゴが両手にリンゴを持ち、頭にも乗せる。さらに拍子が早くなる。聴衆に間にも緊張が広がる。そうして、いよいよフリセラが目にもとまらぬ早さでナイフを投げると、三つのリンゴのど真ん中に見事に命中する。

 ウンナーナ団は拍手喝采に包まれる。指笛がそこら中から聞こえる。「いいぞ、ねえちゃん!顔はそれほどだが技は確かだ!」野次ともつかない声も飛び、聴衆がどっと笑う。

 それを聞いたフリセラが大袈裟な姿勢で頰を膨らませ、ぶすりとしたお辞儀をし、顔を上げればにこりと笑い、舌を出す。それから彼女は団長から縦笛を受け取る。団長はふたたびシパーリに持ち替え、今度はドンムゴが小太鼓を叩く。三人が踊り、奏でながら客を金熊亭へと誘導していけば、何人かの聴衆がつられて彼らに付いていく。

 「すごいすごい、みんなすごーい!」興奮したファフニンも踊りながら後に続く。ナイフを投げたりシパーリを奏でる真似をしたりして、大いにはしゃぐ。

 金熊亭に向かう客達のほとんどは、そんな妖精には気がつかず、たとえ気づいたとしても、たいして気にも留めずに、通り過ぎて行く。



−その3に続く−

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