「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプヘルプデスクの多忙 3. 虎の巻
『ヘルプデスクの多忙/2.鶴の巻①』からつづく
私は泣き出したい気持だったが、現場で沙知が絶望して泣いているのに、ヘルプデスクの私が泣いていてどうすると、気を取り直した。
「沙知さん、私に少し時間をください。なんとか、打開策を考えます。それから、今織っている布は、絹糸だけで織り、これ以上あなたの羽毛を使わないようにしてください」
「そんなことをしたら、明日、あの男が怒ります。どんな目に遭うかわからない」
沙知が声を震わせる。沙知が男から直接の暴力を加えられたりしたら、大変だ。
「わかりました。頑張って、いつもどおりの布を織ってください。明日の朝までには、私が何とかします」
「お願いします。ヘルプデスクさんだけが、頼りです」
通話を切った私に安請け合いをしてしまったと悔いる気持ちはなかった。クローン・キャスト仲間として、私は何としても沙知を今の危機から救い出す方法を見つけなけらばならないのだ。
そのヒントが、もしかしたら《虎の巻》にあるかもしれない。
私はヘッドマウントディスプレイに『鶴の恩返し』の《虎の巻》を表示した。《虎の巻》は、「昔話再生審査会」が規定している標準ストーリーに「審査会」から成立判定を獲得するノウハウを書き加えたものだ。「審査会」の標準ストーリーには昔話の成立・不成立の判定基準は示されていない。
それがあれば昔話の再生成功率が上がり日本人の昔話記憶を補強するという昔話再生事業の目的に合致するのに、なぜか「審査会」は秘密主義を貫いている。
しかし、そっちがそう来るなら、こっちにも考えがある。クローン・キャストの地球への派遣が始まった80年前から、クローン・キャストは自主的な勉強会を開いて、同じ昔話が成立した事例と不成立になった事例を比較し、成否の分かれ目と考えられるポイントを抽出してきた。そのポイントが《虎の巻》に記されているのだ。
もちろん、公には《虎の巻》など、存在してはならない。だが、「日本昔話再生支援機構」のラムネ星人管理職たちは昔話の再生成功率を上げたいから、クローン・キャストが《虎の巻》を作ることを黙認している。
ところが、厄介なことに、どうも「審査委員会」も《虎の巻》の存在を知っているらしいのだ。《虎の巻》は現在使われているもので、第10版。同じ《虎の巻》を使い続けて再生成功率が70パーセント近辺に達すると、突然不成立が増え、成功率が50パーセント近辺まで下がる。「再生審査会」が判定基準を変えたとしか考えられない。
しかし、なぜ、そんな事をするのか? 日本人の昔話記憶を強化するためには再生成功率が高ければ高いほど良いはずだ。標準ストーリーに成否判定基準を書き込まないことといい、再生成功率が上がると判定基準を変えるらしいことといい、「再生審査会」は本当に日本人の昔話記憶を補強したがっているのか、疑問に思うことがある。
おっと、いけない。今は、そういう「そもそも論」をしている場合ではなかった。同居の男に機織り部屋をのぞいてもらえず困っている「機織り鶴さ、沙知)」のために《虎の巻》からヒントをつかまねばならない。
お爺さんから口輪をはめられて困っている「ここ掘れワンワン犬クン(M2105)」の方は、以前に同様の事例に遭遇した時《虎の巻》も参考に解決した経験がある。私は、『鶴の恩返し』《虎の巻》からのヒント探しに集中することにした。
〈『ヘルプデスクの多忙/3.犬の巻①』につづく〉