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【短編】やさしい事件の夜



僕は吹雪の山荘にいる。



近くに温泉があるので、本当は両親にプレゼントした旅行だったのだが、体調を崩したようなので、勿体ないから一人でやって来たのだ。



狭い山荘なので、暖炉がある部屋に皆が集まる。



オーナーと20代の男女、老夫婦がいる。



この山荘には何度かお邪魔しているので、オーナーとは少し話す仲である。



オーナーはとても気が利く優しい人だ。



僕が着いた時にも暖かいコーヒーを入れてくれたし、お風呂の準備も早かった。



オーナーが言うには、あと2人がまだ到着していないらしい。



この暗さと吹雪でここまで辿り着けるのだろうか。



そんな事を考えていたら、老夫婦が気さくに話しかけてくれた。



一人で寂しそうだったからという事だった。



時間をもて余していたので、正直嬉しかった。



話を聞くと、どうやら結婚50周年で、出会いはこの辺りのスキー場らしい。



何か色々と素敵な話を聞かせてくれた。



お互いに想い合っているのを端々に感じて、2人の優しさが伝わって来た。



そんな話を聞いていたら、



「ドサッ」



と何かが倒れるような落ちたような音が聞こえた。



「玄関の方で何か音がしませんでしたか?」



と僕はオーナーに話しかけた。



「雪でも落ちたんだと思います。」



オーナーはそう言って、玄関を見に行った。



「うわっ!大丈夫ですか?」



玄関から、焦ったようなオーナーの声が聞こえて、僕らも玄関へ向かった。



玄関の外は5段くらいの短い階段になっていて、その下に30代くらいの男が頭から血を流して倒れていた。



まだ息があるらしい。



20代の男女は両方とも医者の卵らしく、色々な処置をしている。



見ず知らずの人にも、これほど親身になれるなんて、医者の鏡だな。



二人とも凄く優しい人だ。



とにかく、この男の人は誰かに殴られたのだろうか?



だとすると、暖炉の部屋にいた僕たち全員にアリバイがある。



という事は、まだ来ていない客が怪しい事になる。



そんな推理をしていたら、男が目覚めた。



皆、自分の事のように喜んでいる。



話を聞くと、どうやら屋根から落ちてきた雪に驚いて、足を踏み外して頭を打ったらしい。



そういう事だ。



来られなかった客については、あとで聞いた話によると、終電間際で急いでいたが、財布を拾って届けていたら乗り過ごしてしまったという事だった。





登場人物、全員優しい!!!





こんな夜は、事故は起これど事件など起こらないのだ。



吹雪の山荘、まだやって来ない客というシチュエーションに惑わされてはいけない。



いつの間にか、あれだけ降っていた雪も止んでいる。



明日は来られなかった両親のために、たくさん写真を撮ろうと誓ったのだった。







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