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定年前後に多方面から迫る危機

前回、定年後も働き続けるための第一歩は、「定年引退という事象に危機感を感じていない」という問題を解決することであると述べた。

この危機は、実は定年を迎えるはるか前から始まっていて、定年後運よく再雇用されたとしても続く可能性が高いので、本来は充分な理解と備えが必要である。しかし、備えにまでには至っていない人が多いようなので、対処すべき危機をここにまとめておこう。

働き方の変化で、定年前も安泰でない

今から30年ほど前のことだが、筆者は会社から指示されて経済同友会の若手の会「グループ90」に参加していた。異業種の企業間で若手の交流を促進することが主目的である。

当時外資系の弊社はリストラを遂行していて、筆者は他社のグループのメンバーからは「なんてひどい会社なんだ。これだから外資は困る」と散々になじられていた。「そのうちあなた方の会社でも同じことが起こるよ」と言い返したのだが、全く相手にされなかった。

その後すぐに、バブル崩壊を受けて日本の大企業でもリストラが横行するようになったのは、皆さんご承知の通りである。

このやりとりが証明するのは、当時の(今でも?)日本の大企業の中堅社員達が、日本の雇用慣行(終身雇用、メンバーシップ制、新卒一括採用、など)が世界的に特殊であり日本の幸運な高度成長にのみ適応したものであることを、全く知らないということである。

この特殊性と失われた20年以降の日本が貧乏国になりつつある経済状況を観測していれば、遅かれ早かれ日本の雇用慣行が維持不可能となることは容易に予測可能なはずである。(少なくとも、日本で外資系企業に勤めていた筆者のような者からすれば自明である。)

にもかかわらず、この変化を予測せず終身雇用に安住してきたシニア社員が、定年を前にして慌てふためいているというのが昨今の実態であろう。

以下に、定年を前にしたシニアが直面する現在の変化の原因が、実ははるか前(早くはバブル崩壊期の頃)から起こっている事実をまとめておく。これらが構造的な変化を物語っていることを理解しなければ、定年後を考える以前にリストラ対象となってしまうことを覚悟しておくべきである。

終身雇用制の崩壊・人事制度の改革

  • 過去1年以内に23%の企業で人員削減を実施。早期退職優遇制度と転籍出向による退職が約8割(1998年12月 日本労働研究機構「リストラの実態に関する調査」)

  • 2001年の「大リストラ」:1998年に3,794万人であった正規雇用は2005年には3,330万人に,464万人減少。 特に,2001年から翌年の間に136万人も減少し,そのうち125万人が500人以上の大企業で占めらている。過剰設備 と過剰雇用を抱えて長期的停滞に苦しむ大企業はその蓄積条件を根本的に変更するために,長期 雇用慣行の突破を敢行した(2010年 後藤道夫「ワーキングプア急増の背景と日本社会の課題」社会政策学会編『社会政策』1巻4号,ミネル ヴァ書房 )

  • 役員を除く全雇用者に占める非正規雇用者の比率でみると、90年から雇用者の2割程度で推移していた後、90年代後半以降、上昇し続け、2005年には雇用者数の約3人に一人が非正規雇用者となっていて、「雇用形態の非正規化」が継続している(2006年度年次経済財政報告、内閣府)

  • 正社員の2015~17年の平均給与を年齢層別に5年前(10~12年)と比べたところ、40代だけが減少していた。バブル期後半の大量採用組や人口の多い「団塊ジュニア」が40代に当たるが、管理職ポストに限りがあり、部長や課長への昇進が全体的に遅れていることが背景にある(2018年6月 内閣府)

  • 経団連中西会長が定例会見で、終身雇用について「制度疲労を起こしている。終身雇用を前提とすることが限界になっている」と持論を展開(2019年4月)

  • 年功序列や終身雇用という日本型雇用を転換し、仕事内容に応じた能力・スキルを重視する「ジョブ型」雇用の導入に向け、政府内で議論が始まった。進行するIT化の下で高度人材が不足する一方、専門知識に乏しい中間層の所得低下が目立ち、このままでは日本経済の競争力が国際的に低下しかねないとの危機感があるためだ。(2019年4月15日 ロイター)

経営の変化:DXとAI革命

2018年9月7日、経済産業省は「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」を発表し、デジタルトランスフォーメーションが進まなければ「2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」と警告した。にも拘らず、デジタル化に消極的な日本の中間管理職が非常に多い。このような状態では、無事に定年を迎える以前に企業社会の変化についていけず淘汰されるであろう、この辺の事情については、これ以上は触れないので、以下を参照されたい。

定年後の退職金・年金が減額される傾向が続いている

以上のような構造的変化を予測し対応できたとしても、その次には辿りついた定年時以降に貰える退職金や年金が減額されつつあるという危機が存在していることも理解しておくべきである。

  • 2018年大卒定年退職者に支払われた退職金は、1997年より1080万円減少、早期退職者に対する割増金は増加(退職給付の支給実態 厚生労働省)

  • 2021年1月22日、2021年度の公的年金額は前年度比-0.1%の減額、と公表された。野党から「年金カット法案」と呼ばれた2016年の法改正が今回から反映され、現役世代の賃金の伸び(-0.1%)が物価の伸び(±0.0%)を下回った結果、賃金の伸びで改定されることとなった。ただし、年金額改定の計算基礎となる賃金の伸びには2~4年度前の実質賃金上昇率が使われるため、新型コロナ禍に伴う賃金下落の影響は2022年度の改定から3年間に分割して反映されることになる(ニッセイ基礎研究所)

  • 2000(平成12)年の法律改正で、老齢厚生年金の支給開始年齢がそれまでの60歳から65歳に引き上げられることになった。男性は、昭和36年4月2日以後に生まれた人の報酬比例部分の支給開始年齢が65歳となった

定年後の再雇用は茨の道

さらに、運良く定年後に再雇用されたとしても、新たな危機が待っている。同じ仕事をしながら給与は大幅ダウンし、居心地は必ずしも良くはなさそうなのである

  • 国家公務員の定年を60歳から65歳に延長するための関連法案の概要が判明した。60歳以上の給与水準を60歳前の7割程度とする。60歳未満の公務員の賃金カーブも抑制する方針を盛り込む(日経新聞 2019年1月9日)

  • 61歳のビジネスパーソンの30.1%が定年後再雇用、39.7%が転職、正社員継続雇用18.0%、引退7.9%、65歳になると3分の1が引退(2019年「全国就業実態パネル調査」リクルートワークス)

  • 60代前半のフルタイム勤務の継続雇用者の平均年収は374.7万円、年収は定年前の4分の3程度(「高齢者の雇用に関する調査(企業調査)」 労働政策研究・研修機構2020年)

  •  人事ジャーナリストの溝上憲文氏が指摘する。「再雇用は給料が約半減すると言われています。また元部下が上司になったり、業務が単調でプライドを傷つけられるケースが目立つ。再雇用者を“お荷物”扱いする企業もある。“雇用延長すれば安泰”との考えは甘いと言わざるを得ません」(「元部下の指示にストレス 定年後雇用延長の”こんなはずじゃなかった”」 週刊ポスト 2020年11月8日)

  • 給料4~6割減が過半、定年後再雇用の厳しい現実、業務量や拘束時間はあまり変わらないのに給料は大幅ダウン (日経ビジネス 2021年2月25日)

では、どうするか?

話を簡単にするために、ここからは60歳で定年になり90歳まで生き続けるケースを考える。(数字は各人の都合で修正していただきたい。)

仮に、上記のような危機があっても会社にしがみつき無事再雇用されたとしよう。その場合でも、上述のデータが示す通り65歳を過ぎたあたりから徐々に再雇用の機会は減っていく。しかし、その後20-25年生き続けることになる。その後の世界には、予期せぬリスクも色々と起こり得る。

藤田孝典「下流老人」によると、退職時に預金3000万円保有していた人でも、下流老人(生活保護水準以下)になった人がいるという。その下流老人に共通するのが、預金の額ではなく毎月の定期収入に余裕がないため予期せぬリスクに対応できないということである。

また、チャールズ・グッドハート、他の「人口大逆転 :高齢化、インフレの再来、不平等の縮小」によれば、これからの高齢化社会ではインフレの加速が必須であるという。(高齢化で生産人口は減るが高齢者が消費を止めることはないという単純な理屈だけでも、そうなる。)いくら計算して貯金をしても、計算が狂う可能性は否定できない。

これらのことが意味するのは、貯金(ストック)に頼る発想はやめた方が良いということである。たとえ道路工事の警備員をしてでも毎月の収入(フロー)を増やし、貯めたストックが目減りするのを防ぐべきなのである。

仮に75歳までフローを稼ぎ続けてストックに手をつけなければ、60歳で引退した時よりもストックの価値は2倍になる。万一、それでも不運に見舞われたら、高福祉社会日本の制度に頼れば良い。そう割り切るべきであろう。

この記事のシリーズでは、フローを稼ぎ続けるために考えるべきことを解説していくことにする。

その前に、今回述べた危機が発生する根本原因であるマクロな環境変化について述べておく。




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