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水清ければムシ棲まず

大学院にいた頃、ある日のゼミで「きれいな水に住む魚には寄生虫はいないの?」と言う学部生の質問が教授に火をつけてしまい、ゼミが終わらなくなった記憶があります。その時の教授の説明は、水質や魚類相など多岐に渡るので、割愛します。今回は水質汚染と寄生虫に寄生された動物の関係について書かれた論文を見つけて、その時のことを思い出したので紹介します。

登場生物の紹介

今回紹介する論文は” Infection with acanthocephalans increases tolerance of Gammarus roeselii (Crustacea: Amphipoda) to pyrethroid insecticide deltamethrin鉤頭虫に感染したGammarus roeselii(甲殻類:ヨコエビ目)のピレスロイド系殺虫剤に対する耐性について:邦題)”というドイツの河川に住むヨコエビ鉤頭虫という寄生虫の研究です。結果は比較的明確なのですが、研究対象である生物のことを理解することで魅力が伝わるかと思うので、説明します。Gammarus roeseliという端脚類(ヨコエビ)Pomphorhynchus laevisPolymorphus minutusの2種類の鉤頭虫が登場生物です。鉤頭虫は、脊椎動物(今回の場合は魚類)を終宿主とし、かえしの多数ついた頭部を持ち、この頭を腸管の壁につきさして寄生しています。また、この鉤頭虫の幼虫はヨコエビのような小型の甲殻類に寄生しています。このヨコエビは、Pomphorhynchus laevis(以後鉤頭虫A)、Polymorphus minutus(以後鉤頭虫B)の2種類の鉤頭虫の終宿主となる魚の大好物です。

マダイに寄生する鉤頭虫(成虫)です。黄色い部分が体で、白色のところがかえしのついた頭です。以下の記事で鉤頭虫について紹介しています。

水質汚染って?

論文では、鉤頭虫に寄生されていないヨコエビと寄生されているヨコエビの水質汚染に対する強さの違いを調べています。ただ、高校生に生物を教えていて、一般的な水質汚染が生物学の分野で定義されていることと異なると感じることがあります。そこで、水質汚染を”自然に起きた汚染”と”人為的な汚染”に分けて簡単に紹介します。
自然に起きた汚染は、大型の哺乳類の死体が川に落ちたり、川がせき止められてゴミ(落ち葉)などがたまった時に生じます。これが生じると、死体やゴミが細菌に分解されることで、腐って、濁って、悪臭がします。このような、自然に起きた汚染を測る方法として、pH,溶存酸素, 溶存窒素などを測定します。細菌がさかんに死体を分解することで、pHと溶存酸素は低下、窒素は増加します。この汚染は、時間が経つと微生物の力で元に戻ります。
一方、人為的な汚染は、工業排水や農業排水に含まれる有害な化学物質によるものです。こちらの汚染は、微生物の力でどうしようもないので、問題になることが多いです。この論文でも殺虫剤に対するヨコエビの耐性と寄生の有無との関係性が述べられています。

このようなのどかな小川でも、大型の哺乳類の死体があったり、大雨の後には自然発生の水質汚染が発生します。

強くなるの?

先に言い訳をしますが、この研究の結果は「寄生虫に寄生されると宿主の汚染への耐性が上がるようだ」となるのですが、確定ではありません。というのも、寄生虫が宿主に与える影響を調べるのは難しいです。例えば、「研究室でネズミにカイチュウを寄生させたら、花粉症の症状がなくなった」としても原因は、研究室の環境や飼育場所の変化によるネズミの体調の変化の可能性があるからです。
とはいうものの、鉤頭虫Aのヨコエビへの寄生率は汚染のない上流域では非常に低く、下流域の大規模下水処理場の排水口付近では高くなっていました。また、ピレスロイド系殺虫剤に対する感受性をテストした結果、殺虫剤にさらされてから72時間以内であれば、鉤頭虫に感染したヨコエビの生存率が高かったという結果がでています。
これは私の意見ですが、ヨコエビの汚染への耐性が上がることで、宿主の魚類にヨコエビが食べられやすくなっていると感じました。まず、下水処理場の排水溝は濁っていることが多く、魚が身を隠したり、排水に集まる小型生物を食べるために集まります。この論文で殺虫剤への耐性を調べているのは、農業排水の影響を調べることが目的になっているようです。殺虫剤が含まれる農業用水が流れ込んできた時に最大3日耐えられると言うことは、殺虫剤が含まれた水がなくなるまで耐えられるということになりそうです。

補足

この論文は、寄生虫が生態系(ヨコエビと魚類の食う食われる)に与える影響に言及しようとしています。この論文でも考慮されていますが、生態系における寄生虫の影響を調べるにあたって、鉤頭虫にはちょっと困った性質があります。というのも、寄生されたヨコエビの汚染に対する影響を調べるには、水質汚染以外の影響があってはなりません。しかし、鉤頭虫は中間宿主宿主(今回の論文でいえばヨコエビ)の行動を操作して、中間宿主の動物が終宿主である魚類に食べられやすくしています。そのため、濁った流域ではヨコエビが魚類によく食べられていると言う結果が出ても、よく食べられる原因が濁りによるものか、鉤頭虫による操作が原因なのか分からないと言うことがおこります。ハリガネムシも同様に宿主を操作することで渓流における特殊な食う食われるの関係をつくっています。これまで考えられていた生態系は寄生虫によって作られているものも多いのかもしれません。

参考文献

Kochmann, J., Laier, M., Klimpel, S., Wick, A., Kunkel, U., Oehlmann, J., & Jourdan, J. (2023). Infection with acanthocephalans increases tolerance of Gammarus roeselii (Crustacea: Amphipoda) to pyrethroid insecticide deltamethrin. Environmental Science and Pollution Research, 1-14.



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