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空飛ぶ線虫

中学生のころ寄生虫に興味を持ったものの、専門書を手に入れられず藤田紘一郎先生の「笑うカイチュウ」や「空飛ぶ寄生虫」を読みあさっていました。まあ、エッセイですのでタイトルも比喩なわけですが、先日Twitterで本当に空を飛ぶ線虫がいたという話が話題になっていました。勉強不足(特に物理)で、うまく説明できていませんが、面白かったので紹介します。

何の論文?

論文のタイトルは、「Caenorhabditis elegans transfers across a gap under an electric field as dispersal behavior(邦題:線虫C. elegansが電場を利用して宙を飛び、集団で昆虫に飛び乗り拡散する)」です。線虫が電場を利用して空を飛ぶことがメインのようになっていますが、重要なことは生物の相互作用です。相互作用の具体例を挙げると、食う食われる・共生・寄生があります。また、解像度の高い視覚の獲得や見つからないようにする擬態なども相互作用にあたります。このような視覚的な相互作用や、においなどで他の動物を引き寄せる化学的な相互作用のほかにも、電気的な相互作用もあります。電気的な相互作用は、生き物が筋肉を動かす際などに体に流れる微弱な電流を感じて、餌を探しているカモノハシが有名です。多くの魚類でも同様のことが行われているようですが、陸上の生物でも行われています。特にハチの仲間は有名で、マルハナバチは植物が発する微弱な電気を感知することができ、ミツバチは巣の中での個体間の情報伝達に電荷を利用しています。

本日の主役

この論文の主役は、カエノラブディティス・エレガンスCaenorhabditis elegans)です。学名だと長いので、よくC. elegansと呼ばれることから、今後はこのように表記します。この生物は、線形動物門に属するいわゆる”センチュウ”とよばれる動物です。これまで私が紹介した”センチュウ”は、アニサキスなどの寄生性の線虫でしたが、C. elegansは他の動物に寄生せずに生きている自由生活性の線虫です。この論文では、このC. elegansが電場を利用して昆虫にとびついて別の場所に移動し、生息範囲を広げていることについて書かれています。このこと自体もすごい発見なのですが、この研究で重要になってくるのは、C. elegansがモデル生物であるということです。

きっかけは偶然に

C. elegansが電場を利用していることに著者らが気づいたのは、培養中のC. elegansがエサのドッグフードから消えて、近くにあるシャーレのふたに移動している現象が研究室あったためです。研究チームの中で議論を重ねた結果、帯電したシャーレにC. elegansが引き寄せられているという結論になり、実証するための実験を行ったようです。論文によると、C. elegansの跳躍を誘発するのに必要な電場の強さと跳躍の頻度を確認するための装置を用いて、電場下でC. elegansが跳躍するという仮説が正しいかを確かめました。結論を言えば、この装置でC. elegansが電場下で跳躍することが正しいと示唆されるのですが、詳細は割愛します。

これは、ウリ坊の腸管にいた線虫です。自由生活性の線虫の標本はありません。

自然界では?

次に、この電場によりC. elegansが跳躍する現象が自然界でも起きているのかを調べています。使用しているのは、先述したマルハナバチです。セイタカアワダチソウでマルハナバチを帯電させて近づけたところ、1.26±0.46 mmまで寄ったところで、C. elegansは跳躍しました。マルハナバチに付着したC. elegansは、30分以上ハチの体の上で生きていたようです。また、80個体のC. elegansのかたまりが飛びついたことも書かれていました。

何がすごいの?

ダーウィンによると、動物の分散が種の進化と生息域の拡大に決定的な影響を与えています。すなわち、現在、いろんな地域に多様な動物が生息していますが、その理由を知るためにはどのように移動しているのかという動物の分散がわかっていないといけません。大きな動物であれば、ロガーなどの目印をつけて跡をたどることで調べることができますが、今回の線虫のように小さな動物の場合は、調べる方法がありません。理論的に説明されていることはありますが、今回のように思わぬ方法で移動しているかもしれないので、実際のところはわかりません。今回の論文には続きがあるそうなのですが、私が専門にしている寄生虫なども私たちが考えつかないような形で移動しているかもしれません。
もう1つは、今回モデル生物であるC. elegansが主役になっていることです。電気の作用を利用して移動などを行う生物は他にもいます。また、線虫は電気刺激を感知できることも知られており、高校の研究などで、線虫に電気的な刺激を与えてストレス条件下での行動の変化を見るというものがあります。この電気刺激の感知の遺伝子に欠損をもつ線虫は、野生型(遺伝子に問題のない線虫)に比べて、この論文と同様の実験を行なっても跳躍頻度が低いことがわかっています。
これらの動物とC. elegansとの違いは、C. elegansは行動と神経活動、遺伝子の関係を研究する遺伝学的手法が確立されています。つまり、今回の電場下での跳躍に関わっている遺伝子を調べることができ、線虫をはじめ多くの微小生物と自然界で発生している電場との関係がわかるようになります

この論文をちゃんと説明するには、もうちょっと勉強する必要がありそうです。時間ができたら、引用文献をいくらか読んでみようと思います。4部作らしいので。

参考文献

https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00674-7



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