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種類の多い単生類 その2

私が専門としている単生類は残念ながらメジャーな生き物とは言えません。しかし、魚を中心とした食文化をもつ日本においては、単生類は切っても切り離せない動物です。地球には色んな生物がいるということだけでも知ってもらいたいと思い、再び単生類という動物について紹介しようと思います。

今度は単後吸盤類

前回の記事でも説明しましたが、単生類は体の後部にある吸盤の種類で大きく2つに分かれます。体の後端に大きな吸盤と鉤をもつ単後吸盤亜綱把握器と呼ばれる小さな吸盤を複数もつ多後吸盤亜綱です。今回は、ハダムシという単後吸盤亜綱に属する単生類についてです。体表についているうねうねした虫はとりあえずハダムシと呼ばれています。この記事で扱うハダムシは、ハダムシ科(Capsalidae)に属する単生類のことで、世界で64属報告されています(種類は多過ぎたので数えるのをやめました)。日本では16属40種が確認されており、日本だけでも2020年以降に8種類の新種が見つかっています。

キツネメバルのエラから出てきたカプサラ科の単生類です。エラから出てくることもあります。また、表紙の単生類のように生きている単生類には色はついていません。

ハダムシの基本

単生類は魚の体表に寄生する外部寄生虫とよばれる動物です。そのため、最も特徴的な体の構造としては吸盤になります。まず、体の前方に1対の吸盤がネズミの耳のようについており、後方に大きな吸盤が1つついています。この後ろの吸盤にある鉤の数や形が、単後吸盤類の種類を見分ける手段になっています。また、雌雄同体で1個体の体の中に精巣と卵巣をもっています。そのため、交尾のために異性を探す必要がないため一気に繁殖することができ、後述する魚病の原因にもなっています。
単生類の卵は成虫の体から放出されると近くを泳ぐ魚の体表に付着して、孵化します。単生類の卵は、魚の体表(場合によってはエラ)に引っ付きやすいように、フィラメントとよばれる紐のようなものが卵から生えています。孵化した単生類は、オンコミラシジウムと呼ばれる幼虫になり、水温によって異なるようですが、だいたい2週間前後?で成虫になるようです。ここまで詳しくわかっているのも、ハダムシが魚病の原因となっているためというのが大きな理由です。

単生類の卵。ただ、これは多後吸盤類の単生類の卵です。どちらも卵の構造は似ています。

魚病の原因

ハダムシによる魚への被害は主に養殖場で起こっています。ハダムシの寄生を受けた魚は餌を食べなくなり体があまり大きくなりません。ハダムシの寄生数が多い場合は死亡することがあります。他にも、泳いでいる時に体を岩や杭に擦り付けてハダムシをはがそうとするため、頭部や体側が損傷して、筋肉が露出することがあるそうです。筋肉が露出するとそこから細菌が侵入することで炎症を引き起こすことがあるようです。
ハダムシによる魚病は、ブリの養殖が産業化した1950年代から問題になっています。最初は、ブリの養殖場で大量発生して育ちが悪かったり、大量に死亡したりということしか報告されていなかったようですが、しだいに瀬戸内海に面する県の養殖場や水族館からも報告されるようになりました。最初は有効な駆虫法はなかったのですが、淡水浴による駆虫生簀の汚れを防ぐ有機スズが功をそうしてハダムシの被害が一時的におさまりました。しかし、有機スズの使用中止や90年代に中国産カンパチと共に日本に侵入したハダムシ(Neobenedenia girelae)によって、再び被害が深刻化することになりました。
現在は、淡水浴をはじめとして魚種に応じた薬品の投与などで大量発生を防いでいるようです。また、フィラメントをもつ単生類の卵は魚の体表以外にも生簀の網に付着することもあるため、網の天日干しなどもハダムシ発生を抑えるための手段として検討されているようです。他にも、ブリの皮膚から分泌されているレクチンにハダムシに対する抵抗性があることが示唆され、それに関わるブリの遺伝子が明らかになっているようです。

バショウカジキのエラに寄生していたカプサラ科単生類。1cmくらいあり、かなり大型の単生類です。ちなみに、発見は1894年です。

分類も重要

漁業関係者にとってはなじみのあるハダムシですが、漁業関係者でなければ釣った魚の体表にうねうねしたものがついているくらいの認識しかないと思います。では、専門家はハダムシについてきちんとわかっているかと言えばそうとも言えません。日本でハダムシ科の単生類が初めて報告されたのは、1890年代です。1930年に山口左仲博士が兵庫県垂水産の天然ヒラマサから見つけていますが、実は山口博士がヒラマサを入手したという夏に瀬戸内海でヒラマサが取れた記録はなく、カンパチと間違えていたのではないかと言われています。
また、ハダムシの学名も次から次へと変わっています。私は大学院にいる時にメバル3種に寄生しているハダムシの分類もおこなったのですが、Epibdella sebastodisBenedenia sebastodisMenziesia sebastodisと変化していました。このように変化した理由としては、種類を後部の吸盤にある鉤や生殖器の形というわずかな違いで区別しているためです。Benedenia属とMenziesia属の違いは、10μm(1mmの100分の1)にも満たない陰茎の形で、2000年に入ってからオーストリアの研究者が発見しました。現在は、DNAを使って識別する方法が議論されていますが、単生類の形態による分類とDNA解析の両方ができる研究者が少なく、なかなか進んでいないのが現状のようです。

メバルのエラに寄生しているMenziesia sebastodis。カーミンで染色しているためピンク色になっています。
魚病の原因として報告されることもあるマハタハダムシです。

参考文献

Ogawa, K., & Shirakashi, S. (2017). Skin fluke infection of cultured marine fish. Gyobyo Kenkyu= Fish Pathology, 52(4), 186-190.


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