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親子で過ごす時間は有限

今日は保育園の入園式だった。

コロナの影響で、例年よりも規模は小さく、マスク必須での参加だったが、入園式は入園式。息子の門出を祝い、私の心は存分に盛り上がった。

膝に子供を乗せた状態で、保護者たちが小さなイスに座って並び、自分の子供の名前が読み上げられたら、ハイと返事をして起立する。下は0歳児、上は2歳児クラスまでの合同入園式なので、子供達の中には、自分で返事ができる子もいた。大勢の前で、素晴らしい。2歳児がこんなに大人に見える日がくるなんて。

息子はといえば、0歳児クラス、おはな組。

緊張からか、参加した誰よりも先に泣き始め、迷惑になってはと退席しようとしたその時に、名前を呼ばれてしまった。皆さま優しい方々で、笑ってくれたから良かったけれど、私にとっては冷や汗もの。ハタから見たら微笑ましいことでも、真っ只中に立たされるとパニックになるのも、育児あるあるなのかもしれない。

園長先生のありがたいお話も聞けて、無事に入園式が終わってからは、別の部屋に子供を預けての、保護者説明会。

予想はしていたが、案の定、担任の先生に預ける時に息子は大号泣をかましていた。ただ、そこは先生、さすがプロ。息子が急に可哀想に見えてオロオロする私と夫に、「あ、もう大丈夫です。行ってきてください」とクールなお言葉をくださった。しぶしぶ廊下に出て、再び広いホールへ戻る、私たち。

息子と一緒にいる時間は有限なのだと、改めて思い知らされた。育休中は、朝から晩まで、泣いても笑っても側にいるから、忘れがちだけれど、親子で過ごす時間は、考えてみればかなり貴重だ。

私があれやこれや面倒を見れるのは、息子の人生100年のうち、たったの20年程度。ベタベタできるのは、あと数年。

寂しがっていても仕方がないので、今、この瞬間をとにかく大事にしようと思うのだ。今できることは、今、全力で。後になって、まだ足りないと思春期の息子にスキンシップを迫っても、うざがられるのは目に見えている。

園長先生も、「平日に仕事を休める時は、出来るだけ保育園を休ませて、親子で過ごしてくださいね。親にとっても、子供にとっても、貴重です」と言っていた。いざその時が来たら、息子を預けて美容院に行ったりしたくもなるのだろうが、まだ保育園1日目(しかもまだ復職すらしていない)の余裕もあり、この言葉は心に響いた。

息子の保育園生活は、スタートを切ったばかり。まだまだこれから。

家族以外で、息子がはじめて所属するコミュニティが、素敵なものでありますように。そう願わずにはいられない。

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