国境を越える

暑さで目を覚ました。昨晩、寒気がしたので、長袖のパーカーを着込み、部屋の空調を止めてから寝たせいだ。朝8時だった。計算すると11時間も眠っていたことになるが、疲れはほとんど取れた気がしなかった。その代わり、体調は良くなっていた。これは大体何にでも効くからと言って買ってもらった葛根湯。何にでも効くかどうかは置いておいて、今回は助けられた。窓からは陽の光が差し込み、唸るような町の喧騒が聞こえて来た。今日も長い1日になりそうな予感がした。

チェックアウトして町を歩く。セブンイレブンで水を買ってから外に出ると、近くにトゥクトゥクがいたので、カンボジアに行きたいと言ってから乗車した。


↑アランヤプラテートの朝。せわしなく行き交いする車とバイクを尻目に、この町で唯一の(かはわからないが)セブンイレブンを目指す。


20分くらいで国境に到着した。到着するやいなや、まだトゥクトゥクも完全に停止していないうちから、何やらビザ、ビザと言って追いかけて来る人達。ビザ申請の代行で商売をしているのだとすぐに見当がついた。降りるとすぐに、「カモン!」、「ビザ!」、「スタンプ!」、「ゴートゥーカンボディア!!」とたたみかけてくる。値段を聞くと1500バーツ。事前に調べていた値段より少し高い。シー ユー レイターといって離れる。少し歩いていると濃い水色のポロシャツを着た男が、「オー、フレンド、フレンド!」と近づいてくる。友達になった覚えは一切無かったが、今度は1200バーツだった。少し歩いただけで300バーツも下がった。良くも悪くも、こういうことがあるから旅はおもしろい。

写真は持っているのかと訊いてくる。どうやらビザ申請には、証明写真が2枚必要らしい。日本から少しは持って来ていたが、どうせ今後も必要になるだろうからと思い、撮ってもらうことにした。6枚で150バーツらしい。それが高いのか安いのかを考えるのがもう既に面倒になっていたので、二つ返事でお願いした。


↑素晴らしい手際の良さで証明写真をスピード作成してくれた、ハイパークリエイター。


満を持して、ビザ申請をお願いしようとすると、バイクで10分くらいのところへ行ってやってくるから、パスポートを預けてくれと言う。しかも代金は先払いだと言い張る。先払いなのは別に良いが、パスポートを預けなければならないのが怖過ぎる。男のことを信じることができなかった。ソーリー アイ キャント。少し離れたところまで歩き、やりとりに疲れたので座って休憩していると、また水色のポロシャツの男が近づいてくる。何やらカバンから社員証のようなものを取り出して見せてきて、これを持っておけと言う。要は、これで俺を信じてくれという意味らしい。毎日やっていることだから大丈夫さと言う。男の必死さに、信じても良いかもしれないと思い始めた。少し悩んだがお願いすることにした。アイ トラスト ユー。

十五分くらいして、男が戻ってきた。額に汗をかき少し息を切らせていた。嬉しそうに、パスポートのビザが貼られたページを見せてくれた。「どうだ、わかっただろう!俺は、仕事人なのさ!」と言わんばかりの満面の笑み。信じることができず、疑ってしまった自分の心を深く恥じた。よく見るとその男は、綺麗な瞳をしていた。


↑社員証。スーツだとちゃんとして見える。結果、めっちゃいいやつだった。


パスポートコントロールに向かう。タイ人は一階、外国人は二階へと分けられる。たぶんここに並んでいる大半はカンボジア人だろうと推測した。当たり前だが、タイ人とは顔つきが違う。西洋人は2、3人、日本人と思われる人は1人しかいなかった。

パスポートコントロールを抜け、タイなのかカンボジアなのかどちらかよく分からないエリアを歩く。小さな川があり、そこに架かった橋の上では、まだ小さい赤ん坊を抱えた女性や、片足義足の老人が物乞いをしていた。目を背けることしかできなかった。ここで向き合ってしまうと、この先ずっと僕は、物乞いに与えるべきか否かという問題と対峙しながら旅を続けて行かなければならないだろう。一気に治安が悪くなったのを肌で感じた。後から調べてみると、その川は、実質的な国境と位置付けてられているらしかった。目には見えなかったが、そこには確実に境界が存在していたのだ。日本の中だけで生活している限り、全く意識することのなかった「国境」という絶対的な存在は、既に僕の頭の中を支配し始めていた。国境とは本来、どうあるべきなのだろうか。本来、どんな意味を持つものでなくてはならないのか。今の僕には明確な答えを見つけることができなかったし、世の中にそれがあるのかもわからなかった。この旅が一段落つく頃には、僕の頭の中の国境は、どんな風に姿を変えているだろうか。想像しただけで、意識が遠のいていきそうだった。


↑国境に架かる橋。渡ってから撮ったので、写真で見えるのはタイ側の方。この橋から一気に空気が変わったような気がした。


橋を渡るとすぐに、怪しげな男が話しかけてきた。お決まりになってきたホエア アー ユー ゴーイング。シェムリアップに行きたいんだと伝えると、バス?タクシー?と訊かれたので、バスと応えた。とりあえずバーツをカンボジアの通貨に両替しておきたかったので、近くの酒やタバコを売っている免税店のようなところでしてもらった。1000バーツが123000リエルになった。覚悟はしていたが、日本円の単位の感覚は通用しない。両替をしてもらっている最中、男に、ズボンの後ろポケットに携帯電話を入れていたのを注意された。この辺りは危ないから前のポケットに入れておけと忠告してくれた。殺気立った空気が漂う辺境の地で、束の間のオアシスを見つけたような気がした。

それから男に連れられて、カンボジア側のイミグレーションに行き、入国カードを記入し、パスポートにスタンプを押してもらった。そこを通らなくても外に出れてしまう作りになっているくらい、入国管理が緩い。うっかり通るのを忘れてしまう人もいるのではないかと心配になるくらいだった。

バスに乗った。男に、500バーツとチップで20バーツを手渡した。かなりしっかりしている大型バスだった。中には既にほぼ満員の客が乗車しており、その九割以上が西洋人だった。パスポートコントロールには、ほとんどいなかったのになぜだろうと不思議に思った。しばらくすると、添乗員の男が、乗客全員分のパスポートを持ってバスに戻ってきた。どうやらこの人達は、バンコクから、シェムリアップ直行のバスに乗って来たようだった。

カンボジア側の国境の町ポイペトからシェムリアップまでは、二時間半くらいかかるらしいが、綺麗で空調もしっかりしているので快適な時間を過ごせそうだった。シェムリアップは、どんなところなんだろう。まだ見ぬ景色に想像を膨らませる僕を乗せてバスが出発した。


↑添乗員、爆睡。めっちゃ英語喋れるところは、尊敬。


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hiroyuki fukuda


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