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自分にとって都合がよいことを「優しい」と呼ぶ


2023年3月9日(木)朝の6:00になりました。

やさしい歌が好きで。ああ、あなたにも聴かせたい。

どうも、高倉大希です。




Q.好きなタイプは?

A.優しい人です!


有無を言わさずに奢ってくれる人。

わがままを聞いてくれる人。

相談に耳を傾けてくれる人。


わたしたちは、自分にとって都合がよいことを「優しい」と呼びがちです。


やさし・い【優しい】
[形][文]やさ・し[シク]
1 姿・ようすなどが優美である。上品で美しい。
2 他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。
3 性質がすなおでしとやかである。穏和で、好ましい感じである。
4 悪い影響を与えない。刺激が少ない。
5 身がやせ細るような思いである。ひけめを感じる。恥ずかしい。
6 控え目に振る舞い、つつましやかである。
7 殊勝である。けなげである。りっぱである。

小学館「デジタル大辞泉」より


その特徴は、学校の先生に対する子どもたちの評価に、顕著に表れます。

子どもたちの言う「優しい先生」とは、すなわち「怒らない先生」を指します。


授業中にしゃべっていても、怒らない。

宿題を出さなくても、怒らない。


あの人は「優しい先生」だ。

子どもたちは、そう言います。



基本的に思考というものは、自動的に都合がよい方へと流れていきます。

聞きたい話は聞こえるけれど、聞きたくない話は聞こえなくなっていきます。


決して、その人がバカだからそうなるというわけではありません。

わたしたちが人間である限り、自動的にそうなってしまうのです。


特に「教育」という世界については、日本では多くの場合、「目標」は「人格の完成」のように哲学的で曖昧なものであり、「手段」は「意識改革」や「とにかくガンバルこと」のように精神主義的で非合理目的的であり、仲間のメンツをつぶしかねない「評価」はそれ自身が巧妙に回避される傾向があるようです。

岡本薫(2001)『教育論議を「かみ合わせる」ための35のカギ』明治図書


そんな「都合がよいこと」には「よい言葉」が割り当てられます。

「優しい」とか、「自分らしい」とか。

「個性」とか、「ウェルビーイング」とか。


上記の言葉がわるいと言っているわけではありません。

「我々の思考は、自動的に都合がよい方へと流れていってしまう」ということを前提に考えなければならないという話です。


そうしなければ、せっかくの「よい言葉」が、個人の都合を守るためだけに消費されてしまいます。

そして、大量に廃棄された「優しい」によって、本当の「優しい」を見失ってしまいます。





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