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見えなかった社会の影 2

※ 時代に合っていない言葉などが出てきます。しかし、今の私があるのも、この時代や人々のお陰です。既に遠い昔に他界した方もおり、追悼と感謝の意と共に、読んで下さった方の心にとまり、役立てて頂ければと願ってます。

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※ 「いじめ」に関して残しますが、当時の役職などは個人を傷つけるため別の言葉で表します。また、全く責めません。それが、なぜか?宜しかったら、最後まで読んでいただけると幸いです。今、問題の子供の虐待(解決?助け?)にも繋がると思います。

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先人たちが残しています。子は鎹(かすがい)。子供を見ると親のうけた教育(考え・育ち)が見えてくる、その家の家庭環境が見えてくる。子育て中の親の精神年齢は、子供の精神年齢と似ているところがある。夫または妻の精神状態は、伴侶(子供)の精神状態を表している。

過酷な40代を経て、上記の言葉の意味を改めて深く考えるようになり、私に対する人々の精神状態をなるべく感じ接するようにしています。

この切っ掛けを作ったのが、小学三年の夏から中学3年卒業までに受けた自殺を考えるまでの「いじめ」の中で起きたこと(当時の周りの大人たちの言動・行動)が、現在の私の経験と繋がりだしたからです。

いじめによる子供の自殺のたびに胸を痛めます。理由は、必ず批判される人=人々・組織があるからです。火元は、そこではないでしょっとね。

私の思い違いであったらいいのですが、「いじめ」に対する子供たちには「大きな共通点」があるように思います。それも一つ。

それは、いじめを受けた私に対しての当時の大人たちの言動にも表れています(次回より、この言動も含め伝えます)。

大きな共通点。それは・・・

※ 子供に対する大人・・・特に、親=家族が生活や気持ちに、あまりか全く余裕の持てない働き盛り年齢=世代である。