さよならを浮かべた空
小説1
「今日も綺麗な青空だね。」
「私ね、夢を見つけたの」
「東京に出て、自分の夢を叶えに行きたい。」
僕の隣の彼女は、あまりにも輝いていた。
自分の隣には勿体無いくらい、眩しかった。
「そっか。頑張ってね」
「うん」
今の自分には、それしか言えなかった。
「ありがとう、松本くん、私頑張るね」
僕らはこうして、なんでもない日常のほとんどを同じ青空を見つめながら、同じ時間を過ごしてきた。
「松本くん、今日も空が綺麗だね」
「そうだね、なんかいいここあるといいね」
「ほんとだね。でも私はこうやって松本くんとゆっくり空を見上げてるだけで幸せ。」
「僕もだよ。」
「また明日も同じ時間にここに集合ね。」
「うん!」
同じ日常が明日もずっと続くと思ってた。
大好きなあかねちゃんが東京に夢を叶えに行くといった日、僕は気づいた。
僕はあかねちゃんのことが大好きだった。
今まではあかねちゃんと見上げる空が当たり前で、大人になってもこうして変わらぬ青空を見上げていると思っていた。
でもあたり前じゃなかった。
別れは突然知らされたのだ。
こんなことなら、もっとあかねちゃんといろんなとこに遊びに行けばよかった。
大好きと伝えればよかった。
当たり前じゃなくなって気づいたこの気持ち。
僕は自分なりにちゃんと伝えたかった。
でも今のぼくには恥ずかしくてそれができなかった。
「あかねちゃん、いっちゃうんだね。」
「うん。松本くん、元気でね。私東京で頑張るから。」
「うん。僕も頑張るよ。ちょっと寂しいけどさ、またいつか、すぐ会えるよね。」
「もちろん!東京で頑張って夢叶えて、いつか松本くんに報告に来たいと思ってる。」
「嬉しいな。僕、待ってるね。それまで、僕も頑張らなくちゃ。」
行ってしまった。
一瞬の出来事だった。
優しい笑顔をみせて僕に大きく手を振るあかねちゃんの背中は少し僕より大人に見えた。
僕より少し大人に見えたあかねちゃんは、もう一度振り返ることはなく、そのまま真っ直ぐ東京へと向かっていった。
そして僕は大人になった。
あかねちゃんと僕は同い年。
僕の大好きなあかねちゃんも今、どこかで大人やっているんだろう。
ふと空を見上げた。
青空だった。
あかねちゃんと見上げた青空と同じくらい綺麗に晴れていた。
でも何かが足りない気がした。
綺麗に晴れているのに、どこか悲しく見えた。
空が泣いているように見えた。
あれから10年が経った。
僕は今も変わらぬ故郷で日々働いてる。
あかねちゃんは昔から僕よりずっと大人だった。
僕と青い空をただ見上げていたあの日々の中で、早くから自分の夢を見つけて、一人東京に出たのであった。
あかねちゃんに比べてきっとまだまだ未熟な僕は、この10年、自分のことで精一杯だった。
それでも、あかねちゃんのことを忘れた日は1日もなかった。
何年経っても、たとえ遠く離れてしまっても、やっぱり僕にはあかねちゃんが一番だった。
今どうしているのだろうか。
今ならちゃんと伝えられる気がする。
「あかねちゃんにちゃんと連絡してみよう。
そして今度こそ気持ちをちゃんと、直接伝えるんだ。」
10年の時を超えて、この変わらなかった想いを今度こそ直接会いに行って自分の口から伝えようと思った。
あの日、あかねちゃんから夢を叶えに行く場所を教えてもらっていた。
10年越しに戸棚から引き出したあかねちゃんからの手紙には、しっかりとそのば場所が書かれていた。
「行こう。」
迷うことはなかった。
これを逃したら、もうずっと会えない気がした。
そして、僕は初めてあかねちゃんのいる東京に一人で会いに行った。
東京は眩しかった。僕がこの10年いた故郷とはまるで違う、キラキラ眩しい街だった。
ここであかねちゃんは夢に向かって頑張っていたのか。
勝手に、あかねちゃんはほんとに遠くに行ってしまったという感じがした。
「やっと着いた。」
東京になれない僕は、わからない電車をたくさん乗り継いで、やっとあかねちゃんがいるという場所に着いた。
「やっと会えるんだね。」
着いた。
でもそこには、空っぽの新しい家があった。
「おかしいな。ここにいるはずなんだけど、今は留守かな。」
あかねちゃんは、もうそこにはいなかった。
1年前に、夢を叶え、そして結婚し、この場所から引っ越したという。
「嘘だ。あかねちゃんがここにいるって書いてくれたから、僕頑張ってここまできたのに」
あかねちゃんは本当に遠くに行ってしまったんだ。
今の僕は、あの日東京に出ると別れを告げられた日の僕よりもずっと、悲しくて寂しかった。
自分が情けなかった。
帰ってきた。
いつもの空を見上げる。
青空だった。
信じられないくらい綺麗ですんでいた。
僕の心みたいだと思った。
どこまでも透き通っていて、空っぽだった。
青空の下、ただただ時間だけが過ぎていった。
青空がもうすぐ夕空に変わろうとしていた頃、ふと僕は叫んだ。
「あかねちゃん」
「なに松本くん」
「今日も空が綺麗だね」
「そうだね松本くん」
どこまでも青い空。
見上げる度、君との夢のような日々を思い出す。
君とただ空を見上げたあの日々は、間違いなく僕にとって夢だった。
あの日以上に、今ならそのかけがえのなさがよく分かる。
青い空を見上げれば、いつでもあかねちゃんと会えるようなきがしていた。
青ければ青いほど、僕にはあかねちゃんが近くに感じられた。
でも今は違った。
青ければ青いほどにどこまでも遠く感じるその空には、僕の今までの諦めとか、不安とか、愛おしい気持ち、全部の気持ちが見透かされていたような気がした。
あかねちゃんは、こんなどうしようもない僕をこの空の向こう側から全て見透かしていたのだろうか。
やっぱり、いつまでも子供なのは僕だけだった。
「ありがとう、あかねちゃん。
僕は君が大好きだ。
忘れてないかな、僕と一緒に毎日見上げたこの青空。
一瞬でも、覚えててくれたら嬉しいな。
僕には、もう少し時間が必要みたい。」
今日も一人、この青い空を見上げる。
「あかねちゃん」
「なに松本くん」
あかねちゃんの声が聞こえた気がした。
隣にあかねちゃんはいない。
でも確かに、あかねちゃんと僕はこの青い空に生きていた。
さよならなんて言えない。
でも、ちゃんと言わなくちゃいけない。
「さようなら」
さよならのむこう側にあかねちゃんがいるのなら、僕はもうそれだけでよかった。
そう、今日も空を見上げる僕の顔は泣き顔だった。
Fin.
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