キス・オブ・ザ・ドラゴン

1 先日行われたWNO22では、ミカ・ガルヴァオンやニック・ロドリゲスの試合に注目が集まっていたが、個人的にはジエゴ・パトとダンテ・レオンの試合が一番強く印象に残った。

1:53:55~なお、今回のWNOは全試合無料で公開されているので、アメリカのプログラップリングシーンに興味のある方は是非視聴される事を勧める。

 ダンテ・レオンは、誰がどういう基準で選んだのかよく分からないが、昨年のグラップリング界における「パウンド・フォー・パウンド」の選手である(注1)。

注1)


 そして、対戦相手のジエゴ・パトも、この記事の中で「パウンド・フォー・パウンド」の次点の選手に含まれている。
 
 試合結果に興味のある方は直接動画を見て欲しいが、ジエゴ・パトがダンテ・レオンの足にDRL(デラヒーバ)やRDLR(リバース・デラヒーバ)フックを掛けて、下からプレッシャーを与え続けているのを見ていると、私がダンテなら足関節が怖くて裸足で逃げ出したくなる。

 この試合を視聴後、「そういえば、コロナ禍に入った直後にDIGITSUから無料で配布されていた教則の中にJason Rauのリバース・デラヒーバが入っていたな」と思い出して、初めてこれを開いて見たのである。

2 私の場合、「オープンガード」はいわゆる「片襟片袖」と「バタフライガード」(「Xガード」を含む)しか出来ないので、RDLRに捕まる事はあっても、使ったことがない。
 Jason Rauの教則では、イントロの後に「バックテイク」が紹介されている。BJJを練習している方に馴染みのある呼称を使うと要するに「キス・オブ・ザ・ドラゴン」である。
 
 最近稽古を続けていても伸びが今一つだし、たまには目先を変えてRDLRのテクニックでもやってみるか・・・くらいの軽い気持ちで打ち込みをしたが、股関節が固くてまともにRDLRフックが掛からない。そして、フックを掛けて肩回転しようと思っても、全く回らない。というか、回り方が分からない。
 ジョン・ダナハー曰く「一つのテクニック(move)は、それを構成するいくつかの動作(movement)から成り立っており、moveの上達のためには、movementをドリルしてその習熟度を上げる事が必要だ」そうである。

 「RDLRからのバックテイク」こと「キス・オブ・ザ・ドラゴン」に関しても同じで、もし「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を習得したければ、まずはこのテクニックを再現するのに不可欠なmovementであるところの、(次の動画で紹介されている)「ショルダーロール(横)」が出来るようになる必要がある。

 実はこの「ショルダーロール(横)」は、 Self Mastery: Solo BJJ Training Drills では扱われていない。vol.2の27:55~の「Rolling」の中の冒頭に、ガードリテンションに必須のスキルとして「Shoulder Roll」が紹介されているが、このmovementは厳密には「ショルダーロール(横)」と同じではない。
 したがって、ジョン・ダナハー(とヘンリー・エイキンス)の「ソロドリル」教則で扱われているmovementしかやった事のない(=「ショルダーロール(横)」のドリルをやった経験のない)私が「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を出来なくても当然だろう。

3 私が「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を覚えるかどうかはさておき、この「ショルダーロール(横)」は、「反対三角」や(下からの腕十字をトップが担いでディフェンスした際のカウンターになる)「ローリングアームバー」を構成するmovementとして用いられているので、今後の課題として取り組む価値はあると思っている(「反対三角」「ローリングアームバー」については、下記動画を参照)。


 「ショルダーロール(横)」の使い方について興味を持ったので、日本語で「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を紹介してるYOUTUBEの動画を3つほど見たが、そのどれも基本と応用と実践をごちゃまぜにしていた。
 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」が出来るようになるためには、まず「ショルダーロール(横)」を覚える事が必要であるという話は(私が見た動画に限るが)ひとつもなく、相手は「キス・オブ・ザ・ドラゴン」をスパーリングや試合ではこう防いでくるから、それに対する対処法として・・・という話がメインになっている。

 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」は、これまで私が全く取り組んだ事のないテクニックだから余計にそう感じたのだろうが、日本語のYOUTUBE動画は、テクニックを覚えるのに非常に効率が悪い。
 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を例に取れば、まず「ショルダーロール(横)」のやり方を教え、動かない相手の股下に潜るには何処を工夫すればよいか、あとは、せいぜい後ろに着いた時のバックの取り方。「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を初めて覚えよう(たい)と思っている人にとって、必要十分な情報はそれだけだろう。相手が動いてきた時の対処法は、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を打ち込みで再現できるようになった後の話で、そうした応用ないし実践の話をするからYOUTUBEでテクニックを覚えようとする人をいたずらに混乱させてしまう結果になっている。

 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を覚えるなら、これくらいシンプルな動画の方が初心者にとっては分かりやすいと思う。ただでさえBJJは情報過多なのだから、それを整理してシンプルに提示する事が優れたインストラクションなのではないだろうか?
 
4 話をWNOに戻すと、ジエゴ・パトは今年大ブレイクする気配がある。去年黒帯になったばかりのようだが、タイムアップまで終始足を狙いつつ、相手がミスすれば一発で足を持っていき、相手がジエゴのアタックを防いでいるといつの間にかジエゴの方にポイントが積み上がっている。


 足の取り方は、ダナハーともクレイグ・ジョーンズやマイキー・ムスメシとも違う。AOJと聞くとモダン柔術の印象が強かったが、コール・アバテを始め、チームとしてノーギ・グラップリングにもきちっと対応してきているのだろう。

 コロナ過以降、柔術の重心がブラジルから一気にアメリカに移った感があるが、柔術というマイナースポーツひとつを取り上げてみても、アメリカの文化吸収(「搾取」と言い換えた方がいいのだろうか?)力は世界でも飛び抜けて高いと思う。少なくとも、WNOを超えるイベントがアメリカ以外で開催される事は考えにくいし、ムンジアル(柔術世界選手権)やADCCも今やアメリカで開催されている。もちろん、そうした文化吸収力は、アメリカの経済力あってこそだが、アメリカが世界の警察官たる地位を降りた今となっても、やはり世界に冠たる超大国である事に変わりはない。
 もし、アメリカに凋落の気配が見られるとしたら、トランプが再び大統領になる時ではない。ムンジアルやADCCがアメリカ以外で開催されるようになる時だと私は考えている。

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