やはり何かがおかしい

201X年10月17日
今日の彼の靴紐がおかしい。
ただおかしいのではない、結び目の輪っかよりも2倍ほど紐先が長い。
どうして長いのかわからないが、その長さは尋常ではなかった。あまりにも長過ぎて聞くのが恐ろしいくらいだった。それ以外に変わった様子はないのがまた奇妙でもあった。久しぶりの再会を喜んでいるわたしは、街をデートしている途中から気がきでならなくなった。

それでもわたしは、うちにある彼に対して向けられていた好意と刻まれた鋭利で尖ったナイフのようなものの向きが変わったことには気づいていなかった。ほんの少しではあるが、靴紐以外に彼の行動には少しだけ変化があった。車道側を歩くということから始まり、ありふれた優しさと気遣いが増えた、増えたというより元々あった彼の誠実さにわたしが気づいた。
「ねえ、靴紐長いけど自分で踏まないの?」と勇気を出して訊いた。喫茶店に入りキャラメルマキアートで急激に乾いた口の中を湿らせる。
彼は「あ、気づかなかったよ」とすんなり靴紐を結び直した。うそだ、気づいていないはずがない。けどそんなうっかりな彼の一面に彼女はほっとして、笑みをこぼしてみせた。
それからわたしは静かに意識は彼を受け入れ始めた。
もう気にするところは何もないと彼女は彼の手を握った。ディナーを終えた頃、彼女から誘い、初めての夜も超えた。彼女ははればれとした気持ちでベットから起きた。彼の寝顔は愛らしく、まるで子供のような寝顔だった。起こすのが惜しいくらいだったが、優しく口づけをした。目を覚ました彼はまたやさしく彼女を包み込んだ。二人は身支度を整えエレベーターに乗った。彼女は今後のことを楽しみに思っていた。ふと下を向いて深呼吸をする。彼女はまた目には入れてしまってはいけないようなものを見たという顔をして言う。
「ねえ、また靴紐が、長いよ?」やはり彼は何かがおかしい。

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