スキゾフレニアワールド 第十話「青春ロボット」

 卒業式の日。輝は無心で涼子の居ない高校生活を想っていた。連絡が途絶えてから余年の日々が過ぎ、今此処に居る。彼女の居ない吹奏楽部の演奏も何処か儚げに聞こえて成らなかった。高校中退。支援学校入学。雨宮の半生を走馬灯の様に振り返って見る。周りを見渡せばあの時より幾分背丈も大きく成った。身も心も生育して成長して行った。自分の学生生活を振り返った輝はその器の小ささに愕然し言葉を失った。賞状筒に入れられた卒業証書は無言で彼等の背中に立ちそのゴールテープを切られるのを只待っている。見上げた三月の空は肌白くあの夏より哀しくて白い息は少し残って直ぐ消えた。
 輝は一人、校庭の前の大きな一本木の下で何か思い出作りが出来ないかと只自撮りをしていた。その光景を見ていたのか、吹奏楽部顧問の玉井先生が見兼ねて彼に話し掛けて来た。
「卒業御目出度う、小倉君」
「今日でこの景色とも見納めですね。感慨深い学生生活でした」
「これから進路はどうするの?」
「パソコンの資格あるんで、そういう系の会社に入りたいって所っス」
「そう……」
 彼等を覆う様に隙間風が拭き去る。長い沈黙を破って輝が口を開く。その全てを察知したのか、玉井先生が彼を一瞥する。
「大人になるっていうのは色々な物を背負って生きるという事よ」
「……」
「あなたの中に有る輝きを信じてみて。其れでも其れに押し潰れそうになったら……」
「……」
「もう一度原点に立ち帰るっていうのも有りかもね」
 原点。先生の助言は決して無駄には成らなかった。輝は未来を見据えて言った。
「御忠告有難う御座います」
 青春は終わった。彼の中で何かが弾けて変わり始めて居た。それを見守る様に巨大な一本木は小さな桜の蕾を風に揺らがせながら雄々しく立っていた。もう一度雨宮に会いたい。会って話がしたい。輝は消え掛けていた心の灯火にもう一度火を点けて彼女との恋を実らせたいと考えていた。最早迷いは無い。彼女も血の通った人間でありロボットでも何でも無い。彼女の傷口を全て癒やしてあげたい。有りっ丈の愛情で包んであげたい。そう思うだけなので有った。

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