サイコパス・ドラッガー #02 ドラッグ

「私だ。手筈通り入院の手続きを手配した。早急に事を頼む」

 電話を切ったロキは無精髭を掻いて溜息を付いた。此の施設で彼は群を抜いて体調が悪い。彼の事を案じたら切りが無い。様子が可怪しくなったのは数ヶ月程前。慰安旅行でスイスへ行った時の事。支援員全員が彼の目を注目していた。十代最後の思い出と銘打った旅行は最悪のケースの出来事と成る。宿泊先のホテルで突然体調を崩し投薬も儘ならない状態で意識を失った。病院へ運ばれても言語が通じず気苦労も多かった。帰省しては持病の知的障害が再発し、悪化の一途を辿る。最早天から見離された彼は病院のベッドでロキの側でこう言った。

「僕を殺して下さい」

「何を言うナギ君。君はまだ若い。希望を持て」

「僕を殺して下さい」

「日本にいる両親も君を想っているのだよ」

「僕を……」

 重かった。自閉症という持病は彼にとって重すぎだ。溢れ出る涙は世界を犯し奈落の闇へ突き落とす。ナギという少年は死の準備が出来ていた。其時である。

 突如誰かの声が耳に響いた。希望。否。東明日美という一人の女性からのテレパシーである。其れを受信した彼は心と胸の中で呟いて見た。

「君は誰? 此れは何?」

「落ち着いて。新生よ。世界は二つ出来たの。此の会話は理解出来る?」

「うん」

「其れは理解出来る?」

「其れって?」

「全てを感じて、そして思って」

「僕をどうしたいの?」

「私も障害者よ。統合失調症なの。でも毎日楽しく生きているわ」

 この会話は他の者には勿論聴こえる筈も無い。

「希望を持って。死ぬと此の世界へ往けるから」

 其処でテレパシーは途絶えた。終った。何かの回線が途切れた様に孤独に戻る。

 彼は虚空の時間を只生きることに成る。

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