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少女デブゴンへの路〈9席目〉

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(縦書きは、第四章の冒頭から始まります。ご了承ください)

  9席目 バック・トゥ・ザ・因縁


 またまたご視聴、ありがとうございます。
 前の8席目は、さあ大変、キン子、大ピンチ! キン子の運命や如何に⁉ ――パン! というところで、お開きと相成りましたが、今回はその続きでございます。
 『少女デブゴンへの路』も遂に9席目でございまして、ラスト二席目。いよいよ物語は佳境に……と言いたいところですが、その前に、前回までの中途半端な伏線ともいえない伏線回収といたしましょう。
  パパン!

 山中の空き地には、このP世界には似つかわしくない、本来あってはならない自動車が二台駐められている。しかも二台ともPTA車だ。一台はPWPの護送車と同車種のバン、もう一台は見てくれが普通乗用車であるが、個人タクシーの体裁に仕立てられている。
 その近くでは、如何にもといった風体のゴロツキ集団と妖怪じみた男女――特に女の方は全身緑タイツの奇っ怪さだ――それから、個人タクシー運転手の制帽を被った特徴のない水顔イケメンが、地面に転がった数体のむしろ巻きにされた物体を取り囲んでいた。その傍らでは、気絶したミスター・スタンが体にチェーンが巻き付いたまま、転がっていた。
 簀巻き状の物体の一つが叫んだ。
「お前、一体、3年もどこで何してたんだヨ!」
「えっ、3年? そんなに経ってねぇって! ボケたんかいアンタ」
 別の簀巻きが叫び返した。
「まさか、姐さんがタマサカ先生が探していた姪の人だったなんて」
 キン子の呟きに、隣に転がっていたパン太がコクコクと頷いた。顎に筵(むしろ)の端が当たってチクチクする。痛い。筵の先っちょのチクチク攻撃を鬱陶しそうに顔を振って避けようとするが、動けば動くほどチクチクと当たる。試行錯誤の結果、少しはマシかもと、パン太は顎を引いて筵の中に顎を埋めた。
 筵の中に顔の半分を埋めたパン太を見て、キン子は
(のり巻みたい。なるとや伊達巻きにも似てる。けど、全然おいしそうじゃない)
 なぜかとても残念な気分になった。 パン。

 話を戻そう。
 キン子とパン太は、タマサカ先生と出会ったあの日、どうしてタマサカ先生が自分たちがいたこのP世界やって来たのかと尋ねたことがある。人捜しをしていたと、タマサカ先生は言った。後日、タマサカ先生が詳しく話してくれた。3年前にPM2・5に乗って家出した姪を探していたのだ。
 タマサカ先生の姪は、タマサカ先生の妹夫婦の子である。妹夫婦が早くに亡くなったので、タマサカ先生が引き取って育てたのだ。
 PM2・5につけられたPPS―― Parallel world Positioning Systemで、このP世界にPM2・5が比較的長期間留(とど)まっていることがわかった。姪が乗って行ったPM2・5は、PPSで所在を特定して捕まえようにも、頻繁にP世界間を移動するので、なかなか捕らえられなかった。このP世界にいると行ってみれば、もう別のP世界に移動している。その移動先に急いで行っても、やっぱりもう別の所に行ってしまっている。ひと所に落ち着いていない。イタチごっこが続くばかりで、どうしたものかと困っていたのだ。
 そんなときに、PPSが何日も連続してあるP世界を示してきた。それがP連邦外もいいところの未確認P世界で、現在、一行がいる、そしてキン子とパン太が棲息していたこのP世界であったのだ。
  パン。

「何言ってるんだ、3年だヨ、3年。――あれは3年前、止めるワタシ、家に残し~、動き始めたマシン、ひとり飛び乗ったぁ♬」
 突然、歌い始めるタマササカ簀巻き。実に見事な調子っぱずれだ。
 ところでさて。この元歌を知っている人は、某P世界のおしもおされぬ中高年昭和世代です。そこでこの話を聞いているアナタも、もしかしてそうですか?  パン。

「まだ一年も経ってないだろ、盛るな!」
 姐さん簀巻きの言葉に、タマサカ簀巻きが急に冷静になった。
「やっぱりアレ、座標設定システムの具合がよくなかったか。特に時間軸」
「えっ。じゃあ本当にそっちは三年経ってんだ。道理でオジキが老けたと……」
「そんなに変わってないヨ!」
 伯父と姪のけたたましい掛け合いを聞いたイケメン運転手が
「それじゃあ、アレ、私のミスじゃなくて、もしかして最初から不具合だったの?」
 目をぱちくりさせた。それを聞いたゴッちゃん、
「えっ。そうすると、あのタクシーはPM2・5?」
 タマサカ家関係者の目が一斉にタクシーに注がれる。途端に、姐さんの額に💢――激怒マークが浮かぶ。
「てめえか! 盗んだのは!」
「盗んだなんて人聞きの悪い。アレは、落ちてたのを拾ったんです。あなた方の言うPM2・5だという証拠はあるんですか」
 運転手がすまし顔でいけしゃあしゃあと言い放った。さすがのサン&スルー犯罪者カップルも呆れ顔だ。
 タマサカ先生が姐さんを詰問する。
「何で盗まれたんだヨ」
「このP世界に着いたとき、急に腹が痛くなってさ、藪の中に籠もったんだよ。戻ってきたらPTAがなくなっていて……」
 姐さんが野糞している間に、この運転手ったら頂いちゃったんですか。
「てめえ、何であんなところにいたんだ」
 射殺さんばかりで睨みつけてくる姐さんをつーんと無視する運転手。問われて黙るのは、そこに隠しておきたい何かがある証拠である。
「このP世界の住人ってわけではなさそうだし」とタマサカ先生。
「フィッシュヘッドの一味?」とはパン太。
「いや、違うぞ」サンが即否定した。
「そもそもPM2・5がPTAだと理解できなけりゃ、動かせんし」
 ゴッちゃんの指摘に、運転手が自らネタバレした。
「ダッシュボードにマニュアルありましたもん」
「最低でも、読んで理解できるだけのP世界にいなけりゃ、マニュアルあったって、どうにもならんだろ」
 再びゴッちゃんが突っ込む。
「やっぱり、そこだ。どうして、そんなテメエがこのP世界のあんな山中にいたんだ?」
 姐さんが最初の質問に戻った。
「……最初からトランクの中に潜んでいたとか?」
 パン太が何気なく口にした。途端に、運転手の口が無音ムンクの叫びになった。図星か。
「何でトランクの中にいたんだヨ」
「どうやって入ったんだ、テメエ」
「それって、あそこのP世界、M一〇八の住人だってことか?」
「あれがPTAだって知っててのこと? それとも偶然?」
「諸国漫遊中って、P世界漫遊中ってことだったの?」
 誰が誰やら、次から次へと運転手に問いが浴びせかけられるが、彼は相変わらず、つーん。黙秘。言いたくない。知られたくない。本当に何者だ、コイツ。
「センセイは、一体、誰なの?」
 キン子の問いに、運転手にしてセンセイは、ふっと笑うと
「あるときはセンセイこと諸国漫遊中の青年、またあるときは個人タクシー運転手、しかしてその実態は……」
「野郎のキューティーハニーなんていてたまるか💢」
 タマサカ先生、横から超激怒を放った。
「でも、ハニーフラッシュでおっさんになってたことあるよな、ハニー」
 姐さんがぼそっと言う。一寸、タマサカ先生の顔から表情が消えたが
「でも、正体は野郎じゃないから」
 気を取り直して、口を尖らせた。
「キューティーハニーって何?」
 キン・パン子供コンビが顔を見合わせる。
「今度、見せてあげよう」
 アニメだよ。
「タマサカ先生っ」
 慌てるゴッちゃん。車じゃない方のPTAがどうのこうのと喚く。
「大丈夫。子供向けに、ワタシがエッチなし編集したのがあるんだヨ」
 アレ、なかなかストーリーは面白いんだよね。オープニングの出来もすごく良い。ハイセンスでスピーディーで、ワクワク感満載で……サービスHいらないだろうって常々思っていて……それがあるから逆に作品の面白さが理解されてないんじゃないかって……。
 タマサカ・センスの論評を蕩々と語り出す。今、置かれている危機的状況が頭から完全に抜け落ちているようである。
 本当にもう、そういう場合じゃないでしょ。 パン。

 腕組みをして、黙って運転手とタマサカ組の連中の会話を聞いていたサンが腕を解いた。そして、低く凄みと呆れの入り交じった声で運転手に向かって問うた。
「お前、マジで何もんだ」
「なーんか、謎の人物気取って、自己満してるだけって感じもするんだよねぇ」
 スルーが横目で運転手を見る。でも、糸目過ぎて誰も横目だとは気付かなかったが。
 運転手は何も答えない。明後日の方を見て澄ましている。
「まあ、どうでもいいけどよ。こっちの商売が邪魔されなきゃ」
 サンたちにしてみれば、そこに問題なければ彼が何者であろうが無問題である。
 だが、そうではない人たちがいる。
「おい、テメエ、誰だって聞いてんだよ! 何でPM2・5盗んだんだよ! 何でこんなことしてんだよ! 何考えてやがんだ! 答えろ、おんどりゃぁ‼」
 姐さんがぶち切れた。周囲の空気がビリビリと震えるほどの怒気がまき散らかされる。簀巻きにされている一同には、運転手の正体も目的も無問題ではない。自分たちがこんな状況に置かれる羽目になったそもそもの原因が、この運転手にしてセンセイなのだから。知る権利があるってもんだ。
 姐さんの恫喝にも、相手は相変わらずツーンとダンマリだ。カッコ良く「しかしてその実態は」なんてやってたのに、タマサカ先生に話の腰を折られちゃったしね。ちょっとふてくされ気味だ。
 いや、でも、タマサカ先生に話を折られなくても、きっと正体は明かさなかったろうと思いますよ。だって、明かしたらおもしろくないもん。
  パン。

「そう言えば『いざ、さらば』ってメモ、アレ何?」
 キン子が両親と夜逃げならぬ朝逃げするときに、センセイの部屋に残されていたメモのことを思いだした。あの変なメモは何だったのだろう。あの時も「はてな」だったが、未だに「はてな」だ。
 その時、子供探偵パン太がはっと閃いた。
「もしかして、キン子ちゃんが言ってた領民の失踪って、この人がみんなを誑かしたっていうか……ええと、銭湯じゃなくって……そう、扇動したんじゃ……」
 彼の額から、つっ……と一筋汗が流れた。あれ、またしても図星かも。 パン!

 運転手は、手の甲で汗を拭うと
「淡い初恋消えた日は、雨がしとしと降っていた」
 突然、ポエムの暗唱を始めた。まったくもって、またしても意味不明の行動だ。
「幼いわたしが胸焦し、慕い続けた人の名は――」
 そこでちらっとキン子に目を向けた。
はてな
 さっぱり意図が掴めないキン子。初鯉って、初鰹みたいなものかな。お父さんが鯉は泥臭いとかって言って食べなかったから、キン子もまだ食べたことないな。初鯉が消えたって、キャンディみたいなお魚泥棒が持ってっちゃったのかな。雨の日に。なんて考えていた。
「もう、つまんないなぁ……じゃあ」
 キン子から視線を切り取るように外すと、タマサカ先生に目を向けた。タマサカ先生は口を固く閉じツーンとする。
「知ってるでしょ、あなた」
 運転手が催促するが、
「知ってるけど、言わないヨ」
 そしてまたツーンとする。
 そこにキン子が
「ねえ、まだ鯉は食べたことないんだけど、パン太はある」
 パン太に尋ねている声が聞こえてきた。パン太も「ないよ」と首を横に振る。首を振ってから、またしても筵の先っちょが首元に刺ささってくるのを鬱陶しがって「ああ、もうチクチクする」とぼやいた。
 簀巻きタマサカは、「よっこいしょ」と子供たちの方に半転がりして向くと
「食べてみたいなら、製造局の局長さんあたりに頼めば、鯉料理を出す料亭に連れてってくれると思うヨ」
「わーい」キン子が歓声を上げた。
「ボクも食べてみたい」パン太も同調する。
 そこに
「鯉のあらいには、辛口のポン酒が合うんだよなぁ」
 サンが横から口をはさむ。スルーも
「ワインも意外に合うよ」
「鯉こくも良いねぇ」
「あと丸揚げ鯉の甘酢あんかけ」
 次から次へと鯉料理を上げるサンとスルー。キン子は口から滴る涎を地面に吸わせながら、耳をダンボにして、それを聞いている。
「おいしそう」
 運転手を無視し、敵味方交えて、全然、ヤバい状況とかけ離れた長閑でシズル感あふれる会話がしばし交わされた。
  パン。

 都合の悪いことは、つーんと無視するが、自分を置いてけぼりにして楽しい会話がなされているのが気に食わないらしい運転手は、頬を膨らませて足元の石ころを蹴った。
「あ、痛てっ」
 それが姉さんに当たった。
「てめぇ……」
 ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうなほど剣呑な目付きで運転手を睨む。シバキ返してやれないのがメチャクチャ悔しい。
「ちっくしょう……あのときクソなんてしたくならなけりゃ」
 こんなすかしたクソ野郎にPTAを盗られることなんてなかったのに。そうしたら、簀巻きにされることも、このクソ野郎の蹴った小石に当たることもなかったのに。
 姐さんが呻いた。
「クソがクソを呼んだのか」
 なんて伯父とそっくりなギャグセンス、血筋か。でも、姐さん、真顔で言ってるので、たぶんギャグじゃなくてマジ。
「あ、そうだ。それでお前、その後どうなったんだヨ」
 タマサカ先生が忘れてたといった態で姐さんに聞いてきた。
「用足して戻ったらサ、PTAがないじゃないか」
 しばらくは呆然としてしゃがみ込んでいたが――たぶん、間違いなくヤンキー座り――喉が渇いてきた。水場を探して森に分け入ったところ、ちょっと歩いただけで来た方角を失った。彷徨っていたら、運良く沢に出て……
「沢を辿っていったら、日が暮れる頃に茶屋のあるところに出たんだ」
 そのときは茶屋ではなくて、人の良さそうな老夫婦が営む土産物屋だった。
「異P世界だし、言葉が通じるか不安だったんだけど」
 店じまいを始めていた老夫婦にダメ元で話しかけると、幸いなことに言葉が通じた。道に迷ってしまったと告げると、この山中には麓の里に出るまで人家はないし、夜道は物騒だから今夜はここに泊まりなさいと勧めてくれた。なんて親切なのだろう。
「……とその時は思ったんだが」
 その家は、老夫婦の二人暮らしにしては部屋数も多く広かった。聞くと、以前は宿屋だったが、年を取って宿屋の仕事は辛くなったので、土産物屋に転じたのだという。
 その夜の草木も眠る丑三つ時、姐さんは悪夢にうなされていた。便所を探して、ようやく見つけた駅の公衆便所に駆け込むと、全部使用中。待てども待てども個室は空かない。とうとうしびれを切らせて別のトイレを探すが、どういうわけか掃除中だったり、改装中だったりで使えない。もう膀胱パンパン、これ以上は耐えられねぇ、と泣きそうになったところ、「空」の表示の多目的トイレがあった! 天の助けと、勢い込んで戸を開けると――そこは断崖絶壁だった……
NOォォ!
 己の絶叫で目が覚めた。現実の膀胱もパンパンだった。慌てて、でも、老夫婦を起こさないようにそっと足音忍ばせて便所に向う。
 用を足してほっと一息ついた姐さん、便所の窓から青みがかった暗い空を雲が静かに流れているのが見えた。真っ暗闇ではないということは、月明かりが幾ばくかあるらしい。庭の便所から二、三メートルほど離れた場所に納屋があった。その納屋からカタリと微かに音がした。ネズミだろうか。
 便所の帰り道も、また気を遣って、抜き足差し足忍び足で廊下を歩く。角を曲がって、自分が与えられた部屋まであとは真っ直ぐ――と部屋の前に何やら人影がある。暗くて人相風体はわからないが、人影は二つ。障子を開けて中を覗き込んでいる様子だ。そっと近づく姐さん。近づいてみると、その人影が老夫婦だとわかった。
「何してんスか」
 部屋の中を覗き込んでいる老夫婦の背後から声を掛けた。
「「ぬおおおっ」」
 驚いて振り返った二人の手には、それぞれ鉈と出刃包丁が握られていた。
「うおっ」
 今度は姐さんが驚いた。
「こ、これは、さっき怪しい物音がしたから物取りかと思って、念のために……な、婆さん」
「そ、そう。それで心配になって様子を見に来て」
「この部屋で?」
 老夫婦がコクコクと頷いた
「だったら、アタシが便所に起きた音じゃないっスかね」
 おやまあ、そうだったの。じゃあ問題ないね。騒がせたね、お休みなさい。老夫婦は、棒読みでそう言うと、立ち去ろうとした。
 姐さんも部屋に入ろうと敷居をまたいだ。その足先が畳につくか否かというとき、姐さんはバッと背後を振り向きながら、首に巻いていたチェーンをするりと抜き取り、闇に向かってなぎ払った。
 ――キーン!
 金属と金属が触れ合う音がして、薄暗がりに刃物の鈍い光が浮かんだ。姐さんが間髪入れず、反対側にチェーンをもう一振りすると、チェーンの描いた弧の先から出刃包丁が宙に飛んで、廊下に落ちた。
「ちっ」
 婆さんが手首を押えて舌打ちした。その舌打ちと同時に、横から鉈が姐さんを襲った。姐さんはそれをチェーンで難なく受け止めると、爺さんの胴を蹴り飛ばした。吹っ飛んだ爺さんが尻餅をつく。転んだ反動で爺さんの手から鉈が離れて、これも遠くへ吹っ飛んだ。
 と、婆さんが雨戸を蹴飛ばして庭へ駆け下り、納屋へ向かって走る。外から納屋の戸を押えていたつっかえ棒を蹴飛ばし、がらりと戸を開けた。
お前たち、出番だよ!
 すると納屋の中から七人の男がのっそりと出て来た。薄い月明かりに浮かんだその者たちの人相の、まあ強(こわ)いこと、悪いこと。
 婆さんのあとを追うように、爺さんも庭へ飛び降りた。
やってしまえ!
 爺さんが叫んだ。爺さんから発せられた悪党の決まり文句に、男たちが母屋へにじり寄った。そこにはチェーンを片手に縁側に仁王立ちになった姐さんの姿がそびえ立っている。
 男たちの足が途中でピタリと止まった。年嵩らしいの男が
「む、無理ですぅ」
 震える声で訴えた。他の男たちも一様に震えている。
「あなたたちでさえ敵わないのに、自分たちが敵うわけないじゃないですかぁ」
 ほとんど泣き声だ。
「ああっ! 役立たず共が」
 婆さんが地団駄踏んだ。
「この面構えなら脅しすかしに役立つかと思って飼っておいたのに、餌代を損した」
 酷い言い様である。案の定、しくしくと泣き出した男もいる。
 姐さんは庭に飛び降りると、スタスタと男たちの方に歩み寄る。
「何だか妙だね」
 男たちからは闘気も覇気も、殺意も敵意も感じられない。数々の修羅場を潜ってきた姐さんには、よくわかった。こいつら全然、非戦闘員の堅気だわ。堅気どころかヘタレだ。狼でも犬でもなくて羊だ。狩る側でも守る側でもなく、むしろ狩られる側で、守られる側だ。
 こちらへ近づいてきた姐さんに、老夫婦は、あわあわと逃げ出そうとした。
「待ちな!」
 姐さんがチェーンをヒュンと飛ばして、まずは手近な爺さんを絡め取ると、金的に蹴りを一発。白目むいてひっくり返った爺さんからチェーンを素早く外して地に転がすと、すかさず婆さんに向かってチェーンを投げる。チェーンに絡まった婆さんを引きずり寄せると
「こいつらをふん縛るんだ」
 おののいて棒立ちになっている男たちに命じた。
  パパン!

 この納屋から出て来た男たちは、一体何者なのか。そして、姐さんを襲った老夫婦の正体は!
  パン‼

 この男たちは、何を隠そう現在の姐さん軍団、顔だけ強面さんたちなのです。
 この土産物屋は、以前、確かに食事処を兼ねた宿屋であった。山中に一軒だけある宿屋は、それなりに繁盛していた。ただし、経営者は姐さんを襲った老夫婦ではない。中年の夫婦だった。
 この宿屋の夫婦というのが、それはもう強欲で、稼ぐのが好きというより、稼がせるのが好き。ということは、ご想像通り。この宿屋は、正真正銘ブラック企業でありました。
 宿屋夫婦は、山中の一軒宿は物騒だからと、用心棒を兼ねた奉公人を雇い入れた。
「見た目が強そうならいいんだよ。腕っ節は強くなくていいんだ。宿屋の連中がこわい顔をしていたら、盗人だのゴロツキだのが泊まったって、暴れたり盗みを働いたりしないだろう。普通の人間なら、ちょっとくらい宿賃が高くったって、値切るのが怖くて素直に払うだろうし」
 むしろ、見てくれさえこわければ、腕っ節も性格も弱い方がブラック企業の雇用者側としては都合が良い。どんなことがあっても雇用主に反抗ができないぐらい気弱い方が良い。思うがままにこき使えるから。
 そうして集められた強面さんたちは、顔は強いが気は弱い。腕っ節もからっきし。懐もさびしく、身寄りもなく、何から何までも、からっきしであった。
 顔だけ強面奉公人たちの仕事は、宿屋や飯屋の仕事だけではなかった。朝は早くから畑仕事や罠を仕掛けてウサギや鳥、魚を獲ったり、季節によっては山菜採りに、キノコや木の実採り。夜は夜で、この宿でも販売しているお土産品の置物や飾り物の製造、副業の傘張りの内職までさせられた。お土産品は他の店にも卸売りしていたから、その運搬や営業までする。そして当然、ノルマがあった。ノルマを達成できなければ、飯抜きだ。
 早朝から深夜までこき使われ、給金は国の定める最低賃金。
 その最低賃金から食費、部屋代、仕事着の代金と差っ引かれ、残るのはパンツを買うのもままならない金額。食事だって客の残り物、部屋も七畳間に七人詰め込まれたタコ部屋だ。布団もペッタンコのボロボロ。
 たとえ逃げ出しても、役人に捕まってしまえば、奉公先逃亡罪で重罪。強制労務どころに放り込まれる。そして、まず一生出てこられない。逃げ切ったとしても、奉公先逃亡者であると知れれば、役人に突き出される。法を犯した者をかくまった者も重い罰を科せられるので、かくまってくれる者はない。
 このP世界のこの国は、そういう定法で成り立っている。この物語の始まりの金満キン子一家の、のーんびり生活から抱くぽわわ~んとした世界感とは違い、現実はシビアで過酷な世界なのである。領民に集団失踪された地頭のキン子一家が血相変えて国外逃亡しようとするのも当然であった。
 そんな訳で、気弱な強面たちは、逃げ出すことも恐ろしくてできずにいたのである。 パン。

 姐さんが現れる三日前のことだった。宿に一組の老夫婦が泊まった。その日は、昼間は食事客で立て込んだが、泊まり客はその老夫婦だけであった。この二人、別段変わったところはなく、普通の宿泊客に見えた。
 翌朝、強面さんたちは、いつものように夜明けと共に起きて、ある者は畑に、ある者は仕掛けた罠の様子を見に、またある者は山菜採りに出掛け、宿に残った者は掃除、飯炊きと、それぞれがいつものように仕事を始めた。いつもの朝であった。
 ところが、いつもなら飯が炊き上がる頃に主人たちが起きてきて、あれやこれや用を言いつけてくるのだが、その日はいつまで経っても主人らが起きてこない。
 そこで強面さんたちが恐る恐る主人たちの部屋に声を掛けた。返事がない。何度呼びかけても、しーんと静まりかえっている。仕方なく、そうっと障子を開けてみると、そこには誰もいなかった。二組の布団が掛け布団をはねのけた形で敷かれていただけだった。
「お前たち、今日からここは、わしらが仕切るから」
 突然背後から声を掛けられた。強面さんたちが振り返ると、宿泊客の老夫婦が立っていた。
 どういうことだ。
「あの二人は出てったから」と爺さん。
「もう戻ってこないよ」と婆さん。
 戻ってこないとはどういうことだ。
「もうこの世にはいないんじゃないかな」
 老夫婦がニタリと笑った。
 そして、残された強面さんたちは、とりあえず何かの役に立つかと納屋に押し込められたのであった。
  パン!

 朝になって、姐さんと強面さんたちは、役所にこの悪党老夫婦を突き出した。
「それが何と、賞金首でさぁ」
 いやぁ、マジ、驚いたと姐さん。
「しかも特甲級。特Aとか、Aダッシュってやつ」
 役人から聞いたところによると、この老夫婦、若い頃からあちこちで窃盗、殺人、強盗、詐欺、拐かしなどなど、ありとあらゆる悪事に手を染め、『万能悪党』という異名をとるほどだったという。
 元々の宿屋主人夫婦はどうなったかというと、寝ている彼らに包丁を突きつけて脅し、夜闇の森に連れて行った。谷川の崖っぷちまで来ると、二人の頸動脈を包丁で掻き切って、崖から蹴落としたのだという。
「年寄りだが、夜目が利いて、森の地形も宿に来る途中で頭に入れといたっていうんだ」
 驚きのハイパー老人たちだ。
 しかし、そんなスーパー老人でも、やっぱり寄る年波を感じていた。若い頃のようにはいかない。反射神経の衰えや物忘れが増えてきた。疲れやすくなって、体力の衰えを感じる。そろそろ不労所得とはいかないまでも、老体に負担の少ない仕事の仕方に転じねばと考えた。まだ少しは体力が残っているうちに終の棲家も手に入れたい。
 そこで、どこか宿屋を乗っ取って、来た客から金品を巻き上げようと考えたらしい。枕探しってやつだ。
 そんなとき、たまたま、山中の宿に泊まることになった。
「この宿は、おあつらえ向きじゃないか」と婆さんが言った。
 山中の一軒家、人目が少ない。旅人の一人二人殺っちまっても気付かれまい。
「うまいことに、今夜泊まっているのは俺たちだけだし」と爺さんが応えた。
 宿屋の人間を殺っちまって、入れ替わってしまうのに実に好都合なシチュエーションだ。
 計画通り宿屋夫婦を強制排除し、乗っ取ったはいいが、残った従業員が問題であった。
 宿屋で働いている連中は強面だし、このまま働かせて手下にしようと考えていたらしいが、こいつらが見かけは強いが、中身が軟らかくして実に弱い。一言で言えばヘタレ。あまりのヘタレっぷりに、こいつらも処分しちまうかと考えたが、堅気の仕事をしたことのない老夫婦、二人だけでは宿屋の仕事はできない。一端、宿屋は休業して、別に方策を考えることにした。強面たちは、考えついた方策によっては役に立つこともあろうかと、ひとまず納屋に閉じ込めた。
「そこにアタシが来たんで、悪党の習性でとりあえず身ぐるみ剥いどくかって」
 老夫婦は、これまでの習いで姐さんを襲ったはいいが、思いがけない返り討ちに遭った。 パン!

「大人しく隠居してしまえば良かったのによ」
 姐さんが嗤った。
「隠居しなかったから、お前が捕まえて役人に突き出せたんだろ。世間の皆さんや犠牲者の皆さんからしたら、それで良かったんじゃないの」
 タマサカ先生がそう言うと、姐さん軍団が口々に「そうっすよ」と同意を唱えた。
 思いがけない姐さん軍団の過去と正体に
「姐さん軍団の人たちは、そんなにヘタレだったの?」
 キン子は驚き、そんな風には見えなかったと不思議がる。
 「特訓したのさ」
 腕っ節がからっきしなのは仕方ないとして、せっかくの強面を活かそうと、ガンの飛ばし方――メンチの切り方と言った方がわかりやすい地方の方もいますかね――イキがり方、脅し文句の数々の暗記、練習……。
「根が堅気連中だから、なかなか慣れなくてね。だから、これは演技なんだと言って聞かせたんだ」
 役者になったつもりでやれ。いや、お前たちは役者だ。強面のヤクザ者の役を与えられた役者だ。役だから本当にヤクザ者になる必要はない。そのフリだ。演技なんだから。役者なんだから。それを真面目に上手にやるだけだ。
「学芸会の劇を思い出してみれば……学芸会を知らない? 学校で……学校って何だと? 勉強するところだよ」
「あ。手習所とか学問所とかですか?」
「劇に役者……っていうと、ガクゲイカイっていうのは、もしかして芝居小屋のことですか?」
「でも、芝居小屋と手習所や学問所って、どういう繋がりが?」
 姐さんと強面さんたち、設定が随分と違う異P世界同士である。会話が時折ひどく食い違って、ややこしくなる。 パン。

 そんな文明、文化摩擦に面倒くさくなった姐さん
「ああもう……そう、その芝居小屋だ。その役者だと思え」
 演じるのが仕事。見ているお客さんは、役者の本物っぽい演技で感情が刺激され、ハラハラしたりドキドキしたり、泣いたり笑ったりする。それでお客さんを楽しませる。
 それと同じで、対峙するチンピラや悪党なんかに恐れの感情を演技で引き起こさせてやる。抵抗する気が失せるぐらいにな。それが世間の皆さんのためにもなるんだよ。
「そうしたら元が真面目な連中だろ。一生懸命練習して、何とか格好がついてきたのさ」
「ふうん……じゃあ、ボクも強面演技したら悪者退治ができるかな」
 TVの子供名探偵みたいになれそうと、パン太が目を輝かせる。
「いや、パン太は顔が強くないから、それはちょっと……難しいかな」
 ゴッちゃんにやんわりと諭されて、パン太はしょぼんとなった。それをキン子が慰める。
「思うんだけど、強面さんたちは顔が強いからそれを活かしてるわけで、パン太はパン太の強みってやつ? を活かして悪者退治できるようになれば?」
 パン太の顔がぱぁっと輝く。ゴッちゃんが良いこと言うじゃないかとキン子を褒める。
「お前、ただ大飯食らうだけの子豚かと思ったが、良い奴じゃねぇか。えっと……トン子
 姐さんも褒める。
「ありがとう。ゴッちゃん、姐さん。でも、あたしはトン子じゃなくて」
「あれ? ブー子だったっけ」
 姐さんが小首を傾げた。
「違う」
プー子? いやパン子……パンはこっちのチビなのか? アン子か。饅頭みたいだしな。違う? インコは鳥だし、まさかウン……」
 違う! 言うな! と、その場の全員が一斉に姐さんの言葉を遮った。
「あっ? そうだ、そういやあ、鐘を鳴らしたような音だったような……ああ、仏壇のアレ、チーンって鳴らすヤツみたいな金属製の音! あ、わかった。チン……」
 ぎゃぁぁぁ! 言うな! 違う! と、またしても、敵味方関係なく、その場の全員が一斉にそれを遮った。
「ええー、それも違う……あ、チンじゃなくてタマ子か。丸っこいもんな」
 ああああーと、何とも表現できない大きな嘆息が全員から漏れた。
 さすがのタマサカ先生も呆れて
「キン子だよ、キン子。キ・ン・コ
噛んで含めるように姐さんに言い聞かせた。
「へいへい、キン子ね。キンって響きがシュッとしてるから、どうもイメージと合わなくて憶えにくいんだよ」
 むしろそっちの眼鏡チビのパンの響きの方がしっくりくる。
「お肉パンパンって感じでさ。パンって字もあるだろ。肥えてるって意味のさ」
 姐さん、見た目と違って意外と教養あるのね。いや、ヤンキーだから無駄に、というか無駄な漢字に詳しいのでしょうか。
「キンは、お金のキンって憶えればいいヨ。大黒様が打ち出の小槌を振ってお金をばらまいてるイメージでもしたらいいんじゃないの」
「あっ、そうか。金ぴかの大黒様の子供の置物だ。それでキン子だ。こりゃ憶えやすいわ。忘れんわ」
 一件落着とばかりに、タマサカ先生と姐さんは「はっはっはー」と同じ笑い声をあげた。似てないようで、どこかよく似た二人であった。
  パン。

「ん? そう言えば、あかねとキン子は顔見知りか?」
 今頃気が付いたタマサカ先生。遅い。
「姐さんって、キン子ちゃんがさらわれる前にいた茶屋の、あの姐さんでしょ」
 子供探偵パン太は、キン子が「姐さん」と呼んだときからとっくにわかってましたよ。
「ということは……」
 タマサカ先生の目玉が上を見て左右を見て、キン子を見て、姐さんを見て、姐さん軍団を見て、
「それで、ぼったくり茶屋か!」
 叫んだ。宿屋夫婦を殺害した悪党老夫婦を成敗して、残された強面さんたちを仕込んで舎弟にし、今度は自分がぼったくり茶屋を始めた。そして子供を借金のカタにして……
「児童虐待は、お前だったとはな!」
「違うわ! 保護しただけじゃ!」
「年端もいかない子供を働かせておいてっ」
「このP世界じゃあ普通じゃ! 働かざる者、食うべからずってな」
「ニートのお前が言うか!」
「も、もうニートじゃねぇ!」
 姐さん、ニートだったんですか。
「ぼったくり茶屋が偉そうにっ」
「正業は違うし! バウンティーハンターだもん」
「横文字使えば聞こえが良いと思ってんのか!」
「じゃあ、賞金稼ぎ」
「賞金首獲りなんて、首狩り族か、お前は!」
「何だよ、その言い草! この草刈り族!」
 何でここで草刈り?
「草刈りは昔の趣味だヨ!」
 えっ? 趣味だったの、タマサカ先生。
 ギャンギャンと喚き散らす伯父と姪。うるさいったらない。手が使えたら耳が塞げたのにと簀巻き組一同は、心の中で嘆いた。
「ええぃ、うるさーい‼」
 遂にスルーがキレた。
「おい、ガムテームねぇか」
 サンが運転手に尋ねた。
「ありますよ。ガムテープって万能ですもん。食べかけの袋菓子の口をとめたり、服の毛玉や髪の毛取ったり、車内のお掃除にも使えますからね。車に常備してますよ」
 ドヤ顔で運転手は、タクシーの車内からガムテープを持ってきた。そして、ビーッとガムテープを伸ばすと、まずはタマサカ先生に迫る。
ガムテープは止めてくれ! 鼻が悪いから窒息する! 死んじゃう! せめて猿ぐつわにしてくれ!」
 タマサカ先生が喚き散らす。すると、簀巻きたちが「アタシも」「あたしも」「ボクも」「自分も」「俺も」と次々と申告する。みんな、鼻が悪いんかい!
「仕方ないなぁ」
 ガムテープを納めると、運転手は白い布をトランクから取り出した。大判バスタオルぐらいの大きさだ。
「何だ、それ」
 サンが尋ねる。
「白旗ですよ。いざっていうときのために、車に積んでるんです」
「何に使うんだよ」
 スルーが聞く。
「だから、一種の危険回避用品ですよ。白旗を掲げなきゃならないような事態に陥ったときとか、そういう場面のところに出ちゃったときとか、身の安全を確保するために使うんです」
 縁起でもねぇとサンが顔をしかめる。
「でも、思わぬところで役に立ちましたね」
 ピーと白布を裂いて小分けにしながら、運転手は得意気に微笑んだ。 パン。

 猿轡を噛ませて、ようやく静かになった簀巻きたちを見下ろし、サンがスルーに問いかけた。
「さて、どうしようか、こいつら」
 スルーがキン子を見て「焼き豚?」、パン太を見て「ダシ?」と呟き、口角を上げて意地悪い笑いを浮かべる。子供たちも、その他簀巻きの大人たちも、フガフガと口から言葉になり損ねた息を押し出す。
 サンは、タマサカ先生に歩み寄ると
「思い出したんだが、このジジイ、PTAの開発者じゃねぇか」
「じゃあ、ウチで働かせる?」
 PTA車のメンテナンスとか、改造とか、いっそ一から造らせる。そうしたらコソコソと張り込んで盗む必要もない。
 サンが「どうだ」と尋ねながら、タマサカ先生の猿ぐつわを外す。
嫌だヨ!
 タマサカ先生の口から唾が派手に飛んで、サンの顔いっぱいに引っ掛かる。サンは、慌てて、猿ぐつわを戻した。
「このジジイ……」
 運転手が差し出した猿ぐつわに使われた白旗の残り布で、顔を拭くサン。
 ここで、傍観者と化していたゴロツキ連合の一人が進言した。
「もう面倒臭いから、川に流しちまいましょうぜ。せっかく簀巻きにしたんだし」
 途端に、フガフガと簀巻き組が猿ぐつわの隙間からうるさい息を盛んに吐き出し始めた。
 運転手が提案する。
「平和的にPW連邦から身代金を取るってどうです?」
「人質価値があるのはジジイだけだろう。残りはどうすんのさ」
 スルーが簀巻き組に向かって顎をしゃくった。
「臓器売るか。ウチの専門外だが、伝手はあるぞ」
 サンが顎をなでながら言った。マネーロンダリングから臓器売買のあてまで、フィッシュヘッド組織、随分と顔が広い。
「そうだね。ジジイの臓器は買い叩かれそうだから、こいつは身代金にして、その他はそうするか。特に子供は、良い値で売れるらしいじゃないか」
 猿ぐつわ組の隙間息が一層激しく荒くなる。猿ぐつわを噛ませていても、うるさいったらない。
「うわぁ、臓器売買……」
 運転手が顔をしかめたが
「なあに、面倒なことはない。精肉屋に生きた豚や牛を卸すようなもんだ。あっちでバラして商品にするから、こちらは、このまんま渡せばいいだけだ」
 随分と慣れた口調で語るサン。
「どうせどっかに運んで始末するなら、川に流すより、精肉屋に売る方が金になるから賢いじゃないか。勿体なくないし」
 ゴロツキ連合に、勿体ない精神を語るスルー。
 このP世界の住人であるゴロツキ連合は、彼らの会話がいまひとつ理解できない。ジジイ以外の簀巻き組は、肉屋に売るけど、肉じゃなくて内臓だけ? 勿体ないなら肉はどうなるんだ? 顔を見合わせ、首を捻る。
「さてと。そうと決まったところで」
 運転手がキン子の前にしゃがんだ。
「お別れの前に、君がいた領地がどうなったか教えてあげよう」
「ふごごげ、げごげごがごが(やっぱりセンセイだったんだ)」
 キン子が運転手――センセイを睨む。
「領民の皆さんはね、もう、みーんな領地に帰っているよ。君たち地頭親子が逃げ出していくのを見届けてから、すぐに戻ったんだ」
「ふげが(何それ)」
「翌日にお役人が見回りに来たけど、領民は全員いて、君たち地頭一家だけがどういうわけかいなくなったっていうんで、最初は事件だろうかと疑ったけど」
 誰かに殺されたとか、さらわれたとか。
「でも、調べるのも面倒くさいし、まあ普通の失踪ってことでちゃちゃっと処理しちゃった。君たちの代わりなんていくらでもいるから。今はもう、当たり障りのない新しい地頭が派遣されてきて、君たちの家に住んで仕事してるよ」
「ほげぇ(マジぃ)」
「ネタばらしすると、領民のみんなは、君たちが出て行くまで、近くの山の中に潜んでいたんだ。領地放棄なんて見せかけだけだったのさ。君たち親子をあそこから追い出せればそれで良かったんだ」
「ふふげ(何で)」
「君たち嫌われてたからねぇ、金満傲慢、欲張り見栄張り……。仕方ないだろ。だから、僕が彼らのため策を考えてあげたんだ。お役人がどういう処理をするかも計算してね」
「ふんが……(そんな……)」
「散々、虐げられてきたのに、殺さずに逃げ出させてやるなんて、彼らは優しいよね」
 衝撃的な真相に、さしもの単細胞キン子も、思考が、感情が、心中で目まぐるしく動き回る。
 そんなに自分たちは疎んじられていたのか。彼らを困らせ、虐げたつもりはないんだけどな。両親が領民に対してどうだったのかはよく知らない。親と領民との間に何かあったのだろうか。
(もしかして、父さんと母さんが嫌われていたのかな。だから、キン子も嫌われたのかな)
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そんな言葉もあります。地頭の親が憎いなら、その子供も憎くたらしく見えてくることだってあります。
(でも、キン子はキン子なのに)
 それとも別に何か原因があるのだろうか。自分は、大人にしろ子供にしろ、領民たちと接することがあまりなかった。嫌われる理由を作ろうにも作れないほどに、彼らとは距離があった。
 友だちとかいうものもいなかったし、いつも一人だった。することがないから、ただ食っちゃ寝食っちゃ寝していただけだった。
(それがいけなかったの?)
 身の回りのことは、使用人たちがすべてやってくれた。別にキン子がそうしろと命じたわけではない。生まれたときからそうだっただけだ。使用人たちは、黙々とキン子の世話をした。キン子は、何一つ疑うことなく、それを受けていた。
 人は、憎みたいと思ったら、何でもいいから憎む。嫌いたいと思ったら、理由なく嫌う。そういうことだってあります。
 何の憂いなく不自由なく暮らしていることが、憎しみや嫌悪の対象になることだってあるんです。悪意の欠片もなく、非の打ちどころがない善人のことですら、善人だという理由で嫌ったり、憎んだりする人間も残念ながら存在します。まあ、それはやっかみとか嫉妬とか、劣等感の裏返しだったりすることもありますが。 パン。

 キン子は、パン太と共にタマサカ先生のところで暮らすようになって、随分と生活が変わった。お手伝いをするということを覚えた。なぜか楽しい。面倒くさいと思うときもあるが、面倒くさいと思うことすら楽しい。
 考えも変わった。変わったというより、新しく芽生えた。誰かと一緒に頑張る、協力する、楽しむということも知った。世界は広いし、いろいろ所があり、いろいろな人がいて、いろいろな物があって、いろいろな事があるんだと知った。考えというものも、考えの先にある答えというものも、いろいろあるんだと知った。
 毎日が楽しい。自分が日々、芽吹き始めた若木のようにすくすくと育っていくような感じがする。悲しんだり、怒ったりすることもあるが、それすらも大切なことのような気さえする。
 何もせずに生きていけるということが、恵まれたことであり、同時に不自然なことであることをキン子は知ったのであった。
(ご飯だって、お米を研いで炊かなきゃいけないし、お米は田んぼで育てなきゃならないし……そういうことなんだよね)
 突然、生活が反転し、死ぬような目にも遭い、他人の悪意にも善意にも触れ、見知らぬ世界で暮らすようになって、キン子はちょっぴり変わったのであった。体だけではなく、内面もちょっと成長したのある。
 センセイ――運転手は、そんなキン子の心中を知るはずもなく、慮ることもなく、得意気な口調で
「平和的な解決方法を授けた僕も、凄いと思わない?」
 胸に手を当て、顔に陶酔した表情を浮かべて自画自賛した。
 その様子に、その場にいた本人以外の全員が鼻白んだのは言うまでもない。意外と子供っぽい。そして嫌みったらしい。そう思われていることにまったく気付いてなさそうな彼に、金満嫌われ親子と似たようなにおいがするのは勘違いだろうか。
(お前は、イヤミか、それともスネ夫か)
 タマサカ先生と姐さんとゴッちゃんは、心の中で三人揃って彼に対して同じ突っ込みをしていた。 パン。

 ふと、スルーがミスター・スタンの存在に気付いた。
「そういやぁコイツは何だ?」
 足先で彼を突っつく。
「あっ。忘れました。例のクライアントさんです」
 運転手がミスター・スタンに絡みついたチェーンを解き、えいっとかつを入れ……ても起きない。
「あれぇ。時代劇では悪党に当て身を食らった娘さんは、こうやると起きるのに」
「お前、それ、活入ってないだろ。格好だけだろが。起こすんなら、こうすりゃいいのさ」
 スルーがミスター・スタンの頬に往復ビンタを入れる。
ぶへぇ!
 ミスター・スタンが頬の痛みに目を覚まし、キョロキョロと辺りを見回した。
 複数の簀巻きが転がっていて、あの個人タクシー運転手がいて、見覚えのある男女がいる。あとは、元隣人たちと揉めていた怖そうなチンピラ風の連中が多数。一体、何がどうなって、こうなっているのか。 パパン。

「それじゃ、この簀巻きどもをさっそくあのバンに積んで運ぶか」
 サンが簀巻きたちを見下ろして、ゴロツキ連合に命じた。
  パンッ‼

 さあ、キン子たち、相変わらずというか、やっぱり絶体絶命。どうする? どうなる? どうにもならない? 
  パン、パパン!

 主人公キン子組、簀巻きのまま一席が終了。
 次回、怒濤の最終話。果たして、簀巻きのまま、ジ・エンドとなるか。
 ここまで視聴しましたら、最後までお見逃しなく、お付き合いいただきたい! 最終回の日時は、この画面の下の概要欄にてご確認ください。
 では、ご機嫌よう。お楽しみに。
  ――パン!

    🍥 🍥 🍥 🍥 🍥 

 最後の十席目の配信日時を確認するタマサカ家一同。
「あっ、今日の夕方からじゃないかヨ」
「夕飯時じゃない?」
 キン子が心配そうにアイン君を見た。アイン君は、フン! と荒く鼻息を吐くと
「ライブ視聴! おっし、視ながらご飯だ。観劇ご飯を用意するぜ」
 意気込んでガッツポーズをした。やる気満々、見る気満々だ。
「観劇ご飯!」
 キン子もガッツポーズで叫ぶ。パン太もぴょんと飛び跳ねた。
 これで心置きなくライブ配信視聴できると一同が一安心したところで、タマサカ先生が歌い出した。
「盗んだPTAで走りだすぅ~、行く先もわからぬままぁ♫」
「何、その歌」
 元歌は知らないが、音程が外れているのはわかるキン子が、ちょっと嫌そうに尋ねる。タマサカ先生の歌を聴いていると、自分も音痴になりそうな気がしてくる。
「その前に、何で歌い出すの」
 アイン君がやっぱり嫌そうに歯をむき出した。
「四十の夜ぅぅぅ♪」
 周囲の嫌そうな顔に一切頓着せず、タマサカ先生はラストを歌い締めた。
「うっせえわ!」
 姐さんがタマサカ先生の言わんとするところを察して、吠えた。
 みんなに嫌がられても、姐さんに噛みつかれても、涼しい顔のタマサカ先生が姐さんをキョロと見る。
「で、何で盗んだPTAで走り出しちゃったわけ?」
「盗んだって、人聞きの悪い。ちょっと借りただけじゃん」
 姐さんがふてくされた顔で答えた。
「盗んだにしろ、借りたにしろ、何でPTAに乗って出て行っちゃったわけ」
 アイン君が尋ねる。姐さんは腕組みして、しばし考え込み
「うーん、何でだったんだろ?」
 首を傾げた。
「確か、オジキと言い合いして、それから……衝動的に」
「言い合いって何?」
 はて? と今度は反対の方向に首を傾げる姐さん。
「えっ、覚えてないの?」
 アイン君が呆れた。
「更年期っスかね?」
 ゴッちゃんの頭を姐さんが、ぺしっと叩く。
「いてっ。やめてくださいよ。そこ髪が薄いから衝撃がダイレクトに響くんスよぉ」
 ゴッちゃんが頭部を抱えて、首を縮めた。
「オジキは覚えてっか?」
 問われてタマサカ先生、掌を上にして肩をすくめ、首を横に振った。
「まさか認知……」
 カットちゃんがそう言いかけたところで、タマサカ先生がウンチとは思えぬ素早さで、カットちゃんの頭をぺしっと叩いた。
「あ、痛ぁ」
 痛みに顔をしかめたのは、タマサカ先生の方だった。カットちゃんを叩いた手を振って、涼しい顔のカットちゃんの頭を恨みがましげに見やる。
「ゴム製の表皮を被せとくんだった」
 後悔先に立たずと付け加えて嘆く。
「つまり、覚えてもいないような、些細なことで家出しちゃったわけか」
 アイン君が姐さんをギロリと見た。
「しかも、思春期じゃなくて、不惑の歳で」
 姐さんは、何か言い返そうと口を開いたが
「……」
 結局、何も言わずに、ふてくされた顔でそっぽを向いた。
 そんな大人たちの安いコントのような遣り取りを、キン子とパン太の子供組はジュースを飲みながら観劇していた。ソンタ君も出番がなく、オレンジ味エナジーボトルを吸いながら観劇していた。

 タマサカ先生が、またもや
「チェーン!」
 脈略のない一言を放った。だが、アイン君は、その意図を的確に捉えた。
「ああ、チェーンね」
 ちろりと姐さんを盗み見る。そこで、そのチェーンという単語の意図するところをみな察した。姐さん以外は。
「姐さんは、いつでもどこでもチェーンを持ってるんだね」
 パン太が察してなさそうな姐さんにみなの心中を通訳してあげる。
「ああ?」
 姐さんは怪訝な顔をする。まだよく理解していないらしい。
「用足しするときもチェーン」
 カットちゃんがハサミをチャっと軽く振りながら言った。
「ああ、アレな」
 ようやく、話をのみ込んだ姐さんが事情を説明する。
 急に腹が痛くなって、藪に籠もったときのこと。周囲に人影はなく、危険のニオイはまったくなく、長閑な風景の場所であったが、未知のP世界の森の中である。危険な野生動物が潜んでいるやも知れぬと思い、愛用のチェーンを首にぶら下げて用を足していたんだそうな。
「そのあと、これが意外と森の中のサバイバルで役に立ってさ」
 行く手を阻む小枝や蜘蛛の巣を払ったり、手の届かない高さにある木の実を叩き落としたり、大活躍した。
「でも、その実がえらく酸っぱくてよ。山葡萄ってヤツだったのかもな。酸っぱいんだろ、アレ。濃い赤紫色の小さい粒でさ」
 味を思い出したのか、酸っぱい顔になる姐さん。
「もう、あかねさんったら、未知の実を取って食べちゃいけないでしょ。毒があるかもしれないんだから」
 アイン君が姐さんを叱った。
「だから、きのこは見つけたけど食べなかったんだよ。一見、しれっと普通の顔した紛らわしい毒きのこってあるからさ」
 キン子が「きのこって、顔あったっけ」と首を捻った。
「トイレ行くのにもチェーン持ってったよね」
 再びカットちゃんがハサミをチャっと振った。
「トイレ?」
「ほら、茶屋っていうか、宿屋っていうか、土産物屋っていうかのトイレ。悪党爺婆(じじばば)を退治したとき」
「ああ、あのときね。だって、ぽっちゃん便所って怖くね? 特に夜。便器の下の穴に化け物が潜んでそうでさ」
 腕を組んで肩をすくめた。
「へえー、姐さんでも怖いものがあるんだ」
 キン子が意外だと呟くと
「あかねは、アイン君も怖いんだよ」
 タマサカ先生が囁いた。そして、
「ま、みんな、怖いけどね、アイン君は」
 更に声を潜めた。

 急にパン太が立ち上がった。
「トイレ、トイレ」
 トイレがどうのという話で、トイレに行きたくなったらしい。
「ワタシも!」
 タマサカ先生が続いた。
「あたしも」「自分も」「やっぱアタシも行っとくか」
 人類がぞろぞろと小用足しに向かった。

 〈続く〉


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