少女デブゴンへの路〈番外編Ⅱ〉
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「スペシャル・ハンドメイド・ケバブ」
時は昼時、所はファミレス『デネーズ』の個室。タマサカ家人類と元姐さん軍団たちは、注文した料理を待っていた。人型類たちは、世間を大っぴらに出歩けないのでお留守番だ。
個室は、おじさんたちが好んでいく方のクラブにあるVIP席を思わせる造りで、重厚なダークブラウンの大テーブルを真ん中にして、ほどよい硬さとクッションの効いた革張りのソファが設えてある。天井も高く、そのせいか実際の部屋の面積より広く感じられる。が、どこか息苦しい。なぜなら窓がないからだ。
「ヤのつく職業の人たちの会議にうってつけだよネ」
タマサカ先生が部屋を見渡し、それから、元姐さん軍団たちを見て「あ。元ヤのつく人たち。なんちゃってだけど」と指さした。
タマサカ先生のギャグなのかマジなのか判別のつかない薄ら寒いセリフを愛想笑いで受け流す軍団ズ。すでにサラリーマンモードが身に付いているようである。
昨日、デネーズ幻のメニューを食するために出掛けようとしていたところ、好男子な講談師・高団子の復活動画を目にしてしまった。
デネーズ幻のメニューか、高団子の動画かの究極の二択を迫られた彼らは
「明日、祝日だヨネ。予約、ずらせないかな」
時間差攻撃で二兎を追った。
そして、今に至る。
「ラッキーだったよな」
姐さんが「ヤ」のつく職業の偉い人のように、ソファーの背に両腕を回し、ふんぞり返って言った。この日は祝日だから、当然、子どもたちの学校は休みだ。デネーズの予約が簡単に変更できた。元姐さん軍団もこのP世界から次の見学先に移動するのは明日の午前中だ。カブ師匠以外は、みんな揃って裏メニューを堪能できる。幸いだったというわけだ。
「カブ師匠は、逆に残念だったね」
パン太が部屋の隅に置かれた彼らのスマホやタブレットをちらっと見て言った。
台風被害にあった垣根の修理のためN-69に戻ったカブ師匠は
「また2週間待機は嫌だから、デネーズはオンライン参加するよ」
はずだった。
が、個室に入るなり、所持するすべての通信機器類の電源をオフにさせられ、取り上げられてしまった。幻の裏メニューのことが外に漏れないようにである。
デネーズの裏メニューでも幻と言われる一品「スペシャル・ハンドメイド・ケバブ」通称「S・H・K」を注文した客は、一般の客から隔離され、離れた個室に案内される。そして、「幻の裏メニューについて、一切口外しない。SNSなどネットにも書き込まない」とする守秘誓約書にサインさせられ、スマホなど通信機器を取り上げられる。
デネーズ幻の裏メニューに関する情報が調べても調べても、まったく出てこないのは、このためであった。
彼らの取り上げられた通信機器類が置かれる一角の上には、ご丁寧に監視カメラまである。スタッフが個室にいない隙にこっそりと……というわけにもいかない。
「事情だけは、カブ師匠に連絡させてもらえたけど……何となく、あとが怖い」
タマサカ先生がきゅっと身を縮めた。
料理は、なかなか運ばれて来ない。さすが、注文がなかなか出て来ないのデネーズである。どうせなかなか料理は来ないだろうと、先に出してと、お願いしておいたドリンクですらまだ来ない。
その代わりに現在、テーブルに所狭しと広げられているのは、軍団たちの買い込んだお土産である。
PW連邦の移民プログラム研修中である軍団は、研修の一環として、午前中に総合スーパーのミリオンドーを見学、ちょっとお買い物もしてきた。I♥YOUのロゴが入ったカップ、熊のワンポイント刺繍のキャップ、書いて消せるボールペン三色セット、そして、たまたま催されていたアイディアグッズフェアにあったジョンイルブーツ……じゃなくてシークレットシューズなどなど、修学旅行のお土産のような品々だ。これらを顔だけは強面の面々が女子中高生のごとく、キャッキャ、ウフフとはしゃぎながら見繕っている様を多の客たちや店員たちがどんな心持ちで見ていたか、想像するだに珍妙である。
軍団は、買い込んだ互いのお土産品を、やっぱりキャッキャ、ウフフとはしゃぎながら、ああだこうだと品評し合う。
「こんなものがあるなんて、姐さんのP世界はスゴイっす」
「コレを履くと、足が長くなるんっすよ」
短足の双子は、一見、普通のビジネスシューズにしか見えないシークレットシューズを手に興奮気味である。
「俺たち、このP世界に住みたい」
すると姐さんが
「お前たち、PWPから元のP世界の監視警官にならないかって誘われてるんじゃなかったか」
フィッシュヘッドの絡んだ今回の騒動で発見されたN-83は、犯罪に利用されたり、P世界の混乱を引き起こさないように、今後P世界連邦が監視する必要があった。軍団は、N-83のP世界事情を熟知した元からの住人であるので、監視駐在員としてうってつけである。
「そうなんスけど……でも、あそこじゃあ、この素晴らしい履き物が履けないじゃないっすか」
それもそうだ。こんなデザインの履き物は、あのP世界にはない。目立ちすぎる。
「お前らは、どうなんだい」
姐さんが他の五人に尋ねる。
「俺は、PWPの警官になりたい。格好いいじゃないですかぁ」「住み慣れたところが一番だし。ほかのP世界は、たまに物見遊山するぐらいでいいっす」「とにかく、真っ当な正業に就きたい」「それが人様の役に立つことなら、なお嬉しい」「お給料は高くないけれど、公務員で安定しているし」
と他のメンツは、PWP警官になる気満々である。
「ふーん。じゃあ、双子くんたちは、こっちで職業訓練できるように手配しよう」
タマサカ先生がさくっと請け負った。双子たちは大喜びだ。
「すんません。ありがとうございます」
「お手数掛けます」
「いやなに、あの騒動は、この愚姪が『盗んだPTAで走り出すぅ♪』しちゃったのが発端だからネ。関わっちゃった君たちの今後のフォローするのは当たり前だヨ」
何せ君たちの面倒をみるべき本人が無職ニートで役に立たんからね。
「何だとぉ」
余計なタマサカ先生の一言に姐さんが噛みつき、不毛な伯父姪バトルが勃発しそうな気配が漂う。
パン太が大人びた仕草で小さな手のひらをかざして、それをまあまあと宥めた。
「でも、そのお陰でボクはキン子ちゃんに出会って、タマサカ先生たちに助けられたから」
「俺たちも姐さんが現れなかったら、どうなっていたか」
悪党の片棒を担がされていたか、殺されていたかと、軍団最年長がしみじみと言う。ドヤ顔を伯父に向ける姐さん。
「でもでも、キン子はのほほーんと暮し続けていられたかもよ。怖い思いもせず、苦労も知らずにさ」
タマサカ先生がムキになって揚げ足を取る。揚げ足取りのダシにされたキン子は、いやいやと手を振って
「でもでもでも、あたしは今の方がずっと楽しいな。今考えてみると、あんなぼやっとした毎日をよく送ってたと思うよ。もう戻りたくないなー。いろんなおいしいものも知ったし、食べられてるし」
今だって、未知のスペシャリティなフードをワクワクしながら待っている。
「まあ、結果オーライっスけどね。PM2・5は未だ現在進行で犯罪に使用されてしまっているわけだし」
痛いところを突いてきたゴッちゃんを姐さんがギロリと睨む。
「ふん……。そういやぁ、あいつにまた逃げられちゃったらしいじゃないか」
姐さんの言うあいつとは、件の好男子な講談師の高団子のことだ。動画の違法配信中に踏み込んだPWPだが、まんまと逃げられてしまっていた。昨日の配信復活に、PWPが即、配信場所を割り出して乗り込んでいったが、すでにもぬけの殻だったという。
「うん。そうそう、あの動画って、あっちこちのP世界を移動して配信していたみたいだヨ。だから、最後の最後まで、なかなか尻尾掴めなかったんだって。あそこのP世界にいるようだって飛んでくと、もういなくなっていて、別の所に現れる」
「ちくしょう……」
姐さんの額に青筋が立つ。頭の天辺から湯気でも出て来そうだ。
「ところで、あのPWPが踏み込んだ最終話の配信の場所、どこだと思う?」
眉間に皺を寄せるタマサカ先生。
「M-87だヨ」
「えっ。PW連邦本部のお膝元」
ゴッちゃんが仰け反った。
「ふてぇ野郎だ」
憤慨した姐さんは、お冷を一気飲みするとダン! と音を立てて、グラスをテーブルに叩き置いた。タマサカ先生が「割っちゃだめだヨ」とたしなめる。
「そんでもって、昨日のは……」
タマサカ先生が言葉を切って、一同を見回す。みな、息を殺して続く言葉を待つ。
「N-69だヨ」
「未加盟P世界からっスか」
「しかもウチらの元P世界じゃん。ふざけやがって! 狙ってんのか」
今度はテーブルを拳でドン! と叩く姐さん。グラスたちがビックリしたように跳ねた。
「ワタシたちが使ってる試験用の通信システム使って配信してるよネ。むかつくヨ」
マジでふてぇ野郎だと、姐さんがまた咆えてテーブルに向かって拳を振り上げたので、一同、グラスを持ち上げ、拳の衝撃から守る。
「あの高団子って人がPM2・5を持ってるってことは、たぶん……ううん、間違いなく、講談師の高団子があの個人タクシーの運転手で――」とパン太が
「――そして、センセイ」とキン子が続けた。
更にその後を追って、「ラスボス」とタマサカ先生。
「――しかして、その正体は?」
姐さんが呟く。一同揃って「さぁ」と肩をすくめた。「ハニーちゃんではない」とタマサカ先生が忘れずに付け加える。
いつまで経っても料理は元よりドリンクすら、まだ来ない。
「水ばっかりで、お腹がチャポチャポする」
水のお替りだけは、まめにフロアースタッフが個室にも回ってくる。さしものキン子も水腹になってきた。
「そう言えば」
姐さんが何か思い出そうとしているように腕組みをし、斜め上にちらっと視線を向けた。
「あのとき、PM2・5の後部座席にミータとエツコが転がっていたような気がするんだ」
PM2・5で家出したときのことだ。
タマサカ先生が、はたと膝を打った。
「あー、そうだった! ミータとエツコを連れて出掛けようとしていたんだった。二人が亜空間内監視に使えないかって思って、実施検証に行こうとしてたんだ。それで、PM2・5に乗っけといたんだっけ」
「そうだったんスか」
「ゴッちゃん、君は、そのときコンビニにおやつ買いに行ってたんだよ。実験途中でお腹が空いたときのために。君が帰ってくるまで、手持ち無沙汰だったから、一人で準備してたの」
「……と言うことは、やっぱり高団子イコール、キン子の言うセンセイの、個人タクシー運転手なら」
姐さんの言葉にみなが頷く。すべての辻褄が合う。
「奴が盗んだPM2・5にあったミータとエツコを使って、一部始終を見ていたってわけか」
タマサカ先生が唸る。
「使い方がよくわかったな」
ゴッちゃんが首を捻る。ミータとエツコは、まだ非公開だったのに。
「そうだ。操作とデータ収集のためのモバイルPCも載っけといたんだっけ。必要な設定は済んでいて、チェックのために電源を入れて……」
「あっ。それにマニュアルが入ってた。PW連邦の通信局の人たちと合流する予定だったっスから、彼らに説明して、実際にちょっと操作もしてもらおうって……」
「ヤツからしたら、偶然かつ幸運にも、至り尽くせりだったわけだ」
姐さんが悔しげにおしぼりをギリギリとねじり締めた。
パン太がキン子に囁く。
「ミータとエツコに会ってみたいね」
「うん。もし、今、ここにいたら、デネーズのキッチンを覗いて来てもらうのに」
未だ来ぬ料理がどうなっているか知れただろうにと、キン子は残念がって、おしぼりを握りしめた。
ようやくドリンクが来た。
「待ってました!」
キン子とパン太は、クリームソーダの勇姿に歓声を上げる。二人揃ってストローからソーダを吸い上げ、それから揃ってクリームを掬って口に運ぶ。
「うーん、おいしい」
キン子が至福の吐息を漏らした。
元姐さん軍団は、子供たちのクリームソーダのどぎつい緑色を見て、全身緑タイツのスルーを思い出し、一瞬、魚(ぎょ)……じゃなくて、ギョッとしたが、二人が細い筒で液体をおいしそうに吸い上げている様子と、緑の液体が段々とクリームと混じり合って、柔らかなライムグリーンになっていくに従って、緑色にまつわるトラウマも薄らいできた。
ちなみに、彼らは揃ってアイスのモカジャバを注文した。メニューを見てもちんぷんかんぷんだったので、姐さんの真似をしたのだ。目の前に置かれたちょっとドロッとした茶色い飲み物に、これまたギョッとする。登頂に渦巻き状の白いものがのっている。
(白いウ○コ?)
姐さんを見ると、旨そうに吸い、白いウン○のようなものを細い筒――ストローの先っちょにある小さな匙状の部分で突いている。
(大丈夫そうだ)
互いに目配せをすると、恐る恐る細い筒で茶色の液体を吸ってみる。
「!」
苦いけど甘い。チョコレートのような味で、なんとも言えない未知のコクがある。不思議な味だ。だが、旨い。ストローの先の匙で、白い渦巻きのものも、掬って口に含んでみる。
「!」
甘い。旨い。乳の味がする。たぶん、牛の乳でできているのだ。あとはもう無我夢中だ。強面がとろけるような顔で、フロートがのった甘いモカジャバを堪能している。
「凄い絵面だな」
タマサカ先生がぽそっと言った。
モカジャバを飲み干すと姐さんが、
「それにしてもさぁ」
またしても思い出し話を始めた。あっちこち思い出して唐突に話を切り出すあたり、伯父のタマサカ先生に似てなくもない。育った環境のせいだろうか。
「キン子両親、ちょっとシュッとしていて、びっくりよな」
彼らは、フィッシュヘッドやミスター・スタンが巻き起こした一連の騒動が収まった後、改めてN-83――キンパンP世界に里帰りしたのだった。
まずは、キン子の両親の消息を知るべく、キミン国の親戚のおじさんのところを訪ねた。そこに二人はいなかった。
親戚のおじさんは、確かに羽振りが良く、貿易商という商売柄、顔も広かった。キン子の話を聞いて、すぐに街道沿いを探してくれた。
すると、キン子の両親は、国境近くの宿場町で働いていた。
あれから、運良く――世間知らずの二人であるから、もはや奇跡に近いだろう――国境の町に辿り着いた二人は、あと一歩で国境越え、頼りの親戚のところに辿り着くと安堵していた。その安堵が招いたのかどうかは知らないが、泊まった宿屋で枕探しに遭った。朝起きると、有り金全部消えている。さあ、大変である。宿賃も払えない。どうしよう。こうなると世間知らずが顔を出す。
「もう一泊します」
そして、どうしよう、どうしよう、と一日過ごし、翌朝また
「もう一泊します」
これを三日繰り返した。
どうも様子がおかしいと、宿屋側が二人に言った。
「では、まずこれまでの宿賃を払ってください」
そこでバレた。宿屋の主人にこれこれしかじかこういうわけで、お金が消えてしまっていた。国境を越えたすぐそこの街に親戚がいます。彼は金持ちです。彼が宿賃を払ってくれるはずですからと、泣いて頭を床に擦り付けた。生涯三度目の土下座である。
「そんな親戚がいるなんて、都合が良すぎでしょ。だったら、何で最初に言わないの。信じられないでしょ」
そう言われた。でも、親戚のことを話したら、茶屋の人はお金を貸してくれたと、世間知らずの二人は、茶屋での経緯を話した。
「私もね、客商売だからね。いろいろな人を見てきましたから、あんたらが、ただの世間知らずだって、わかりますよ」
じゃあ、と期待する二人。
「だから、教えときましょう。普通、こういうときは、働いて払うという人が多いです」
「そ、それは、私たちに働けということですか」
「それしかないでしょ」
「だったら、夫を質に置いていきます。茶屋の時も、子供を質草に置いてきたから」
キン子母が言った。「えっ」キン子父が驚愕のあまり、目を白黒させた。俺だけ置いていくのか、お前。
宿屋の主人がその言葉にキレた。
「働けっ!」
「は、働きます! 二人で」
キン子父が間髪入れずに即答する。「えええー」妻が不満げな声を上げたのが聞こえたが、もう、破れかぶれだった。一人、置いていかれたって、どうせ働かさせるんだし。
こうして、二人は、国境の町にある宿屋で働き始めた。
労働なんてしたことのない二人である。薪割りも出来ない。飯炊きも出来ない。布団の上げ下ろしもままならない。配膳させれば、途中でお膳をひっくり返す。見事に何もできない。
「働けと言ったけれど……」
宿屋の主人もこれには困り果てた。
あるとき、宿代の計算が合う合わないと、客が奉公人と揉めていた。たまたま近くにいたキン子父が何気なく、帳簿を見て
「これ、梅の間のお客さんのじゃないですか。この人って、桜の間のお客さんでしょう。それに、ここ、かけ算間違ってますよ」
奉公人の勘違いと計算違いを指摘した。
「あんた、字が読めるの? もしかして、そろばんもできるの?」
無銭宿泊する輩に読み書きなんて、と思っていた奉公人が驚いた。キンパンP世界では、読み書きができない者が多いのだ。
そこで、宿屋の主人は、彼らに帳簿付けや勘定の仕事をさせてみた。そうしたところ、まあ、なんと優秀でしょう。考えてみれば、元地頭。領民の名簿管理、年貢の計算なんてしてきたから、これは得意分野であった。宿屋の奉公人には、帳場の者以外は、読み書き感情が苦手な者ばかりだったし、中には全くできない者たちもいた。
またあるとき、ご主人がちょっと豪華に仕立てられた特等間に置く壺を求めて装飾品屋を呼び見繕っていたところ、有名陶芸家『金等』の作品と品書きが付いた壺があった。気に入ったご主人はこれを購入しようとしたが、当然、装飾品屋の提示した値は結構な額である。この金額が果たして妥当か判断しかねたご主人は、以前は骨董品なぞを集めるのが趣味だったと言っていたキン子父母に意見を求めただ。
「あれ? これ落款が違うんじゃない」
壺の底に入れられた『筋』印を見てキン子母が言った。
「キンはキンでも字が違いますね」
金等は、独特の崩し字で『金』と入れる。ここにあるのは『筋』。しかも子供の手習のような下手くそな楷字である。妻の手元を覗き込んだキン子父が呆れた。
「普通の贋作なら落款を本物に似せるものでが、随分とお粗末な贋作ですな」
ご主人、間一髪で贋作回避。妙なところで二人の金見栄っ張りハブリーな過去が生きた。
偽物を仕入れてしまった装飾品屋は、ショックで昏倒した。ついでに信用を失墜して店も倒産した。気の毒だが、商売の仕方がずさんだったから仕方がなかったのかもしれない。
こうして、すっかり主人や他の奉公人たちの信頼を得て、重宝されて働くうちに、キン子父母は、宿が仕入れる食材の値段交渉から、宿の増改築の経費の計算まで、重要なことも任されるようになった。
「助かった」「ありがとう」「心強い」などと、主人や奉公人仲間、果ては客に言われると、二人ともまんざらでもない。二人は、生まれて初めて働くことの喜びを知ったのだ。
キン子が二人を捜し当てて訪ねていったときには、二人ともすっかりその生活に馴染んでいた。おまけに規則正しい生活とキビキビと働いていたせいか、余計な脂肪がとれて、顔も体も引き締まって、生き生きとしていた。
「帰る気は端からないし、今更、キミン国に行く気もない」と父。
「働いて、自立して生きていけるってわかったから」と母。
「生きているってこういことだったんだ」二人揃って、そう言った。
そんな両親にキン子は
「わかった。じゃ、二人とも頑張って」
とあっさり手を振って別れた。
「キン子、お前、随分あっさりしてたよな。実の両親に対して」
姐さんの言葉に、キン子はちょっと小首を傾げて
「だってさぁ……んー……何て言うんだっけ? ダラダラとあんまりおいしくないお菓子を食い続けているみたいな感じの……呆然じゃなくて、当然じゃなくて、満腹みたいな言葉」
「漫然?」パン太が助け船を出す。
「そう、それ! 漫然と親子やってるより、『親子ならば別の路を行け! おでぶっ!』って言うじゃない」
「北都の拳だね」パン太が眼鏡をクイッと指であげた。そして、子供たちは代わる代わる妙なポーズをつけながら
「同じ生き方をすれば、同じ業を継ぐ」「親子ならば別の路を行け!」
最後に揃って、
「「おでぶっ!」」と叫んだ。
タマサカ先生がふむふむと頷く。
「確かに親に生活習慣病があって、それが遺伝的要素によって発症しやすいものならば、親と同じ生活習慣は送っちゃいかんよね」
いや、そういうことじゃないと思うけれど……とゴッちゃんが軽く突っ込む。
「ん? 『兄弟ならば違う道を進め!』とかってセリフじゃなかったっけ?」
姐さんが首を傾げた。
「そんでもって、『おでぶ』じゃなくて『びでぶ』」
「それは自分らの元P世界の方の漫画アニメっス。こっちのP世界では、子供たちが言ったヤツが公式っス」
「あっちのP世界とこっちのP世界と、微ズレのクリソツだから、頭こんがらかるわ」
姐さんが疲れた顔で天井に向かって大きく息を吐いた。
「お父さんとお母さんも、キン子と違う道を行ったから、今はみんなに頼りにされてキラキラして生きてるじゃん。前は、すごい嫌われ者だったのにさ。キン子も別の道を行ったつもりはないけど、別の道に来ちゃったから……」
キン子は、両腕をハの字に下げて拳を握って目を閉じる。その腕を身体の前に回してクロスし、更にゆっくりと横に弧を描いて開きながら頭の上に上げて、ぱっと掌と目を開いた。そして
「開眼!」
と叫んだ。『北都の拳』主人公のライバルが、彼の必殺技『お悟り拳』に開眼したときのシーンだ。
「……したかどうかわかんないけど、頭は前よりスッキリしてるし、今の方がずっと、楽しいし、嬉しいことがあるもん」
自分のことは自分でしなければならないし、勉強もちゃんとしなくちゃならないし、お手伝いもあるし、自分で考えて自分で決めなくちゃならないこともたくさんあって、面倒くさいって思うこともあるけれど、ずっと……
「おいしい感じがするっていうか、気持ちの良い満腹があるっていうか」
「満足感とか充実感とかがあるってことかな?」
パン太が首をちょいと傾げた。
「そう、たぶんそれ」
キン子は、両手の親指と人差し指でピストルの形を作ると、指先をパン太に向けた。
(こま○り君か)
P世界N-69出身者三人が各々、心の中で突っ込んだ。
余談だが、北都の拳の主人公の十八番技は『千手拳』という。「あだだだだ!」と奇声を発しながら高速で拳を繰り出し、敵に反撃の隙すら与えずに倒す。あまりの速さに視覚がついていけず、手が何十本も何百本もあるように見えることからその名が付いた。
キミン国のおじさんがキン子の両親を探してくれている間に、一行は、パン太の奉公先の人たちを探した。
本屋業界を当たってみると、あっさり彼らの行く先が知れて再会できた。みな、馴染みのある業界で再就職を果たしていたのだ。パン太は、自分のことを心配する彼らに、タマサカ先生たちと打ち合わせておいたとおりに、迷子になって外国の学者さんに拾われ
「その人の養子になったんだ」
と説明した。朗らかで温厚そうなタマサカ先生が「この子がお世話になりまして」と手ぬぐいと茶屋饅頭を配ると、みんな良かった、良かったと喜んでくれた。めでたし、めでたしであった。
みな、ドリンクを飲み干し、グラスに残った氷が溶け、それも飲み干したとき、ドアが開いて個室担当スタッフが姿を現した。ようやく本日主役の登場である。
「もう、永遠にデネーズかと思ったヨ」
銀色のドームのような蓋――クローシュに覆われた大皿がワゴンで静々と運ばれてくる。
「仰々しいっスね」
「ホテルのルームサービスみたいじゃん」
「ホテルって宿のことでしょ? その、るーむさーびすって何?」
パン太がズレた眼鏡の上端から覗くように姐さんを見上げた。
「ホテルの泊まっている部屋に、料理を注文すると運んできてくれるサービスがあるんだ。ちょっと割高なんだけど、便利だろ? 特別感もあるし」
「特別感のある料理……」
キン子の口の中が条件反射的にジューシーになる。
担当スタッフがクローシュに手を掛ける。みな、固唾を呑んで彼女の手を見つめる。ぱか~んとクローッシュが開かれた。
一同、目を皿にして、皿の中を覗き込む。
そこには、金串に刺さった焼き鳥みたいなものが、中央のお椀型に盛り付けられたバターライスらしきものの周りに放射状に並べられていた。ライスの天辺には、濃いピンクの花が一つ置かれている。焼き鳥擬きの下には、グリーンも鮮やかなベビーリーフが敷かれている。
・・・・・・・。
説明のしようがない微妙な空気が部屋の中を漂い、すべてが沈黙した。
「こちらがご注文S・H・K――シークレット・ヘブン・ケバブになります」
客から漂う微妙な空気に、いささかも呑まれることなく、担当スタッフが淡々と告げた。
「あ。ケバブ……そうだね。確かにケバブだヨね」
タマサカ先生が棒読みで言った。
「そんでもって、これ、ケバブはケバブでも、シシカバブだネ。串に刺さってて」
「焼き鳥みたい」「だねー」とは子供たち。
「そういやあ、シシカバブとケバブと、どう違うんだよ」
姐さんの疑問に、スタッフが答える。
「ケバブには、一口大に切った肉を串に刺さして焼いたシシカバブと、スライス肉を重ねて垂直の大きな串に刺して炙って、それを刃物でそぎ落としたものの、ドネルケバブというものがあります」
キン子が「ああ」と手を打った。
「お肉のバームクーヘンみたいなヤツね」
「キン子、バームクーヘン知ってるのか」
姐さんが聞く。
「うん。デパ地下とかいうところで見た。お肉のバームクーヘンは、駅前のケバブ屋さん」
まだ食べたことないけど、とキン子は涎を拭った。
スタッフがケバブの説明を続ける。
「シシとは、串という意味のシシュが訛ったといわれています。ある国では、これをシシュ・ケバブと言って、別の国ではシーシュ・カバーブ、また別の国ではシーク・カバーブ、ジク・カワープなどと言います。シシケバブは、シシュ・ケバブが訛ったものです。――以上、『ウィッとアンサー』からの引用でございます」
「ウィッとアンサー? ……ああ、ウチらの元P世界のウィキペディアみたいなもんか」姐さんが独りごちる。
「先ほどおっしゃられてましたバームクーヘンにつきましては、この国では、年輪みたいな切り口から、長生きする縁起の良いお菓子とされておりますが、発祥の国では、逆にバームーヘン職人は長生きしないといわれております。バームクーヘンは、その製造に神経を使い、直火の熱を真っ正面から浴び続けるゆえ、肉体的にも精神的にも過酷であるからとのことです」
「物知りだね」
タマサカ先生が感心すると、
「これも、ウィッとアンサーでございます」
スタッフは、澄まして答えた。
「ところでさ」
姐さんが斜め下からメンチを切るようにスタッフを見上げる。
「ケバブなのはわかるけど、何でシークレットで、ヘブンなんだ?」
すると、スタッフが口に指を当てて「しー」と声を潜めた。
「しー?」
一同、同じく指を口に当てて聞き返す。
「そう『しー』なんです」
声を潜めたまま、スタッフが答える。
「しー、しーなんで、そういうケバブなんです」
「しー、しー、ケバブ……だからシシケバブ。それで何でシークレット? さっぱりわかんない」
パン太が首を傾げる。
タマサカ先生が「あっ」という顔をして、でもどこか残念そうに
「もしかして、『しー』て、秘密にしてねの『しーっ』? それで秘密なケバブってこと?」
スタッフが爽やかな営業スマイルで首肯した。
「じゃあ、ヘブンは何なんだよ」
ヤケクソ気味で姐さんが聞いた。
すると、スタッフが皿の脇に伏せられていたクローシュを持って、内側に返した。
一同がそれを覗き込むと、クローシュの内側には、ラッパを持った天使の姿に象られた薄焼きパンが二つ、張り付いていた。
「これをお皿の上に被せれば、お皿の中の料理は、空から天使が祝福する天国となります」
「はああー‼」
タマサカ家一同が上げた気の抜けた叫び声が室内一杯に響いた。
元姐さん軍団の顔だけ強面さんたちは、さっぱり意味がわからずキョトンとしていた。まだ、P世界研修中の人たちには無理からぬことである。
「この残念感……よくもSNSで密かに拡散しなかったもんス」
「残念過ぎて、この残念感をほかの連中にも味あわせてやりてぇって、黒い気持ちが沸き起こるからじゃねぇ?」
「天国なのに?」
「むしろ、この残念ヘブンを他の人たちにも、フレッシュな気持ちで味わってもらおうというエンジェルハートがだね、シークレットにさせるんじゃないの」
タマサカ先生らしい奇抜な言葉のチョイス&アレンジに、姐さんが「ルーオオシバかよ」と呆れた。キン子が「何のルーだろうね」とパン太に耳打ちする。「オオシバって、やっぱりシチューやカレーのようなものなのかな」「帰ったら、アイン君に聞いてみようよ」とパン太が答えた。
「ちくしょう、ネット拡散してやる!」
吠える姐さんをまあまあと、タマサカ先生やゴッちゃんがなだめる。状況をまったく理解していないが、強面さんたちも、まあまあとなだめる。
「みっともないヨ、見てご覧、子供たちの方が落ち着きがあって大人……」
タマサカ先生が珍しく常識的な言葉でもって姐さんを諫めながら、指し示した子どもたちはというと
――もぐもぐもぐ、はぐはぐはぐ、ばぐばく……。
幻の残念裏メニューS・H・Kを一心不乱に堪能していた。その姿に姐さんが脱力した。
「おい、お前ら、残念じゃねぇの?」
「んー……」
キン子は、金串から口でぐいっと肉を外し、もぐもぐ、ごっくんと肉を胃に向かって収めると
「……ま、おいしいから、いいんじゃない」
許す、と事もなげに言った。
「今度は、カブ師匠も一緒に来ようね」とパン太。
そして、子どもたちは、一緒に「ねー」っと笑った。
〈Fin〉
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