新型コロナウイルスが感染拡大し、緊急事態宣言が発令していた次の日の四月十七日、クーさんは我が家の新しい家族の一員になった。
 クーさん。ビーグル犬。女の子。推定十歳。 
 推定である理由はクーさんが愛護センターに保護されていたからだ。

 クーさんが風薫る季節の夕方にうちに初めてやって来たとき、がりがりに痩せていて怯えたような眼をしていた。
 クーさんを引き取ったのは母だった。自粛期間でどこにも行けないときに、近くに住んでいる伯母が保護犬のチワワを連れてきたのがきっかけだった。伯母の話によると県の愛護センターに老犬のビーグル犬が保護された情報がホームページに載っていたという。
 昔、私の家ではビーグル犬を飼っていた。

 ペットロスがなかなか癒えず、母もまた新しい犬を飼うのにためらっていた。そんなころに譲渡犬という選択があることを知り、ネットでそのホームページを検索した。多くの保護された犬が切ない眼をしてこちらを見ていた。
 クーさんもそこにはいた。

保護犬クーさんの現在の写真


 母は居ても経ってもいられなくなり、本来ならば自粛しないといけなかったところを、これは不要不急じゃないと決意してクーさんを引き取ることにしたのだ。
 愛護センターでも職員の方にクウン、クウン、となついたことにちなんでクーさんと呼ばれていたから本当の名前は分からない。

 クーさんは2020年の二月の寒い朝に山間部の路上で赤い首輪をつけたまま、さまよい歩いているところを通りすがりの運転手に見つかり、愛護センターに保護された。クーさんは見ず知らずの人にもなつき、心の底から人間を信頼していた。

 愛護センターで働く職員の方の願いを引き継いで、うちでもクーさんと呼ぶことにした。最初はがりがりに痩せていたクーさんもすっかり元気になり、今ではちゅーるが大のお気に入りだ。散歩も一日に2回も連れて行き、たまに雷が鳴ると大きな声で鳴いて怖がるクーさんだけれどもそれ以外は穏やかに過ごしている。
 誰にでも尻尾を振って散歩中にはよく子どもに声をかけられる。最初に飼っていたビーグル犬のプーはなかなか散歩ができなかった。晩年になって散歩しようとしても身体が動かずできなかった。後悔がないようにクーさんには心ゆくまで散歩させたい。

 コロナ禍になってから巣籠りの影響のため、ペットを飼う人が増えているという。その反面、軽い気持ちで飼い出して遺棄するという悲しいケースが後を絶たない。もし、ペットを飼おうと決めている人がいるならば、こう優しく声をかけたい。

「ワンちゃんや猫ちゃんを飼うと決めたならば、その大切な命が尽きるまで大事にしてほしい」

 クーさんのように一度は保護されて運よく我が家の一員のようになったケースは非常に稀だ、と愛護センターの職員の方は話されていた。
 ほとんどの場合はいちばん悲しい結末を迎えてしまう現実がある。もちろん、数多くいた保護犬たちの中でビーグル犬だという理由だけで、選んでしまった私たち家族に罪悪感がなかったわけではない。結局は可愛い犬を選んだんじゃないか、と言われてもしょうがないと思う私もいる。
 
 母がそれを愛護センターの職員の方に言うと「一匹でも多くの命が救われればいいんですよ」と言ってもらい、勇気をもらった。
 だから、この文章を読んでいる方の中で、うちの子は保護犬じゃないから、と罪悪感を抱かなくても全然かまわない。
 その命を最期まで全うするという約束の深さは誰もが同じなのだ。
 
 4月17日、わたしはクーさんと約束した。
 
 クーさん、うちに来てくれてありがとう。クーさんは我が家の大事な家族だよ。

 

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