伯父さんは僕の気配を気付かなかったのか、軽トラックの運転席に乗り、車はスタートラインのテープが、切られたように走り出していた。

 奇声は駄弁を繰り返す、道化師のように僕に襲いかかった。水上から下々の者を幻惑させるような、声は流れ落ちる。伯父さんの軽トラックはもう、見えなくなっていた。いつも同じだった。みんなの後ろ姿を見てばかりだった。

 たくさんの背中ばかり見ていた。僕は街角の雑踏で表面上の神隠しに遭う。僕は旱星を抱くまで、血を吐き続けるしかなかった。明日を試みる夢の形は粉々に割れ、ちょうど、青い鏡が床に叩きつけられ、砕け散るように。

 オオムラサキが斜交いに飛び回り、目の前は急激に暗黒に閉ざされた。その旋回する、オオムラサキだけは幽玄に光り、高貴な女人が身に着ける、首飾りの紫水晶のようにも見えた。まばたきを繰り返すと人影が見え、その正体は清羅さんだった。僕に忌まわしい秘密を教えた人。

「こんなところにいたんですか」

 清羅さんはなぜか、古びた狐のお面をかぶっていた。

 表情は確認できなかったのに、清羅さんだ、と分かったのは、彼女が銀鏡中の黒いセーラー服を着ていたからだ。

「お前があんなことを教えたから、こうなったんだろう。お前が教えたから、こうなったんだ」

 その狐のお面に慄然と震えたのは、異界の魔王を畏怖したためだったかもしれない。


「おかしいですよ。辰一君こそ、おかしいんじゃないですか。お母さんが嫌いだったんですか。だから、あんなことをしたんですか」

 もし、真意を見透かされたら、銀鏡にもいられなくなるかもしれない、と殺気立ち、僕は何も言えず、本能的に押し黙った。

「辰一君は顔だけは恰好がいいですよね。何というのか、私は辰一君ほど綺麗な人を知らなかったなあ。誰からも文句を付けようがない、顔立ちなのに何で、お母さんの千夏さんに恋をしちゃったんですかね……」
「恋?」

 僕は思わず、耳を疑った。

「何を言うんだよ。お前」

 拳を吊り上げそうになり、寸でのところで暴れ回す、右手を痛みが消えない左手で、なだめた。

「母さんのことは嫌いだったけれども僕は恋なんかしていない。むしろ、大嫌いだった」

星神楽 58 禁色|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)

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