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 神楽会館での練習日、手でガシャン、ガシャンと振れば、二の腕の筋肉も痛み出す。
 地区のおじさんたちが吹く笛の音が響き、汗が垂れ落ちた。
 笛の音に合わせて舞うと、ますます本番さながらに引き締まる。

 休憩を挟み、勇一が遊んでいるのを傍目で見ながら、伯父さんと外で缶ジュースを飲んだ。
「だいぶ上手くなったよ。見違えるようだ」
「神楽って難しいんですね。みんなみたいに綺麗に舞えないんです」
「動きをよく観察するしか方法はないな。辰一君はあと、一歩なんだから、まだまだ、時間はあるし」
「こんな動きがとろい僕でも、失礼じゃないでしょうか」
「辰一君の年齢ではまだ、早い。大事なのは心だ。どんなに上手くても、心が伴っていなければ意味がない」
 今度、練習があるときは白装束を着て、本番さながらで舞う予定だそうだ。
 きちんと舞えるか自信はないけれど、精一杯やりたい。

 帰り道、途中で勇一の寝息が聞こえ、窓際から見える、星月夜に僕はつい圧倒され、狭い車内から身を乗り出すように窓を開けた。
「辰一君、千夏のことが何かあるか?」
 涼風が夜の帳を連れて、盗人のように入ってきた。
「母のことですか……」
「最近、千夏の具合が悪そうなんだよ。ほら、こんな田舎だからやっかみを言う人も少なからず、いるだろう。千夏もちょっと、まいっているみたいだ」
 あの人の調子が悪いのは今に始まった話ではない。
 いつも不機嫌で、お酒ばかり飲んで、とにかく、ふしだらだった。
 毎日、工場まで車で通って働き、見ず知らずの男と戯れていないだけでもいい。
「母の調子が悪いのは今に始まったことじゃないんです」
 冷淡に言い放しても、自分の心に燻る、厄介な陰鬱をそう、簡単には消去できなかった。
「そうかな、千夏は子どもの頃は、辰一君にそっくりだったよ。千夏は辰一君みたいに本が好きで、明るい子だったから。顔立ちも今の辰一君に似ている」
 僕はどこにも、あの人とは似ていない。断定助動詞のように僕は頑なに拒否した。
「母は僕によく話すんです。あんたはあの人の子供だからって」
 語尾を予め、強気に否定したのを伯父さんは、敏感に感じ取ってはいなかったようだ。

「そうか。伯父さんはあんまり、知らないけれど」
 知らない、というのは真っ赤な嘘だ、と僕は見抜いた。
「母のことは僕が一番よく存じています」
 お茶で濁しても、伯父さんの口調に変化はなかった。
「辰一君はもっと、のびのびとしていいんだよ。これじゃ、まるで殻に閉じこもっている蝸牛だよ」

星神楽㉝ 砂上の楼閣|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)

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