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 心の中の宇宙に閉ざした、言い伝えを僕は諳んじる。
 孤独を貫徹する、深山では降りかかる運命も、願望もない未来も包みこんでくれるのに、僕は世迷言を嘯くしかない。
 空は箒星の残滓を拾っている。
 確認さえもできない、星雲は闇に恋している幼子のようにも見えた。
 この胸に震わす、透明な闇は、星々の廃市の記章を宿している。
 灼熱を孕んだアスファルトは、じわじわと背中を軋ませ、汚濁と無縁のはずだった、青銅色の川はかすかな悲鳴を上げていたのに。

「螢ちゃんがいなくなった?」
 勇一からその話を聞いたのは、夏休みも終わる葉月の末だった。
「勇一、その話は本当なのかい?」
 勇一の不安げな顔は嘘ではなかった。
「螢お姉ちゃんが昨日いなくなったって。お父さんもお母さんも、螢お姉ちゃんのお父さんもお母さんもみんな、探しているんだって。辰一お兄ちゃん、どうしよう」
 声変わりを済ませたばかりの勇一の濁声には、まだ幼気さが残っていた。

「勇一、どこで螢ちゃんはいなくなったんだい?」
 僕の声はもう、青年期に差し掛かろうとする、声音の低い色だった。
「銀鏡神社の近くだよ。近くにお母さんが働いている工場もあるのに突然、いなくなっちゃったんだ」
 勇一の肩は大袈裟ではなくて、本気で震えていた。
「お母さんたちも探したんだよ。お父さんも探したんだよ」
 僕は文字通り、頭の中が曇りのない、雪原のように真っ白になった。
「辰一お兄ちゃん、どこへ行くの!」

 勇一の言葉が後方から聞こえたとき、僕の両足はすでに走っていた。
 自転車に乗り、そのまま、自転車から風を浴びた。
 僕がいけなかった。
 あんなに心配させてしまったんだ。
 夕闇が籠る、山の中で僕は声が途切れるまで叫び続けた。

 自転車で至ところへ走り回った。
 かぐら里商店がある、メインストリートの村一番の賑わい地点である交差点、中州に建立された、ひっそりと佇む稲荷神社、郵便局の通りに接する閑静な路地裏、小学校の薄暗い若竹が屹立する裏山、とにかく東奔西走、走り回った。
 うそうそ時になり、遠方からおーい、おーい、おーい、とあのときの幻聴が聞こえた。
 おーい、おーい、とその愁然とした声は、轟くように響き渡った。

「辰一君、何をやっているんですか」
 銀鏡神社の鳥居の前に息を荒くさせながら到着すると、あの清羅さんが狐のお面を着用したまま、乾いた陸上に立ちはだかっていた。
 僕は身体が必然と強張るのを感じ、最善の注意を払った。
 母さんが警察に捕まって以来、学校の近隣まで来たことはなかったからだ。
「かくれんぼですよ。かくれんぼ。ちょうど、螢ちゃんと遊んでいたんです。辰一君はずっと家で何をしていたんですか。銀鏡中で噂が持ちきりですよ。辰一君が千夏さんを傷つけようとしたことは」

星神楽 67 闇の振動|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)


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