52ヘルツのくじら
「ねぇ知ってる?いくら呼びかけても返事すらもらえず、寂しく大海原を泳いでいるクジラの話を」
そうやって何処からともなく現れた君は言った。
整列した家の間から蜜柑色のスポットライトがあたる。
「クジラは死んだ後、海底に沈む。
その死骸は大型生物から小型生物に何年もかけて肉を削ぎ落とされ、骨を溶かされていく。その残りかすは、微生物やバクテリアに分解される。何も残らない。
クジラは深海のオアシスとなりこの世から去る。
その中でも生きた証すら残らない、声すら聴いてもらえないクジラがいる…」
あぁまるで僕の話をされているようだ。
「世界で1匹の…」
青海原に溶け込む僕。
重たい波が乾いた音で響く
ザザッザー ザーン
「生きた証すら残らない…」
きっと見えてはない僕。
「天使の歌声を持つのに…」
きっと声届かぬ僕。
白い息が顔を覆う。
「52ヘルツのクジラ」
あぁ全部、全部僕の話だ。
1時間に1本しか止まらない無人駅の隣、
寒空の下1人ブランコに揺られる。
ガタンゴトン。
今日は3回止まった。
聴こえない声で寂しさを叫ぶ。
けどね、あなたが52ヘルツのクジラだ。と言ったら私も52ヘルツのクジラだ、と言うよ。
そうしたら、「世界で1匹」だけではなくなるからね。
と目を細め笑う君。
きっと、そう笑う君も、いつも笑っている友人もそのまた友人もどこかで52ヘルツの叫びをあげている。
だから目に見えなくても、耳に入らなくても、どうか心を傾けて聴こうとしてほしい。
世界で最も孤独なクジラ 、52ヘルツは今も
どこかで鳴り響いている。
フェードアウトしたライトと引き換えに
また新たな光が僕らを照らす。
ガタンゴトン。
文學少女
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