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[2]推し、燃ゆ読みました!

宇佐美りん先生の[推し、燃ゆ]という小説を読んでたんすよねぇ。1999年生まれの若い作家さんなんですけど、ホントに勉強になります。
最近は読書が好きで、この歳になって趣味読書が追加されたんですよね。文字を書く事はしてたんですけど、小説を読まないで書いてたんすよ。
まぁ〜それはそれで良かったんですけど、改めて作家さんって凄いなーって。
何読んでても基本的に楽しいし、勉強になることしかないんですよ。これは幸せなことですね。
「つまらないと思ったらやめた方がいいよ」という意見もあるんですけど。
文字を積み上げる大変さとか難しさとかは、書く側の気持ちは理解してるつもりなので分かる部分はあるから、敬意を持って絶対に最後までその作品と向き合いたいなぁ。中途半端に読んで、投げ出すのは失礼だと思うので。
ちなみにわたくしが初めて書いた時はテーマ決めて1万文字書くだけで、ヒーヒー言ってましたね笑
今は流石にそれはないけど。。

ちゃんと自分が納得した物を書きたいと思ったんすよ。以前、書いていたのまとめがてら読んでたんすけど、テーマが軽い感じで書いていたにしてはシンプルに勉強不足だなーと痛感して。
これは文字との向き合い方が甘すぎると。
何でも手に取って読んで構成の仕方だったり、どうしたら効果的に読み手に言葉を刺し込めるかとか勉強してる感じです、今は。
そもそも書籍化されてる段階で凄いんだからね。

んでんで、推し活って言葉がいつからこんなに市民権を得たのかは分からないですけど笑
昔からあったけど、ここ最近さらに定着してる感じですかね。
よくよく考えると、最近の若い子たちと絡む事あるけど。推し活してるんだよねぇ。楽しそうで何よりだと思って見守るだけだけど笑
ジャニーズとかKーPOPとか好きって言う子多いなーって。ファンミーティング行くから休み欲しいですとか、ライブ行くので休み欲しいですとか可愛いもんだなーと思って「よし!楽しんでこい!」って言うもん、そして「シフトどうしよかな〜」とか思うけど、若い子の楽しみとか生き甲斐は理解とか許容出来る大人でありたいからね。。そこは背中押してやれる大人がいないとね。
推しの出る雑誌は3冊買うって人もいたなー。
推しの出るテレビは録画して何度も見るって人もいたなー。
推しのライブの抽選外れて、ガチ泣きしたって人もいたなー。
推しがCMしてる商品は必ず買うとか言ってたな。
そんな感じで推し活というもの自体が結構身近に聞くし、推しを応援したいからバイト頑張るなんて普通な事なんだよなぁ。
わたくしも、ある意味D’ERLANGERのCIPHER推しだしなぁ笑

んで、[推し、燃ゆ]読んだんですよ。
最近は本屋さんに行くのが好きで、ドカーン!とコーナー作られててね。現代文学について勉強したい気持ちなので、取り敢えず買ってみたのよ。
買ったその日に読み終えたくらい読みやすくて。
ここから少し内容触れていきますので、これから作品を読む方はご遠慮下さい。











ザックリというと、高校生の女の子が推し活に夢中になって大切な事を忘れてしまって、色んな事が壊れちゃうみたいな話なんですよね。
推しに対しても純粋で、真面目に応援してるし、あくまでも自分は1ファンとして応援してるって感じでプライドというか誇りを持って推してるって印象なのね。
推しを応援する為にバイト頑張ってやるんですけど、普通の高校生が友達と遊んだりとかして楽しめる事を楽しめなかったり、勉強しなかったりで進学出来なかったり、家族の事を忘れたり、女の子なのに外見とか気を使わなくなったり、将来の事とかも考えられなくなるんだよね。
最初は推し活楽しかったんだけど、変な義務感というか、呪縛みたいのが生まれてきてね。苦しい気持ちなんだけど、それが当たり前みたいになってどうしようもない状態までいっちゃうみたいな。
んで、推しがいなくなって抜け殻みたいになっちゃってどうしようみたいな。
今までなんだったんだろうみたいな。
最後の方で部屋も荒れて孤独感に苛まれるシーンがあって、鏡に綿棒の入ったプラスチックケースを投げつけるのね。
脱ぎっぱなしの服とかカップ麺のゴミとかスナック菓子のゴミとか片付ける事さえも面倒臭くてね。面倒臭い事はやりたくなかったの。
でも、何かをしないといけないと思って1番最初にやり始めた事はプラスチックケースに綿棒を戻す事だったのね、その女の子は。
そこで気付いたんだよね。
[自分は今まで、面倒臭い事とか向き合わないといけない事から逃げて、目の前にある手軽で楽な事ばかりしてきたんだ]って。
深いなぁって。

ある意味、ネット普及しまくってる現代ならではの事なのかもしれないけど、手軽に始めれる怖さだよねぇって。
本当は物凄く距離があるんだけど、変に身近に感じれるのはスマホあればいつでも誰かと繋がれる手軽さだったりもあるよねー。
本当は人と人の距離なんて簡単じゃないし、信頼とか信用がないと成り立たないのにね、錯覚するんだよなぁ。

正直ね、これって誰もがあるんだよなぁーって思いながら読んでたんだよね。
自己犠牲精神って気持ち良くなることってあるんだよね。。自分の家族とかに愛情注ぐのは別の話ね。赤の他人の誰かの為に何かするのが好きな人ね。わたくしは全然そっち側の人間ではないので、ごめんね笑
わたくしは自分自身を粗末に扱う事は出来ないタイプなので。。
ぶっちゃけ他人事に熱量注いでる方が楽なんだよね。それを言い訳に自分のやるべき事から逃げちゃう人っているじゃないですか?
本来やるべき事から逃げても、逃げた先で肯定してくれる人がいたら、弱い人はそっちいくでしょ。居心地良いからねぇ。
そういうコミュニティに属するのって気持ち良いんだよねぇ。
でも、そんな事続けていけるわけないんだよなぁ。

楽しい事って楽なんだよね、最初は。
ただねぇ、楽しい事って続けていくと、どこかで頭打ちになったりとか伸び悩む時がくるんだよねぇ。
走るのが好きな人がいてね、楽しくて毎日走ってるんだけど。
ふとした時に「これって意味あるのかな?」とか「タイムが伸びないな」とか色んなことの意味を問う時ってくるんすよ。
それが頭打ちになる状況って感じなんすよ。
その時が来た時に、それを乗り越える事が出来ると楽しい事とは違うものになるんだよね。
ライフワークみたいな感じになってくると楽しいとかいう言葉では片付けられない事になって初めて見える景色はあるかなぁ。
楽しみ方の違いというか、なんというか。。
これはあくまでも[自分がやっている事]とか[やり続けてる事]ね。
仕事でも趣味でもなんでいいと思うけど。
テレビ見てますとか、YouTube見てますとかは全くもって違う話でね笑
これは個人的な意見なので気にせずにね笑

そういえば新曲が出る度に[祭壇]と呼ぶ棚にCD飾る文化があるんだなーって、この作品を読んで初めて知りました。あとはメンバーのイメージカラーとかあって、その色で日常を埋めるとか。。
わたくしも好きなバンドのCDを飾ろうかと思ったけど、それは違うなって15秒くらいで気付いたよ笑
イメージカラーで日常埋めたら、身の回り紫と蛇柄で埋めるのか〜。それは違うよなぁ笑
それは一郎さんだからカッコイイんであって、わたくしがしてもダサいと思うよ笑


んでんで、推し活は素晴らしいと思うよ。
それが生き甲斐とか、それがキッカケで頑張れるのは素晴らしいよ。
でもね、誰かを傷付けたり悲しませたり、嘘ついたり、金銭的とか肉体的に無理してやるのは良くないよね。
大切に思ってくれる人が身近にいるなら、そこを度外視しての推し活は美しくないね。
自己成長に繋がる推し活は素晴らしいけどね。

リアルで面倒見てる子達が推し活してて苦しみ出したらどうしようかな。。
取り敢えず自分から時間作ってサシでミーティングだな笑

自己犠牲の上で成り立つ、幸せなんて美しくないからねぇ。
これは理想だし、現実はそういうもんではないのはわかるんだけどね。


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