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『ベルファスト』:ふたつの道を抱きしめて

今回の作品『ベルファスト』はケネス・ブラナーが故郷であるベルファストでの幼少期を投影した自伝的作品です。

アカデミー賞でも注目の作品で作品賞、監督賞、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、助演男優賞(キアラン・ハインズ)、脚本賞、主題歌賞、音響賞の7部門にノミネートされています。

祖母役のジュディ・デンチとバディ役のジュード・ヒルと祖父役のキアラン・ハインズ

私はこの作品が今年のアカデミー賞の中で一番好きです。

ぜひ映画館で観てほしい作品です。故郷への愛はもちろん、映画への愛にも溢れる作品です。
観る前に知っておいた方が良いかもしれないことがあるので、それをまとめているのでよかったらご覧ください。

それでは、ここからネタバレありで考察を書いていくので注意してください。

物語に散見される二項対立

『ベルファスト』には多くの二項対立の構造が見られます。
一番大きなものは、カトリック/プロテスタントです。この分断の影響で、北アイルランド紛争が起こり、バディ一家だけでなく住民全員が巻き込まれます。

他にも、教会で印象的に言われたふたつの道、これはバディが何度も気にしています。片方の道は地獄の苦しみが続く道、もう片方の道は祝福が約束されている道であり、今どちらの道に行こうとしているのか子供のバディが気になって心配になっていました。

さらには、日常/非日常。バディの素晴らしい少年時代を描く一方で、暴力的な対立という非日常的な部分も描いています。

そして、忘れてはならないのが、最後の決断。バディと両親と兄はベルファストを去る一方で、祖母は残ります。エンディングで示されたようにこの物語は去った者と残った者そして、命を落とした者に捧げられたものでした。

もう一つ付け加えたいのは、メタ的にはなりますが、パーソナル/普遍性です。この映画はケネス・ブラナー監督の幼少期をもとにした狭く、パーソナルな物語のはずです。しかし、この映画の描く歌、映画、家族、そして愛という価値は普遍的であり、その感動に私たちは心を動かされたのではないでしょうか。

人間讃歌として

こんなにもふたつのことを描いていますが、どちらかに寄ることがないのがこの作品の特徴です。
バディが祖父から算数を教えてもらうシーンを見てみると、世の中の答えというのものが、算数と同じように一つだと思っているバディをたしなめるように、祖父はこの世には答えがないことを示唆し、それが紛争を起こしていると言っています。
宿題が算数の計算問題から月面着陸のプレゼンになるのも興味深く、暗示的です。

人間を讃えるということは、人間の全てのことを受け入れることから始まると思うのです。
少年バディは知らなかったことを受け入れていきます。
カトリックとプロテスタントという対立。混乱の時代であっても父親がロンドンで出稼ぎに行かなければならない家計。好きな子がカトリックであるという事実。
彼は多くのことを受け入れているのです。
その彼を通して『ベルファスト』は人間の全てを受け入れる物語となっていくのです。過去も未来も現在も。その全てを受け入れられるという生命力を信じて。

バディの世界の見方の変化は3つに分けられるでしょう。初めの絶対的な答えのある世界から、答えなんてない世界。そして、答えなんてなくても自分の答えを選ばなければならない世界。
現実的な問題として、行く道が一つになることは避けられないことです。そのアンサーとなるのが最後のシーンではないのでしょうか。
それぞれが行く道を選んだ。それでもふたつの道を抱きしめて、歩いていく。忘れるなんてことはしない。振り返ることもしない。
ただ誇りを持って抱きしめる。

Go Now. Don't Look Back. I Love You, Son.

そのように敬意を持って反対の道を進む者を認めることができる者こそを世界は求めているのではないのでしょうか。
それは1960年代からずっと変わっていないのかもしれません。

以上になります。

最後になりますが、英国アカデミー賞で英国作品賞をベルファストが取ったのでその時のスピーチを聞いてほしいです。

彼は本当に映画が大好きなんですね!

追記:チキ・チキ・バン・バン

映画で育ったバディですが、チキ・チキ・バン・バンのシーンがすごくお気に入りです。観客全員が楽しそうに映画をみつめながら笑う。これこそ映画の本当の力なんだと感じさせるような高揚感が最高に好きです。
こんな胸の高まりを最近感じた映画があります。スパイダーマン:ノーウェイホームです。観に行った方は覚えているでしょうか。あの劇場全体が一体になって物語の中に放り込まれたような感覚を。歓喜に沸き、悲しみを共にした感覚を。
コロナで映画館から足が遠のき、映画産業が窮地に立たされている今日。
映画を愛するフィルムメーカー達の本気とエネルギーと愛を感じています。
今年はまだ3月なのにいい作品が多すぎますね!


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