【北欧暮らし】スウェーデン語が上達すると英語が下手になる
スウェーデン語はその音色がとても美しい、と思う。特に男性の声がとても魅力的に聞こえる。リスニング力向上のためラジオを聴くモチベーションになってたことがあるくらいだ。
とはいえ、学習をし始めた頃は男声の魅力にうっとりするどころではなかった。英語と文法は酷似しているものの、スペル通りに発音しないのが最も厄介だ(夫によれば、ほぼスペル通りに発音するらしいし、ルールが分かるようになればそうも思えてくる気はする)。読めないものは聴き取れない。実際、一度スウェーデン学習を挫折してフィンランド語に切り替えたことがある。
フィンランド語はスウェーデン語と比べてとっつきやすい。ほぼローマ字読みで、語頭の母音にアクセントを置いて書かれた通りに発音すればいい。文法も日本人にとっては馴染みやすい部分がある。
🇯🇵 私は日本から来た。
🇸🇪 Jag kommer från Japan.
ヤー(グ) コンメー(ル) フロン ヤーパン
🇫🇮Olen kotoisin japanista.
オレン コトイシン ヤパニスタ
その後、スウェーデンで就職が決まったので、一度挫折したスウェーデン語学習に再度挑むことになった。
スウェーデンには移民向けの語学学校SFI (Svenska för invandrare)があり、無料でスウェーデン語学習ができる。ほかにFolkuniversitetet という民間のカルチャースクールに語学学習のクラスがある。幸いにも、職場が語学学校の世話をしてくれ、私はスウェーデンに渡り語学学習を始めるに至った。
CEFRという欧州全体で外国語の学習者の習得状況を示す際に用いられるガイドラインがある。レベルは初級がA1から最上級のC2があり、私は当然A1クラスから始めた。教科書の内容はスウェーデンについて文化慣習の理解を深めながら、語学を習得していくような作りになっている。
印象的だったのは、スウェーデン語でもフィンランド語でも、教科書の初めの方で「お日様が照っている。」という表現は出てきたことだ。どちらも日が短い季節が長く、太陽を焦がれる気持ちが強いのだろう。
同じクラスの学習者のバックグラウンドは様々だった。スウェーデンには移民が多く、居住者の2割ほどがスウェーデン国外で生まれているという。配偶者やパートナービサもおりやすく、国外で出会った伴侶を連れて帰国する人も多い。Kärleksinvandrare (愛の移民)という言葉があるぐらいだ。
EU圏内から仕事や教育を求めての移住も多い。公的機関や医療機関でなければ、英語が社内公用語として通用するところも多い。一方、夫の仕事の帯同で移住した人たちは子どもの通園のためや、就職のチャンス拡大を目指して語学学校に来ていた。
語学学校の講師たちはとにかく日常生活でスウェーデン語を使うのが上達の近道と言っていた。と言っても、そういう機会を作るのは容易ではない。Språkkaféという様々な言語を学びたい人が集まってお茶するという場所がある。試しに行ってみたものの、うまく活用できなかった。日本語はアニメの影響でとても人気で、日本人だとわかると、私が日本語を話すばかりになることが多かった。友だち作りのきっかきにはいい場所かもしれないが。
他にはといえば、店の店員さんを捕まえて色々試すぐらいだった。これがまた、意外と精神的にくる練習法だ。講習生が口を揃えて言うのが「スウェーデン語で話したい時に、英語で話しかけられる。」「英語で話したい時に、スウェーデン語で話しかけられる。」だった。何の法則だろうか。さらに「聞き返してくるけど、相手に聞き取ろうとする気持ちが感じられない。」もあるあるだった。
私たちは日々、当たっては砕け、休憩中にKanelbulle (シナモンロール)とコーヒーをお供に、ココがイヤだよスウェーデンと愚痴をこぼすようになっていた。思い返せば、これが結構いいスウェーデンの練習だったかもしれない。
月日は流れ、なんだかんだで順調にCEFRのB2に到達した。これで職場で仕事を始められる。ここで語学学習は職種に特化した内容に変わり、一週間のうち職場と語学講習半々で学習を続けていた。目標はCEFRのC1レベルだ。
最初の直属の上司、ガブリエルがなんとも手強かった。日本語の「はい」と「いいえ」は、スウェーデン語では Ja と Nej になる。ガブリエルは、Ja か Nej で答えられる質問に原稿用紙で言えば一枚以上使う。語学能力がCEFRのB2程度ではお手上げだ。どうしよう…いきなりピンチやんけ。同僚に相談してみると、なんだ、ネイティブの同僚たちもガブリエルが何を言いたいのかあんまり分からないことが多いらしい。思い返せばガブリエルは「で、Ja ですか Nej ですか?」としょっちゅう問い詰められていた。
ガブリエルに慣れた頃、別の上司の下につくことになった。彼の名前はパー。同級生にもパーという男性ががいたが、その時からもう、失礼ながら呼びにくい名前だなと思っていた。ちなみに、パー(PerとかPärと書く)という名前はスウェーデンでは珍しくない。上司のパーはアイスホッケーをこよなく愛し、わざわざアメリカに試合を見に行くほど熱をあげている。そんなパーはスウェーデンの南の南、スコーネ地方の出身だ。
スコーネはその昔デンマークの一部だったことがある。そのせいか、このスコーネ地方ではとんでもなくクセのあるスウェーデン語が話されている。スウェーデン語はスウェーデン語でSvenska(スヴェンスカ)と言い、スコーネ方言はSkånska(スコンスカ)という。
スコンスカは別の言語扱いと言っても過言ではない。
一般的に方言を地方名+skaで表す。例えばストックホルム方言なら、Stockholmska。ヨーテボリならGöteborgskaなど。とはいえ、「あの人はGöteborgskaを話す」とはいちいち言わないが「スコンスカを話す」とは言うことが多々ある。
上司のパーはスコンスカの使い手。CEFRのB2スペックでは、このほぼ外国語の方言には対応できない。第二関門はあまりにも手強かった。スコーネ地方の人との電話での会話はいまだに結構集中しても聞き取れないことがあるほどにクセが強い。
スコンスカにはRの発音に特徴があって、舌を巻くスウェーデン語に対して、スコンスカは舌を口の中のどこにもつけない。舌足らずな感じだ。いつだかパーが私のLとRのスペリングミスを見つけて「日本人がRとLの区別が怪しいってのは本当だったんだなHahaha」とからかうと、横にいた同僚に「自分だってRの発音ちゃんとできないだろ笑」と突っ込まれて閉口していた一コマはいい思い出だ。
パーの第二関門を無事(?)突破し、スウェーデン語の聴解力に自信が着いた頃に、次の関門がやってきた。職場で一番の古株、プロフェッサー・ラーシュだ。彼のスウェーデン語がいかに洗練されていて美しいか。言い回し、表現の正確さ、言ってることはさっぱりでも、こんな外国人でもなんかそういう雰囲気だけはちゃんと理解できるほどの違いがある。ああいうスウェーデン語を使いたいと思うのだが、もはや語学学習だけでは到達できないレベルだ。とはいえ、仕事に支障は出なかったのでラーシュ関門はクリアとしたい。
私の職場には外国人が多くいる。そして外国人全員がガブリエル、パー、ラーシュの関門を経て自分のスウェーデン語上達を感じるのはあるあるだ。今では3人とも定年退職してしまったが、私たち外国人の間では特に語り継がれる存在だ。
そんなこんなで時は流れ、スウェーデン語を使うことに安心感を覚えるようになってきた。無事にCEFRのC1に到達し、本配属が決まった。
私の職場はスウェーデン語が公用語なのだが、たまに英語を使う機会があったりする。いつからか、英語を話すのが億劫になった。スウェーデン語と英語は文法が似ているし、一部の単語は英語と同じスペルでスウェーデン語読みする。
そんなんなので、英語で話し始めたのに途中からスウェーデン語に切り替わってしまうのだ。
例えば、
🇯🇵何かお薬は飲んでいますか?
🇸🇪Tar du några mediciner?
🇬🇧Are you taking any medications?
で、
🇬🇧Are you taking 🇸🇪några mediciner?
こうなる。
何てこった!ギアがいうこと聞きやしない。入ったかと思えばゆるゆるなのですぐ戻る。
これ、意外にも日本人の私だけでなく、実はスウェーデン語学習者でよく知られている現象だった。ドイツ人、スペイン人、ルーマニア人、ポーランド人と様々な国から来た同僚たちが口を揃えて言う。「スウェーデン語を安心して使えるようになると、英語が話せなくなる。」私のドイツ人上司はイギリスでガッツリ働いていたのに、かなり意識しないと英語が出てこないらしい。ポーランド人の同僚はロシア語も堪能だが、スウェーデン語習得前は英語に支障はなかったという。
スウェーデン人はほぼ誰もが英語を流暢に話すのと比べると、何が違うのだろうか。フィンランド語学習ではこんなことはなかった。到達レベルなのか、やっぱり言語そのものなのか、原因は一体なんなのだろう。脳科学の人にたずねたらわかるのだろうか。
CEFRのC1に到達して数年、上達のスピードは緩やかだが、思い返すとやっぱりちゃんと進歩している。スウェーデン語のラジオ番組やテレビ番組を学習することを意識せず楽しめるようになったり、2年前に見たテレビシリーズの印象が当時とまるで違うなど、進歩を感じられるのは嬉しい。このままスウェーデン語がさらに上達したら、また英語は戻ってくるのだろうか、スウェーデン人が英語が混じることなく流暢に話せるように。