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「みんなで議員になろう!『職業としての政治家』を当たり前の選択肢に」 【東京都・練馬区】石森愛さんに政治に挑戦する思いを聞いてみた!

こんにちは。FIFTYS PROJECTです。本日はなんと、3本連続で公開します!✨
『推しを見つけて応援しよう!』FIFTYS PROJECTインタビュー#18
「なぜ政治に挑戦しようと思ったの?」「政治家になったら何をしたいの?」
今日の記事1本目では、東京都練馬区の石森愛さんに気になることをインタビューしてきました。

自己紹介をお願いします!

 千葉県船橋市生まれで神奈川県川崎市育ちの、1984年生まれの38歳です。富士通でシステムエンジニアとして勤務し、フランス、ドイツで暮らしました。パリテ・アカデミーでシニアトレーナーとして活動し、この度、立憲民主党の公認をいただいて挑戦する予定です。
 今回の挑戦に当たり、トレードマークになればと、テーマカラーを紫にしました。理由は、自分の好きな色であることと、アメリカの女性政治家たちが、共和党の赤と民主党の青を足して、『分断ではなく、融和を』というメッセージを込めて身につけるようになったことに由来しています。また、女性運動を象徴するカラーであることも大きな理由です。

パリテ・アカデミー(Academy for Gender Parity)
…若手女性のリーダーシップを培い、女性やマイノリティが政治に対等に参加することで、ジェンダー平等な政治の実現をめざす一般財団法人。三浦まりと申きよんが共同代表として2018年3月に設立し、女性の政治リーダーシップ養成講座の提供などの活動を行う。

石森さんポートレート

政治に関心をもったきっかけは?

 高校生の時から政治には興味があって、大学では政治学科に入ったのですが、そこから政治への興味を失ってしまって。というのも、大学の授業ではあまりソリューションは教えてくれず。「中選挙区制から小選挙区制への移行」や「大規模政党に有利な選挙制度になっている」みたいな歴史は教えてくれたのですが、それってシステムとしては悪くなっているじゃないかと。
 当時は若かったので、「特効薬があると思ってたのにないじゃん!」とか思ってしまって。学べば学ぶほど救いがないなと、希望を失ってしまいました。

ー政治の「現実」を知って、学生時代は政治への関心を失ってしまったということですね。大学卒業後はどんなことをされていたのでしょうか?
 その後就職活動をして、内定をいただいた富士通で金融系のシステムエンジニアをやっていたのですが、文字通り朝から晩まで働く生活でした。肉体的にも精神的にもきつくて、やりがいがあって自分の好きな仕事なら頑張れたかもしれないですが、私の場合は専門外で適性もなかったので、どんどん辛くなってしまいました。
 そんな中、2011年26歳の時にフランスに住んでいた夫と結婚し、「若いうちに一回くらい海外に住んでもいいかな」と思い、仕事に一区切りをつけて、2013年にフランスに移住することにしました。
ーヨーロッパではどんなことをされていたのでしょうか?
 はじめは並行して、出張料理教室をやっていて、お客様の家に伺って料理を教えて、ケータリング事業を行うようになりました。
 フランスって、毎週のようにどこかのギャラリーでオープニングをやっていて、そこに誰でも参加できて、ワインやちょっとしたつまみが振舞われたりして、社交の場のような感じなんです。ウェディングや、大使館や日本・フランスの企業に依頼されてランチボックスをケータリングするようなこともやっていました。その後、ドイツに移住しました。

オープニング
…ギャラリーで新しい展示を行う際やギャラリーがオープンする際に行う簡単なパーティーのこと

ー 素敵なご経験ですね。フランスとドイツでの生活や政治はどうでしたか?
 フランスやドイツでは、市民と政治の距離が近くて。フランスではデモは毎日、毎週のようにありますし、みんなが「自分の権利を主張することは当たり前のことだ」と受け入れていて、むしろ応援しているというか。例えば、電車が止まることに文句を言いつつも「仕方ないよね」という感じで。もちろん、たまにニュースで報道されるような破壊行動をするような人たちは嫌われていますが、過激になることを恐れて政府も動くということも結構あると思っていて。
 ドイツでも、移民として住むと学ぶことがたくさんありました。例えば、ドイツでは、ジムやフィットネスクラブに国から助成金が出るのですが、定期的な運動習慣を国民に促すことで、将来の医療費削減につなげる合理性に感心することがあったり、環境問題についてもドイツはかなり進んでいて、ビンや缶は全部デポジット料金がチャージされていて、戻しにいくとお金が返ってくるとか、リサイクルが循環する仕組みができていました。
 一つひとつに日本との違いを感じ、人権意識を感じることが多かったです。

海外での経験や、海外から日本を見た経験が、今回の挑戦をの決め手になったのでしょうか?

 そうですね。私が海外に移住した2013年が第二次安倍政権が始まった時で、安倍政権が好き放題やっているというニュースを毎日のように目にするようになりました。仕事をしていた時は忙しすぎてニュースを見る暇もないし、世の中で起きていることについて関心を持つ暇がなかったのですが、海外にいる時は時間に余裕があったので、色々調べたりしていました。
 ニュースを見ていると、特定秘密保護法や集団自衛権の行使、安保法制等の強行採決が行われたりしていて、日本がどんどん右傾化し、タガが外れていくのを見ていて、本当に危機感を持つようになったんですよね。
 同時に政治家としての資質に欠けるなと思うような人もたくさん見えてきて、「この人たちが政治家をやるくらいなら、自分がやったほうがまだいいんじゃない?」なんて、おこがましいですが、そんな風に思うようになりました。それが今回の挑戦を決めたきっかけですね。

決意するにあたって大変だったことはありますか?

 幸いにも、私はあまりなかったです。家族も協力的だし、友人も「向いてるからやりな」って言ってくれたし、周りのみんなは応援してくれています。逆に言うと、私の場合はそういったハードルがなかったので、「ハードルがあって出馬できない人がたくさんいるんだから、そうじゃない私が出馬したらいいじゃん」と思っています。

清酒ケースに乗って、マイクを片手にご挨拶。
グラグラするので、バランス感覚が必要(笑)

政治家になったらやりたいことは?

 私はパリテ・アカデミーで女性議員の育成にも携わっているのですが、社会をよりよくするためには、とにかく女性議員が増えることが大事だと思っています。そのために、まず女性候補がいて、女性議員がいるという景色を作りたいです。しかも楽しそうにやってると思ってほしい。だから、まず実現したいことは「女性議員を増やすこと」、そのロールモデルというとおこがましいですが、「一緒にみんなで議員になろう!」というポジティブなメッセージを発信していきたいです。
 政策については、世の中には機会が不均等な部分がたくさんあって、「平等」よりも「公正」な仕組みづくりをしたいです。ヤングケアラー、女性の社会進出、待機児童問題など、誰かにしわ寄せがいっているものは、公助の力で補っていかないといけないと思っていて。
 「女性が政治の世界にいる」「意思決定層に女性がいる」ことが当たり前で、自分たちのバックグラウンドによって差別を受けたり、求めるものにアクセスができないということがないような社会をつくっていこうよと、これからの世代に伝えていきたいです。

石森さんだからこそできること・強みは?

 パリテアカデミーなどを通して横のつながりがたくさんあり、議員の友だちや一緒のタイミングで市政へ挑戦している友だちもいるし、そういう女性の輪、コミュニティの中で、みんなで相談しながら協力してやれるというところですかね。
 海外にいたことも、日本企業でズブズブに社畜をしていたこともあるので、いろんな視点やいろんな考えの人との出会いがあることが強みだと思っています。レズビアンカップルの方、トランスジェンダーの方も友人にいるし、そういう人たちと仲良くなって、プライベートの話とかもしてもらえるような関係になることができて、そういう人たちの痛みや喜びをたくさん教えてもらって、友だちとして一緒に共有してきたと思っているので、多様な人たちとの縁に恵まれていると思っています。

練馬区の好きなところは?

 いい意味で程よく田舎で、人が優しいところです。選挙に向けた活動ってもっと辛くて孤独だと思っていたんですが、「頑張ってね」「本当に寒いから気をつけてね」と言ってくださる方もいるし、街頭で私が「一児の母です」と言うとシングルマザーの同じくらいの歳の方が「今、一児の母って聞こえたから戻ってきたんですけど…」と話しかけてくれたりして。東京でも人と人との距離が近くて、人懐っこく、思いやりのある人が多いなと感じています。

街宣の際、区民の方から声をかけてもらい、立ち話。

ー 素敵ですね。その一方で、改善点だと感じる部分はありますか?
 練馬区は、保育園の待機児童はいないと言っていますが、実際には利用したいけど、厳しい条件を満たせず、保育園を利用できないという声も聞きます。保育園の待機児童の解消、「隠れ待機児童」みたいに言ってるんですけど、施設が増えればどうにかなるって問題ではないので、難しいですけど、なんとかしないといけないと思います。
 選択的夫婦別姓も、私は絶対成し遂げたいと思っています。それも議会に挑戦したいと思ったきっかけの一つです。練馬区はそういう陳情が遅れてるようなので、進めていきたいですね。

なぜFIFTYS PROJECTに参加しようと思ったの?

 パリテ・アカデミーを通して横のつながりができることの大切さを学んで、実際に私もその恩恵に預かっているので、FIFTYS PROJECTのコミュニティもそうであったらいいなと思い参加しました。
 女性って、男性と比べて組織がないんですよね。男性だとロータリークラブや大学のOB会、労働組合などたくさんありますが、女性は働いていないと本当に家庭の中にいるくらいしかできなかったりするので、女性のいる組織を強くしたいし、組織同士のつながりも強くしたいし、拠り所みたいなものを作る、その力になれたらいいなと思いますね。FIFTYS PROJECTを女性にとってのロータリークラブみたいな組織にしたいです!

春に向けて、どんな活動をしていきたい?

 かつてサークル同期の友人の選挙を手伝った時、学園祭の準備みたいで楽しかったんですよね。だから、実際にボランティアにきてみて、ちょっとでも参加してみると、政治の見方も変わると思うし、「職業としての政治家というものが普通にありえるんだ」と思えたので、ボランティアにきてくれた人の何かのきっかけになってくれたら嬉しいです。 
 単純にみんなで久しぶりに会って、ワイワイ楽しくやりたいなとも思ってるので、自分の友人、知人がみんな楽しく政治に参加してくれたらいいなと思っています。あとは、今まで選挙に行かなかった人とか、誰に投票したらいいかわからないって人に、おこがましいですけど、「ああ、投票しに行こうかな」って思ってもらえたら、これ以上の幸せはないです。そんな選択肢になれたらいいなと思っています。

インタビューを終えて
お話を伺う中で、「職業としての政治家」という選択肢が市民に広がったら、社会は間違いなくよい方向に変わっていくと感じました。
苦しい、辛い、孤独ではない政治との向き合い方を模索される姿勢にも、希望を感じました。一部の特権階級の人たちだけの政治ではなく、誰もが参加できる政治を、石森さんと一緒に作っていきたいです!
取材・執筆:あいちゃん&みっちゃん
取材日:2023年2月6日

石森 愛(基本情報)
1984年千葉県船橋市生まれ、神奈川県川崎市育ち/早稲田大学政治経済学部卒業/富士通でシステムエンジニアとしてメガバンクのシステム構築に携わり、退社後に夫婦でフランスとドイツに移住し、起業/帰国後は京都でインバウンド向け事業に携わる傍ら、女性政治家育成事業パリテ・アカデミーでシニアトレーナーとして働く/一児の母/立憲民主党公認/テーマカラーは紫💜

石森さんについてもっと知るには?✨
Webサイト
Twitter:@IshimoriAi
Instagram:ishimoriai
facebook:石森 愛(いしもり あい)

石森愛のボランティア募集(FIFTYS PROJECT)↓

『推しを見つけて応援しよう!』FIFTYS PROJECTインタビュー#18、いかがだったでしょうか?石森さんが気になった方は、ぜひ上記ボランティア募集情報も覗いてみてください👀✨
次回もお楽しみに!✨

FIFTYS PROJECTとは?
私たちは政治分野のジェンダー不平等の解消を目指し、20代・30代の女性(トランス女性を含む)やノンバイナリー、Xジェンダー等の方に対して2023年4月統一地方選をはじめとした地方議会議員選挙への立候補を呼びかけ、一緒に支援するムーブメントをつくろうと活動しています。


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