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ドラマ『フォーガットン・アーミー』のススメ

 1942年シンガポールを攻め落とした日本軍は、英国軍インド人を捕虜とし、その後、インド人の新たな軍隊を組織します。
 インド国民軍(Indian National Army,INA)です。
 スリンダー・ソディと彼が率いる勇敢な部隊を描いたドラマです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B083WK6JB8
「フォーガットン・アーミー」
第2次世界大戦中、シンガポールの戦いで英国軍は日本軍に敗れた。それをきっかけにインド国民軍が誕生し、後にカリスマ的指導者(ネタジ)であるスバス・チャンドラ・ボースに率いられる。

 インド独立にインド国民軍は、ある一定の効果をもたらします。
 けれど、それは当時の日本が植民地化されたアジア諸国を欧米諸国から開放するとし、大東亜共栄圏を掲げ、それを大義名分に戦争を正当化し、日本の戦況を優位にするためでしかありませんでした。
 日本が大東亜共栄圏を掲げたところで、実際は、日本によるアジアの植民地化を目指しただけでした。
 シンガポールのリー・シェンロン首相の言葉にあるように、太平洋戦争時の日本統治時代をシンガポールでは「シンガポールの歴史で最も暗黒の時代」としています。
 もちろん、当時のインド国民軍主導者は、こうした日本の思惑を承知した上で、現実的な選択として日本を利用したと言えます。
 日本、インド相互に利益をもたらす日本とインドのインド独立への協力体制は、理念や理想と言った気高い志によって実現されたものではなく、戦争と言う現実の中へと飲み込まれて行きます。
 インド人の視点から、当時のインド人が置かれた状況と、日本が現地でどのような振る舞いをしたかを知る上でこのドラマは秀逸です。
 オススメです。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1903253
大東亜共栄圏 - 国立国会図書館デジタルコレクション
・目次
・第一篇 序論
・第一章 世界新秩序論
・第二章 大東亞共榮圈論
・第二篇 本論
・第一章 滿洲國
・第二章 蘇聯領沿海州
・第三章 蒙古
・第四章 支那
・第五章 印度支那
・第六章 泰國
・第七章 英領馬來
・第八章 緬甸
・第九章 蘭領印度
・第十章 比律賓
・第三篇 結論
・第一章 大東亞指導と日本民族の責務
・第二章 共榮圈に對する文化工作
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page25_001053.html
日本外交文書デジタルコレクション
太平洋戦争
第2冊

画像1

https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/archives/pdfs/taiheiyo2_10.pdf
日本外交文書デジタルコレクション
太平洋戦争
第2冊
六「大東亜共栄圏」の建設
3.対インド施策(PDF)

 太平洋戦争中の日本統治下で、シンガポールは、強制的に昭南島に名称変更させられました。

https://www.jacar.go.jp/glossary/term2/0050-0080-0050-0010.html
昭南特別市
南方軍政地域
シンガポール
太平洋戦争中、陸軍占領地であるマレー・スマトラ両地区(シンガポールを含む)の軍政は当初第25軍軍政部が担当し、地方機構の一つとして昭南特別市が設置された(1942年2月の占領後、シンガポールを昭南島と改称)。特別市長が任命され、1942年3月に初代特別市長である大達茂雄が着任した。
https://www.huffingtonpost.jp/uniuni/ww2-singapole_b_14957446.html
太平洋戦争時の日本占領名"昭南"を戦争記念館に拒否したシンガポール国民
シンガポールは日本に「植民地支配から開放してくれ」と頼んでません。生命の危機があり、経済的にも食べるものにも事欠いた日本統治時代の圧政より、イギリス植民地支配が比べるまでもなく好ましいものでした。
シンガポールでの太平洋戦争と日本統治への評価は定まっています。首相が「昭南ギャラリー」開館でフェースブックでコメントしたように「シンガポールの歴史で最も暗黒の時代」です。
https://www.scdf.gov.sg/home/community-volunteers/community-preparedness/total-defence
Total Defence | SCDF
What Is Total Defence Day
Each year Total Defence (TD) Day is commemorated on the 15th February. It marks Singapore's fall to the Japanese in 1942. The commemoration of Total Defence Day seeks to remind people of the sufferings endured by our fore fathers during the Japanese Occupation. It is also an occasion to refamiliarise our people with the modern defence strategy of "Total Defence" which Singapore has adopted to ensure our continued survival and security.
https://mainichi.jp/articles/20191105/k00/00m/040/081000c
チャンドラ・ボース生存説に終止符を
子孫「遺骨のDNA型鑑定を」「早く母国に」
長年、ボースの遺骨を守ってきた東京都杉並区の蓮光寺。「彼は生きている間に(インド独立という)夢をかなえることができなかった。早く母国の地に戻してあげたい」。スールヤさんは10月、寺の境内を訪れ、ボースの胸像を見つめながらこう語った。

 昭南に関する文献は以下で検索できます。

https://iss.ndl.go.jp/books?ar=4e1f&any=%E6%98%AD%E5%8D%97&op_id=1&display=&sort=ud
簡易検索結果|「昭南」|国立国会図書館サーチ

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