見出し画像

夏祭りフルーツゼリー

ある店の前でじっと足を止め、じっとりとした視線を送っては思いとどまること数か月。

見目うるわしい果物がふんだんにあしらわれた、イタリア発祥ドーム型ケーキ、ズコット。
はるか昔の、遠い国の王妃のスカートのようだ。

だが、1切れ1,000円近いお値段には二の足を踏む。それに、東京駅から自宅まではそれなりの距離があり、くずれやすい形状の生ケーキを持ち帰るのはなかなかハードルが高い。

ズコットなら探せば自宅に近い場所で買えそうだし、お高い果物なら千疋屋が間違いないし・・・と、よく調べもせずに遠ざけていたが、ここがフルーツ大国・福島県の老舗果物屋が手がける店だと知り、急に食指が動く。

てっきりそのポップな見た目から、渋谷か原宿に本社を置く新進気鋭の会社が経営しているとばかり。

中距離通勤が功を奏して、JRのポイントも貯まっている。気は熟した。

が、

フルーツ杏仁を選んだ。

季節限定だという桃のズコットは、アイドルの上目遣いのようにあざとくこちらを見つめていたし、ペリドットやアメジストのようなぶどうのタルトは、その一粒一粒がキラキラと手招きしていたのだが。

結局ズコットの1切れ1,000円近い値段におじけづいた、という理由のほかに

・振動や傾斜に耐えられそう
・めずらしい扇形容器
・水なの?というくらい透明度の高いゼリー
・そのおかげで際立つ果物のあざやかさ
・なんとなくノスタルジック

がある。

奥に見えるのはフルーツプリン

横から見ると、たしかにゼリーの層があることがわかる。

店先で、ベビーカーに乗ったお子さんが小さな手のひらでショーケースをペタペタと触っていた。
子供の目線では想像を絶するくらい魅惑的に、色の洪水のように映っていることだろう。

大人のわたしの脳内には「ゆったりたっぷりのーんびり」という、関東民なら一回は耳にしたことがあるはずのホテル三日月のCMソングがかけめぐっている。

そのバスタブ感あふれる容器のかたちと、ゼリーにざぶんと浸かった果物の優雅さのせいだろう。

関西に住んでいたこともあるので、「ホテルニューゥアーワージ~」も遠雷のように聞こえてきた。

それはさておき、この容器でピースケーキを販売したら、断面もしっかり見えるし、長距離も安心して持ち帰れるな、と思った。
売価が相当高くなりそうではあるが。

清流のような透明度

ゼリー部分は、海藻由来のアガーを使っているという。ほのかに甘い。

ゼラチンや寒天よりも透明度が高く光沢があり、素材の色を活かせるのが特長。無味無臭で、素材の味もジャマしないのだとか。

アガーという言葉がもともと英語で寒天を意味するので、多少ややこしい。
しかし、果物のおいしさとうつくしさを最大限に活かしたいという《果物屋のプライド》は明確だ。

アガーに含まれるカラギーナンという成分は、WHOの基準では「安全」だが、国内では使用制限添加物としている企業もある。

とはいえ、ゼラチンはアレルギーをお持ちの方が比較的多いだろうし、いかにも体によさそうなハチミツだって、乳幼児にはボツリヌス症を引き起こす危険があるし、おしなべて一長一短。

重要なのは適切な情報開示だと思う。消費者側の選択もしかり。

ラズベリー、金魚みたい

ゼリーはふるふるとやわらかく、果物の食感もジャマしない。

下層の杏仁豆腐は、さっぱりとしていながら、次から次へとあらわれる様々な果物の後味をいったんリセットする役目も担っているように感じた。

キウイ、花火みたい
パイナップルの下に潜む忍びのオレンジ

透明なゼリーの中から色とりどりの果物をすくいあげていると、夏祭りの露店で金魚やヨーヨー、カラフルなスーパーボールをすくっている気分になってきた。

家に持ち帰ったら秒で用途をなくすのに、水に浮かんでいるヨーヨーは、なぜあんなに魅惑的なのだろう。

家に持ち帰ったら数日で姿を消すのに、水に浮かんでいるスーパーボールは、なぜあんなに魅惑的なのだろう。

大きな花火大会はじょじょに復活してきた。

けれど、地元の納涼祭のアラレちゃん音頭無双や、夜風にのり漂ってくる焼きそばやとうもろこしの香ばしい匂いは、2年前の夏からぴたりと止んでしまっている。

謎のカラオケ大会だけは、ぴたりと止んでよかったと思う。

店先で感じたノスタルジックさは、この夏祭り感だったのだろうか。

函のデザインもかわいい

はるか昔の異国の王妃のスカートより、浴衣の袖のあたりから漂う夏の景色に、今は涙がキラリ☆なのかもしれない。

この記事が参加している募集

至福のスイーツ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?