花の名前の映画を観て
『ツユクサ』という映画を観た。
シンプルなタイトルと、《どこにでもある大人のおとぎ話》というキャッチコピー、キービジュアルの穏やかな水色、になんとなく惹かれて。
キャストに、江口のりこさんの名前があったので即決だった。
それにしても江口さんはずっと作品に出続けている。全国をまわる舞台と、連ドラを掛け持ちしていることも珍しくない。
そのせいか、整体でお世話になった《ミスチルを知らない若いお姉さん》でも、江口さんはご存じだった。「あ、顔の薄いひとですよね?」と自信ありげに即答してくれた。
そう、顔薄めだけどサブリミナルな存在感抜群で、作品ごとに印象的なセリフを決めてくるんですよ、と語りそうだったが、胸にしまっておいた。
さて、映画のあらすじはこうだ。
運転中の主人公の車に隕石の破片がぶつかる、というSF映画さながらの大事件が冒頭でさらっと描かれる。
あとは終始、なんとなく薄い青空と穏やかな青い海を背景に、淡々と日々が流れていく。
ツユクサは、小林聡美さん演じる芙美と、松重豊さん演じる吾郎をつなぐ《草笛の葉》として登場する。
松重豊さんは作品を超えてもゴロウさんなんだな、と思ったし、主人公の手料理を食べるシーンではモノローグが始まりはしないかとちょっとワクワクしてしまった。
芙美をはじめ、登場人物のほとんどが大切な存在や場所を失ったり手放したりした経験がある。
飄々とした表情や、クスッと笑える軽快な会話のななめうしろに、ぬぐい去れない悲しみをまといながら、前向きに生きている。
ネタバレになるので詳細は割愛するが、ラジオ体操のシーンは必見。
手足が長い江口さんが、ふてくされた表情で体操をしているだけでおもしろい。『おもひでぽろぽろ』でのタエ子のラジオ体操を思い出す。
あ、本作での江口さんの役名も妙子である。偶然にも。
そしてここでもまた、鋭角なセリフを放っていた。
『鎌倉殿の13人・亀の前事件』での「それならうちの人もついでに討ち取って」に引けをとらない。
穏やかなこの写真には、どうみても似つかわしくないセリフ。
これだけ聞くと一体どういう映画なんだと思ってしまいそうだが、まあそれは観てのお楽しみである。
控えめでひっそりとしているけれど、凛としていて鮮やかに余韻が残る、ツユクサの青のような映画だったなあと思った。
ツユクサは道ばたや荒れ地に生えており、その繁殖力の強さからいわゆる《雑草》と呼ばれてしまうことが多い。
しかし、夏に咲くその小さな青い羽根のような花には《尊敬》《小夜曲(セレナーデ)》というしゃれた花言葉がある。
朝に咲いて昼にはしぼんでしまうその姿から、万葉集にはうつろいやすい恋心や、移り気を不安に思う恋心など、はかない恋を詠う和歌がおさめられているという。
映画のタイトルにも、こんな意味が込められているのかもしれない。
もしくは《どこにでもある大人のおとぎ話》というキャッチコピーに、普遍的な野の花を重ねているとか。短いタイトルには、色々な意味が込められていそうでキリがない。
ふむふむ7月6日の誕生花でもあるのか、夏の花だしね、とながめていたら、その前日の誕生花の写真に目を奪われる。
夏になると、ネジバナとセットでよく見かけた《名前がわからない花》。
背丈は10~15㎝くらい、花の大きさは1.5㎝ほどで、白や薄紅色がある。
こどもの視線でないと気づかないくらいの花なのだが、小さいながらも完成された花の造形と、グラデーションに魅了された。
幼少期、団地の前の芝生でよく摘みとっては、ネジバナと一緒に手のひらサイズの花束を作っていた。
でも、摘むとまんまるのつぼみ状に戻って萎れてしまう。そのはかなさも好きだった。
夏が来ればサブリミナル的に思い出す花なのに、特徴がありそうでないため、ずっと名前が分からずにいたのだ。
ニワゼキショウ――。
そんなしゃんとした名前だったのか。
思ったよりかたくて長いし、なんかイメージと違うし、少々覚えづらい。
ユメハナビ、とか、ナツモヨウ、とか、カゼアザミ、であってほしかった。願わくば。
映画『ツユクサ』の公式サイトには、こうも書かれている。
花の名前の映画を観たら、まわりまわって長い間分からなかった花の名前が分かった。
そんな些細な出来事も、小さくて大きな奇跡に入れていいだろうか。
よく見かけるだけのひとが、知り合いに変わったような瞬間。
まもなくニワゼキショウの季節が訪れる。たいぶ目線が変わってしまったが、草むらを見つけたら探してみよう。
今度は摘みとるのではなくて、写真にとることにする。
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