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読書日記:イヌイットの人たちに学ぶ、計画を手放すという生き方 ”狩りの思考法”

年の半分をイヌイットの村で過ごす、探検家・作家の角幡唯介さんのイヌイットの死生観についての随筆。
白夜や極夜が続く時間間隔のない、狩りを中心とする生き方と我々との世界観の違い。すごく面白かった。

資本主義で生きる私たちは、いつも”未来を予測し”あるいは”ほしい未来を思い描き”、そしてそれに対して”ゴール”を立て、達成するための”計画”を立てる。それを達成して、そしてそれを達成し続ける人こそが是とされる世界を生きている。

ご多分に漏れず、私も受験や仕事ではその世界を生きてきたし、そこそこうまくやってきたほうだと思う。
中間管理職になってからは、仕事の半分くらいは将来の仕事や働き方をどうしていくか、それを達成するための計画を立てることが仕事であった。

だからどこまで細かく管理するかは別にして、大きな人生の方向性とか、月単位での予定、日々のスケジュールを立てることは生活のキホンである。
それは私たちが近い未来は予期できる世界を生きているからであるともいえる。

でも、イヌイットの人たちは全然違う。

今日の予定を聞いても「ナルホイヤ」、明日の天気を聞いても「ナルホイヤ」、犬ぞりをもうやらないのかと聞いても「ナルホイヤ」と答える。

「ナルホイヤ」とは<わからない、なんともいえんね>という意味である。

べつにそれは明日吹雪くのかどうかわからない、明日の食べ物が取れるかどうかわからない、だから予測しても仕方がないという諦め以上の、物事に対する積極的な態度であるということをこの本から学んだ。

狩猟で旅をすれば、その時点で漂泊にになる。狩猟者というのは宿命的に漂泊者であり、その存在の在り方は根本的に計画的到達行動とは対極的であ
る。というのも、狩猟者は、計画的到達行動とはまったくことなる時間の流れ方に身を置くからである。
どういうことか。登山や極点旅行のような場合、目指すべき絶対的なゴールが決まっており、それは揺るがない、至高の目的地であるわけだから、設定された到着予定日から逆算され、逆算、逆算で全行程の予定が決まってゆく。実際の行動も、可能な限り事前の計算どおりにうごかないと達成はおぼつかないので、計画から外れないように留意する。結果、なるべく無駄がないように行動しようという心理状態を生みだし、海豹があらわれても無視して直進するみたいな、目の前の突発的な出来事と関わらないようにする態度につながる。では、これがどういうことを意味するかといえば、到着目標日という最終期日にむかって現在という時間が従属してしまうということである。極端なことを言えば、現在という時間が未来の目標にむけた消化試合の様相を呈し、ある意味、死ぬ。

『狩りの思考法』角幡唯介 著

漂泊を前提にすれば、計画は意味を持たない。

実際に前日にオヒョウ漁にでかける計画を立て、当日の状況を確認することを怠って計画を遂行しようとした角幡さんにイヌイットの友人が「ニヤコ・アッポ(頭が悪い)」と雑言を浴びせるシーンがある。

イヌイットの世界では、未来を予期するのではなく謙虚に今と向き合い、カオスの中に飛び込み、その時々で世界を自分で判断することこそが生き延びる道だからである。
知識ではなく、知恵を持つこと。
頭を使うことが、彼らのモラルの中心にある。

そして自分の判断で行為を積み重ね、生きていくということが彼らの生き方や世界観に誇りを持たせている。

***

別に計画が良くないと言いたいわけではなくて、計画も無計画も善し悪しがある。そして100%の計画なんてどこにもない。

でも生きるうえでの誇りを持つことと、計画を持たずにカオスの中で自分の目でしっかりと現実をとらえ、自分を信じて判断して行動することで生まれる自信との関係性は無視できないような気がする。
少なくとも、仕事の中でカオスと向き合い乗り越えたことは私の自信につながってきたし、そんなことばかりだったのも事実である。

今の自分が得体のしれない居心地の悪さというか、上手くいかないことに対してイライラする時、どうしても『予定通りにうまくいかない』というフレーズが頭の中をちらつく。

それくらい、私は計画を立てて実行すること、多少のトラブルは起こることが想定の範囲内だけれど、基本は計画通りに進めることに慣れ親しんできた。人生は計画ありきで進んでいたように思う。

息子を産んだ時も、私は管理することに慣れ親しみすぎていたのだと思わされることが何度もあったけれど(赤ちゃんにもよると思うけれど、子どもは本当に思うとおりにならない)、会社員を辞めて漂泊することになった今も、私は計画を立てることや予想通りになることにこんなにも慣れてしまっていたのだとしみじみする。

だとすると、漂泊し計画を手放すということに慣れることができれば、おそらく計画を立てて実行していくこととはまた一段違った人生の喜びや楽しみ方があるような気がした。

漂泊することは怖い。
先がわからないことは不安でしかないし、未来を想定して準備して動く方がよっぽど居心地がいい。

でも、その怖さを手放した先に、何かもっと大きなものが待っているような、そんな気にさせてくれる本でした。


読んでくださってありがとうございます。

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