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映画『オリエント急行殺人事件』(1974)名探偵は悩まない

こんにちわ、唐崎夜雨です。
今日の映画は、ミステリーの女王ことアガサ・クリスティの代表作のひとつ『オリエント急行殺人事件』(原題:Murder on the Orient Express)です。

2017年にケネス・ブラナーが監督した作品もありますが、今回お話しするのは1974年シドニー・ルメット監督作品です。正直なところを申し上げると、シドニー・ルメット版のほうが好き、かなり。

ひとつにはキャスティングの豪華さ。
ケネス・ブラナー版も豪華な顔ぶれですが、シドニー・ルメット版のほうがその上をゆく。往年の銀幕が好きならご理解いただけると思う。

また、おそらくいま、ポワロを映画化するならケネス・ブラナー版のように、法と正義との間で悩み葛藤する探偵になるのでしょう。また、黒人俳優も起用するし、車外にも飛び出してアクションシーンも豊富に取り入れるというのは、ある意味では正しい選択だと思う。
が、因循にして頑迷な夜雨じぃさんの好みではない。

あらすじ、そしてイスタンブールを出発

雪で立ち往生となったオリエント急行の中で殺人事件が起こる。車外から侵入した者の犯行の可能性もあるが、偶然にも乗り合わせていた名探偵エルキュール・ポワロは乗客の中に犯人がいると推理する。

原作は1934年に発表された古典的名作で、この映画も約半世紀前と古いものですが、未読あるいは未見の方のためにネタバレは控えます。

本作の時代設定は1935年。冒頭にその5年前に起きたアームストロング家幼女誘拐殺人事件を簡潔に紹介している。
この誘拐殺人事件はオリエント急行の中でこれから起きる殺人の遠因なので、あらかじめ映像で観客に提示して置くのはいいと思う。

事件の起きるオリエント急行が出発するのはイスタンブールからです。
英国在住のポワロがどうしてイスタンブールに来ているのか。ポワロは現地英国軍人との会話で示唆するだけです。

小説では乗車以前のエピソードがもう少し書かれていたように思います。でも、みなさんも、一刻も早く豪華列車に乗りたいですよね。ご期待に応えてシドニー・ルメット版はそんなにおまたせしません。

イスタンブール駅でオリエント急行に乗客が次々と乗り込む場面は、役者が舞台の花道を歩いて来るかの如きであり、結構気にっています。

そして、実際のオリエント急行はどうゆう雰囲気か知りませんが、映画では優雅で上品です。
ミステリー史上に残る殺人事件が起こる「死の列車」となるのですが、映画ではワルツのような音楽が奏でられ、時代を感じさせる衣装に身をまとう人々を、紗がかかったような柔らかい映像で、イスタンブールを出発します。

オールスター映画

何よりも『オリエント急行殺人事件』の魅力はやはりオールスター映画であること。これだけ集まっている映画シャシンは壮観の極みです。

ちなみに、1974年は『タワーリング・インフェルノ』が公開された年でもあります。両作品ともオールスター映画と言ってもいい。あちらは、スティーブ・マックイーン、ポール・ニューマン、フェイ・ダナウェイといったスターから、ウィリアム・ホールデン、フレッド・アステア、ジェニファー・ジョーンズといった懐かしい顔ぶれも揃う。
また、あちらは超高層ビルの大火災を描いた派手なパニック映画なのに対して、こちらはほぼ列車の中で完結する。

後半、ポワロが事件を解明するくだりは、ひとつ車両に集った名優たちもセリフなく、ほとんど探偵の説明を聞いているだけというきわめて贅沢な場面になっている。

オリエント急行の車内は、映画撮影用に幅を広く作ってはいない。そのため役者たちも膝つき合わせ、カメラもわりと至近距離、クローズアップが多い。この狭さは、観客さえもオリエント急行の乗客の一人にさせてくれることでしょう。

ポワロ役には当時まだ30代のアルバート・フィニー。凝ったメイクで彼と気づかなかったという人もいたとか。初老の名探偵を熱演しています。
アルバート・フィニーがポワロを演じたのはこれきりですが、映画でのポワロはフィニーのポワロがいちばん好きです。

乗客たちは多士済済。当時すでに2度のオスカーを受賞していて、名作『カサブランカ』のヒロインでもあるイングリッド・バーグマン。
本作でアカデミーの助演女優賞を受賞。それほどの重要な役ではないグレタ・オルソン役は本人の希望で演じることになった。彼女がポワロに尋問を受ける場面は女優のクローズアップ気味ワンカットで撮られています。

『三つ数えろ』などハンフリー・ボガートと公私にわたるパートナーだったローレン・バコール。ここではおしゃべりなアメリカ人女性の役。本作ではもっとも重要な役を演じています。
それに、初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリー、『サイコ』のアンソニー・パーキンス、悪役で知られるリチャード‣ウィドマークなど、あげればキリがないのでやめる。

ポワロの設定

1930年代すでに初老の域に入るエルキュール・ポワロは19世紀の人です。ですから価値観が今と違います。
本作のポワロは犯人に対してはほとんど怒りをみせない。が、殺された男の過去の罪に憤り、殺されても仕方のない悪党だとみている。つまりは、復讐をある程度容認している。

ケネス・ブラナー版ポワロは、ここで犯人の仇討ちを簡単には容認しないためかなり葛藤する。現代人の視点なら当然でしょう。これが監督にして主演俳優の自己顕示欲にも見えてしまうのは偏見かな。

では原作小説のポワロはどうだろうか。彼は考えても悩まない。
列車内の事件も暇を持て余しているからゲームにでも興じてみるかという雰囲気すらあります。終わり方もサッパリ。
クリスティ時代の英国人にとってミステリーは謎解きゲームみたいなものかもしれません。

因循にして頑迷固陋な夜雨じぃさんもまた然り。シドニー・ルメット版がすきなところで、ケネス・ブラナーはポワロの葛藤を自ら演じ切らずに、もう少し観客にゆだねてもよかったのではないかと思う。

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